02

 それから数分後、たわいもない話をしながらのんびりと店に辿り着いた。鍵を差し込み、戸を開ける。からんころんと鳴り響く鈴の音は誰もいない店内に鳴り響いた。
 薄暗い店内に3人を招き入れ、カウンター側についていたスイッチを押すと、ぱちりと明かりが灯る。

「名前さん、これどうすればいい?」
「ありがとうございます。カウンターにでも置いてもらって大丈夫ですよ。後はこちらでするので」
「名前さんじゃなくて、甚爾さんがでしょ?」

 楽しそうにでも少しどこか呆れた様子で笑う虎杖くんはカウンターにそっと紙袋を置いてくれた。
 椅子にかかっていたエプロンをつけると、メニュー表を持ってテーブル席に座っている彼らの元へと向かった。

「お待たせしてしまいましたね。飲み物はすぐ用意できるのですが、食べ物はもう少し待ってもらえればありがたいです」
「名前さん、キッチン出禁だもんね」
「お恥ずかしながら」

 紅一点の釘崎さんがぼそりと「キッチン出禁なんてなにしたのよ」とつぶやいていたが、少しボヤを起こしただけです。魔法で消したし、元通りにしたので問題ない筈なのですが、何度もやられて食材を無駄にされたら面倒だと言われてしまった。
 3人でメニューを囲んでいるのを横目にその場を離れると、店舗の端に置かれたレコードを棚から選び、取り出すとプレイヤーの上にそっと置き、針を走らせる。するとあたたかく穏やかなサウンドが店内に響き渡り、その音に聞き惚れてしまう。
 暫くすると彼らはメニューが決まったのか私に声をかけてくれた。

「私、ミルクティー」
「コーヒーで」
「俺も!」
「はい、かしこまりました」

 私はそのままくるりと翻し、カウンターの中に入っていった。そういえば、今日は彼はまだいないんだったな。ミル回すのしんどいなぁ。うん、秘伝の奥義を使おう。
 カウンターの奥から取り出したのは電動のコーヒーミル。購入したはいいもののカウンターに仕舞い込んでいたもの。主に私が一人の時に使用する用である。

 紅茶は何がいいだろう。
 アールグレイか、アッサムか。
 他にもいろいろとあるが、やはりミルクティーを御所望だし、王道でアッサムかな。変に冒険してもアレだしね。水を4分の1入れレンジで温めておいたティーポットに、茶葉を入れる。そして沸騰したお湯を茶葉目掛けて勢いよく注ぐ。するとポットの中で茶葉が踊るのだ。小さい砂時計をひっくり返しておくことを忘れないように。せっかくの美味しい茶葉が台無しになってしまう。
 そうそう、ミルクティーのミルクは先に入れておく。これポイント。火傷してしまうからね。そうしろって某ブリ天もいっていた。守らねばならないだろう。

 彼らの飲み物を用意しながら楽しそうに話しているのを眺めた。

 用意ができると、小さいお盆に乗せ、彼らの元へ運ぶ。あまりこういうことはしないから慣れないな。

「お待たせしました」
「ありがとうございます」
「いえいえ」

 私はお盆を持ち再びカウンターへ戻っていった。そういえば、飲み物しか出してない。何か出したほうがいいだろうか。キッチンへの侵入は禁止されているし、彼を怒らせると暫く私のご飯が白米のみなんだよね。
 そう頭を悩ませていると再び、からんころんと鈴の音が鳴り響く。振り返るとそこには待ちに待った人の姿。待ち人来たるとはこのことかな。意味はかなり違うけど。

「おかえり、甚爾。待っていたよ、私だけでは飲み物しか出せなくてね」
「ただいま」

 その両手は手ぶら。どうやら今日も負けたようだ。むしろ勝ってることの方が珍しい。いくらすったのか。彼が面倒臭そうにしてるも、視線を動かすとぴたりと止まったかのように思えたが、そんなことはなく真っ直ぐとこちらへ歩いてきた。
 私に注文聞いとけとだけ告げると中へと入っていった。

「おや」

 おやおや?どういうことなのか。もっとこう、劇的な反応みたいなのを期待していなのに。むしろ、彼らの方が唖然とした態度で、伏黒くんの顔を二度見していた。

「あんたの親戚?」
「いや」
「な、甚爾さんすっげぇそっくりだろ?」

 伏黒くんも知らないのか。彼のことだ、忘れてるなんてこともありそうだな。どうでもいいことは忘れてしまうタイプの男だから。本当に碌でもない男だと改めて思ってしまう。見た目だけだと私も胡散臭い男ランキング上位なんだけども。見た目だけは優男だから。声帯はcv石◯彰だから。プラマイゼロだから。

 3人が楽しそうに話しているのを見ながら、私はカウンターの定位置に腰掛け本を開いた。暫くするとことりとカウンターにクッキーとマドレーヌが乗った白いお皿が置かれ、思わずそちらの方に手を伸ばすと叩かれてしまう。

