03

 あれから伏黒くんも釘崎さんもはよくうちにやってくるようになった。常連さんの仲間入りである。やったね。3人で来ることもあれば1人だけのこともあるし、バラバラ。偶にうちで鉢合わせて一緒にご飯食べて帰ることもあるくらいである。
 本当に若い子たちは可愛らしく、愛おしい。守るべき財産。末長く幸せになってもらいたいと切に願う。

 そんな彼らだが、今日は珍しく来客を連れてきた。長身で黒ずくめで長身の目隠しをした怪しい男を。ここは何処ぞの名探偵の世界かと疑問に思ってしまう。犯人か?取り敢えず、取り出したスマホの行方を教えて欲しい。

「通報しますか?」
「大丈夫だから!見た目はちょっと怪しいけど、俺らの担任の先生!!」
「失礼ですが、その見た目で…??」
「そうなの!」
「本当に?騙されてませんか?多額の請求とかは?私の知り合いにそういう事案に詳しい人がいますので紹介しましょうか?」
「大丈夫だから、落ち着いて名前さん!!」

 私たちのやりとりに段々と気を落としていく黒ずくめの男とは対照的に釘崎さんは大爆笑だし、伏黒くんも笑いを堪えている。うん、どうやら虎杖くんが言っていたことは本当のようだ。

「なら、いいのですが…。お好きなお席にお座りください、今メニューをお持ちいたしますね」

 私の言葉に虎杖くんはそっと胸を撫で下ろしている。メニューを彼らのテーブルに持っていくと、随分とアンバランスというか、なんというか。高校生の中に怪しい大人がいるのは通報案件にしか思えない。ここに来るまでにどれ程職質されたのだろうか。

「あれ、今日、甚爾さんいんの?」
「えぇ、昨日大負けしたようで、不貞腐れてましたよ」
「負けちゃったんだ」
「えぇ、勝って深追いしてしまったようで、最後には帰りの電車賃まで使ってしまったようですよ」

 私がそう虎杖くんと話していると、キッチンからうるせぇと声が聞こえた。ぱちりと見合わせ、私たちは思わず笑みが溢れてしまう。
 お昼は食べてきただろうし、なにかおやつでもだそうかな。

「ね、今日のデザートなにがあるの?」
「色々ありますよ、パンケーキも作れますし、シフォンケーキやマドレーヌまで」
「甚爾さん、またいっぱい作ったんでしょ」
「正解です」

 彼は負けると腹いせとでもいうように材料をふんだんに使い大量のツイーツを作り上げるのだ。もちろん私のお金で。流石にホールケーキとかはあまり作らないが、それでも焼き菓子とかチョコとかが生まれる。私が寝ている間にも作っているようで、朝起きると店内には甘い匂いが鼻を擽るのである。
 今日も色々と作っていて困っていたのでちょうどいい。

「後で持ってきますね」

 私がそういうと嬉しそう2人はやったと小さく笑った。虎杖くんは黒ずくめの男にここの料理は美味しいと一生懸命話してくれてちょっと嬉しい。
 飲み物を聞き終わると伏黒くんが控えめに声をかけてくる。

「あの今日、この前出してくれたオレンジとチョコのやつってありますか」

 オレンジとチョコの。
 この前出したオレンジの砂糖漬けにチョコレートでコーティングしたオランジェットのことだろう。ほろ苦い味わいがコーヒーに合うのだ。それを気に入ってくれたのだろう。おそらく昨日も作っていたのであるはずだ。

「えぇ、勿論。後で持ってきますね」

 私がそういうと少し嬉しそうに頷いた。
 私はその姿をみながら、カウンターの中へと入っていった。キッチンにいる甚爾に昨日作りすぎたスイーツたちを盛り付けてもらおう。そういえば、この前ケーキスタンドを買ったんだっけ。あれに乗せてもらおう。私がカウンターの下を漁っていると後ろから現れた。

「あれ、何処に直したかな」
「そっちじゃなくて上。オマエが触れるところに置くわけねぇだろ」
「私は子どもではないんだけども」
「似たようなもんだろ」

 カウンターの上の棚に手を伸ばし、中を漁る。身長差で私が取りにくいところになおすなんて流石というか、なんというか。そこまで私は子どもか?と疑問に思ってしまうほど。そりゃあお皿はよくわるけども。この前も高いお皿割って怒られたけども。
 彼が上の棚から取り出し、そのままキッチンへ戻ろうとした時、席の方から大きな声が聞こえた。何事かと思いそちらを向くと黒ずくめの男がこちらを、否、甚爾を見ている。

「オマエ、なんで生きてんの!?」
「は?」

 目隠しをずらすとキラキラと光を浴びた宝石のような瞳がみえる。子ども達は慌てているし、甚爾は全く記憶がないよう。甚爾の記憶力は当てにならないからね。
 それにしても、うーん、この顔何処かで見たことがあるような。ないような。
 先に思い出したのはまさかの甚爾だった。にやにやと人の悪そうな笑みを浮かべてる。

「おや、甚爾が覚えてるなんて珍しい。槍でも降るんじゃあないかな」
「俺をなんだと思ってんだ。…10年前に俺を殺しかけた奴だよ」

 10年前に殺した。あぁ、あの時の彼ですか。いやぁ、随分と大きくなった。
 此処で私が茶々を入れてもいいのだけれど、正直魔法使いとバレると面倒くさい。魔術は神秘の秘匿なんて言うくらいだ。
 あの時は私の魔法で一面を取り留めたんだっけ。半身吹っ飛ばされていたが、元々かけておいたガッツ付与のおかげで助かったと思う。魔法使いに復活の呪文は当たり前だろう。レイズだって、ザオリクだってあるのだから。
 まぁ、彼の場合は死にかけだったのだが。その辺りの詳しい話はまたいつか。

 それよりも完全に相手を煽る気満々な彼をどうにかしないと。面白いのでこのまま放置でもいいのだけれど、流石に店内で暴れられたら困る。流石にしないとは思いたいが。

「え、五条先生になにしたの」
「なんも。10年前にちょっと遊んだだけ」
「僕の生徒たちに手出したら殺す」
「生徒の前でそんな物騒なこと言うンじゃねえよ。大体、金にならないならやらねぇよ」

 甚爾は鼻で笑うとさっさとキッチンへ戻っていった。喧嘩にならなかったことにつまらないなぁと思いながらも少し安堵。きっと今の彼が黒づくめの男と闘ったらきっと負けるだろう。彼は強いけどね。
 さてと、私も飲み物の用意をと思っていたのにあの青い瞳でこちらをじっと見据えてくる。

「オマエ、何者?なんでアイツと一緒にいるわけ」
「彼とは古い友人ですよ」

 私は茶葉の入ったポットにお湯を注ぎながらそう答えた。痛いくらい視線が突き刺さるが無視だ。怪しまれるのは慣れたものだから。砂時計が落ちるのを確認すると、カップに注ぎ、お盆に乗せコーヒーと共に運んだ。

「はい、こちらお飲み物です。後でお菓子持ってきますから、少し待っていてくださいね」

 私がそう言うと伏黒くんは既に本を読んでいたし、虎杖くんは釘崎さんと楽しそうに話し出した。黒づくめの男は私に釘付けだ。嫌な意味で。

「安心してください。毒なんては言っていませんよ」
「そんな心配してないよ」
「おや、そうでしたか。ならよかった」

 黒づくめの男はシュガーポットに入ってある砂糖の塊を数個取るとぽちゃんぽちゃんと落としていく。D灰に出てくる千◯伯爵かお前は。人の飲み方にとやかくいう気はないが、ちょっとびっくりした。釘崎さんがげぇっ顔を歪めてる。
 甚爾がキッチンから3段になっているケーキスタンドに昨日大量に作っていたお菓子たちを乗せて持ってくる。あ、ちゃんとオランジェットも乗ってる。

「すごっ、これ全部作ったの?」
「まぁな。毒なんて入ってねぇぞ」
「それ、さっき名前さんも言ってたけど、心配してねぇから大丈夫だよ」
「オマエらじゃなくて、そいつにな」

 彼はそれだけ告げるとひらりと手を振り中庭へ出ていった。一服でもするのかな。カウンターを見ると私用にもお菓子の盛り合わせがあったので本当に気がきく男だ。
 私は「それではごゆっくり」と告げるとカウンターの定位置に腰を下ろした。読んでいた本を開き、文字の世界へと入っていこうとしたのだが、視線を痛いほど感じる。顔をあげると彼らの座席の方から黒づくめの男がお菓子を貪り食いながらこちらを見ている。美味しかったんですね。よかった。