「オマエのじゃねぇよ。客にだしとけ」
「私の分はないのかい?」
「後でな」

 私はその言葉を聞くと、お皿を手に取り彼らの方へ向かい、ことりと彼らの座っているテーブルに置いた。

「彼からです」
「あざっす!あ、名前さん、この前のやつもめっちゃ面白かった!続き借りてもいい??」
「えぇ、どうぞ。他にも気になるものがあれば持っていっても大丈夫ですよ」

 彼は少し飛び跳ねるように本棚へ向かった。持ってきた本は棚へ直し、その次の巻を手に取るとじっと本を物色している。その姿を眺めていると別の方面から視線を感じた。
 犯人は伏黒くん。彼もきっと読みたいのだろう。

「あなたたちも良ければどうぞ、お好きに読んで頂いても大丈夫ですよ」

 2人は顔を見合わせると、腰を上げ壁際に置いてある本棚へと向かった。本棚の前で3人並んで選んでいる姿は写真に収めたいほどに美しかった。

 さてと、お代わりでも淹れてこようかな。

 そう思いくすりと笑みを溢し、カウンターに戻っていった。



 それからどれくらいの時間が過ぎたのか。店内には、ふんわりと漂う甘くてお腹をくすぐる香りが漂い、穏やかな温かみのあるサウンドが流れている。
 偶に飲み物をと思い席を立つと隣で競馬新聞を読んでいた彼がコーヒーポットから注いでくれた。彼らにも飲み物を注いでくれるのでありがたい。
 来客を見ると3人は思い思いに時を過ごしている。本を読んだり、お喋りをしたり。ゆるゆると過ごしている。彼らにとってここが居心地の良い空間であるのならそれ幸い。よければ、常連になってもらえれば嬉しいなんて思ってしまう。

「ん」
「ん。…うん、これ美味しい」

 焼き立てのクッキーの控えめな甘さがほんのりと口に広がる。私の反応をみて満足したのか、それを数枚小皿に持っていくとテーブルに持っていってくれている。

「うまっ!これも甚爾さんの手作り?」
「なんもでねぇぞ」
「クッキーなら出てきますよ」
「うるせぇ」

 私が本から目を上げ、そちらを見ると顔を顰めてこちらを振り返る。そのまま私の方へ歩いくると手にしていたクッキーを私の口に放り込んできた。そしてそのままキッチンへ戻っていった。奥からは水を流す音が鳴り響く。
 随分とわかりやすい照れ隠し。褒められて嬉しかったんだろう。私が褒めてもあんな風にはならないのに。やはり虎杖くんのお日様のような心がもたらす技なのか。流石天性の人たらし。感服してしまう。

 暫くすると、誰かの携帯が鳴り響く。その音の主は伏黒くんの携帯。耳にあて「はい、はい。分かりました」それだけを言うと電話を切った。

「五条先生から連絡。行くぞ」
「もうちょいで読み終わるところだったのに」
「名前さん、お会計!」

 本を閉じカウンターへ置いてそちらを振り向いた。

「本を運んでもらったお礼です。今日は大丈夫ですよ。それにもし、続きが読みたいものがあれば持っていっても構いませんよ」
「いいの?」
「えぇ、勿論。伏黒くんもその続き持っていっても構いませんよ」

 私がそう言うと本棚から一冊取り出していた。さてと、お見送りでもしようかと思い腰を持ち上げると、甚爾がカウンターに紙袋置いて何処かへ行ってしまう。ちらりと中を覗くとそこにはラッピングされたクッキーが入っていた。
 ほんと、分かりやすい人だ。
 笑みが溢れてしまう。

「伏黒くん、こちらお土産です。皆さんで分けてください」
「でも…」
「気にしないでください。彼からです」

 私がちらりと後ろを振り向くと、そちらを視線で追う。甚爾が一瞬だけ見えて、また中へと戻ってしまう。

「すみません、彼、恥ずかしがり屋なんです。またいらしてくださいね」

 私がそう言うとありがとうございますと袋を受け取った。そしてそのまま彼らは店を後にした。私は小さくなる彼らを見送り、その姿が完全になくなるとかこんとプレートを裏返した。 今日は閉店である。

 カウンターの本を取り、上でゆっくり読もうかと思っていると上から影が差した。

「オマエ、気がついてたろ」
「なんのことですか?私には心当たりはないけれど」
「とぼけやがって、まぁいいけどよ」

 彼はそう言うと私のマグカップを回収してキッチンへ戻ってしまった。
 ふうむ。伏黒くんのことだろうか。知ってて連れてきたみたいなあれかな。彼との関係性は知らないけども、彼が別にいいと言っているのならまぁいいか。知らないことでも匂わせ、知ってる風を装っても問題がないのがこの声帯の利点だもんね。し
 調べたら出でくるだろうけど、それは無粋だ。いつか彼の口から直接聞いてやろう。

 私はそう心に決めて、2階へと続く階段を登った。

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