「お代わりですか?」
「本当に一般人?」
「えぇ、そうですよ」

 質問を質問で返された。虎杖くんたちも不思議そうに見ている。

「ね、五条先生と甚爾さんって知り合いなの?」
「10年前にちょっとね。アイツ、禪院家の人間だったんだけど、とんでもないロクデナシで家出ていって、恵を作ったわけ」
「え、じゃあマジで伏黒のお父さんなの!?」
「やっぱ肉親じゃん」
「覚えてないし、関係ない」

 へぇ、本当に子どもいたんだ。いや驚かないけども。ただ、彼のことだ。子どもとか重荷になるようなものを設けるなんて、相当愛した女性だったんだな。いや、だがそれを生徒の前で言うか?こそっと言えよ。堂々と言うとか神経疑ってしまう。本当に教師なんだろうか。何か騙されてるのでは勘繰ってしまう。

 それにしても伏黒くんドライだな。まぁでもそんなものなのかな。私も物心つく前から会っていない親を父親だと紹介されてもなんの感慨を抱かないもの。私基準で考えたらダメだな。うん、人生2度目だし。

 私はそんな会話を耳にしながら、本を開いた。中庭に出て以来甚爾は戻ってきて、私の隣で競馬親父を開き、耳にイヤホンを挿していた。偶に私の口にお菓子を運んでくれるのでそれを咀嚼する。後ろからびんびんと視線が痛いほど刺さってるし、偶に近寄ってきてはじっと見つめてきては、戻ってを繰り返す。その都度、おかわりを要求してくる。因みに、黒づくめの人のおかげで甚爾が大量に作ったお菓子が全て消えていった。一体何者なんだ?あの人は。

 日がかげり、店内が赤く染まる頃には彼らもお暇と言い立ち上がった。請求は黒づくめの人持ちらしい。当たり前か。何故か甚爾が対応していたが、甚爾は面白そうな、黒づくめの人は心底嫌そうな顔をして少し面白かった。私がひょこりと顔を出したらまたじっと見られるし。どれだけ疑われてるんだ。

「報告はしないであげる」
「そりゃどーも」

 甚爾はしっしっとあっち行けと手を動かしている。虎杖くんたちは本を借りて帰ると店内を後にした。
 彼らを見送り、店内に戻るとじっとこちらを見据える甚爾と目が合う。

「どうかした?」
「あんまアイツらに気ぃ許すんじゃねぇぞ。後、甘やかし過ぎ」

 思わず、目を見開いてしまった。彼がまさか、そんなことを言うなんて思いもしなかったからだ。私はくすりと笑みが溢れてしまう。私は彼に近づき、少し高い位置にある頬を撫でる。

「んだよ」
「いえ、貴方がそんなこと言うなんて珍しくって。大丈夫、私は好きで貴方と一緒にいるんだから」
「…あっそ」

 そういうと私の手を退けて、キッチンへと戻ってしまった。いや可愛らしい。私はふふっと笑みが溢れ、彼の後を追った。キッチンに入ると、大人しく座っとけとカウンターに戻されたのはまた別の話。



 その後も彼らは変わらずうちに来てくれた。伏黒くんも甚爾も互いのことはあまり気にしていないみたい。今までと対して変わらなかった。
 ただ、変わった点といえば、黒づくめの人、五条さんから聞いたのか虎杖くんが甚爾に手合わせを頼むようになったこと。対価はタバコと言われ未成年に買わせるわけにもお金を使わせるわけにもいかないので、ウチでお金落として行ってくださいねとだけ伝えておいた。よく来ては転がされてるのが面白い。
 後は、何故か五条さんもよく遊びに来てくれるようになったことだろうか。甘い紅茶と甚爾が作ったお菓子を摘みながら私に対して一方的に話している。会計は毎回、彼が担当しているのは何故か。あとレジのお金が増えてるのだけれども、一体なにをしてるのだか。


 そして今日もからんころんと軽やかな鈴の音色が店に来客を知らせる。

「やぁ、いらっしゃい」

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