02

 そう意気込んでも客は来ない。ここは都心は都心なのだが、表通りから裏路地を行ったところにある上に、場所も分かりにくい。看板も小さなものがかかっているだけ。ネット掲載もしておらず、大々的な宣伝も全くしていない。知る人ぞ知ると言えば聞こえはいいが、所詮は場末の喫茶店。
 客は殆ど来ないし、店員は私と同居人のキッチン担当が1人の計2人。1日に1、2組ほど客が来ればいい方で、それも基本的に常連客ばかり。
 私の仕事といえば、カウンターに座り本を読み、同居人が入れてくれたコーヒーを呑むことくらい。キッチンへの出入りは禁じられているし、掃除をすればさらに散らかしてしまうというギフトを授かっている為基本しない。
 つまりは暇人だ。一応、ニートではないことだけは明言していよう。

 からんころん。

 戸につけた鈴が可憐な音を店内に響かせる。読んでいた本から目線をあげ、そちらを見やると最近よく来るようになった学生客。

「やぁ、いらっしゃい。虎杖くん」
「ちわっす!」

 慣れた様子で私と椅子を一つ開けたカウンター席に腰を下ろすと鞄を漁り1冊の本を取り出した。

「名前さん、これめっちゃ面白かったっす!」
「そう、よかったです。虎杖くん好みで安心しました。次の巻も読みますか?」
「いいの!?あざっす!」

 私は読んでいた本から栞を抜き取り、手元に置くと虎杖くんの方へと差し出した。その様に目を丸くする。

「読んでたんじゃないの?」
「何回も読んでますからね、気にしないでください」

 私がそう言うと顔を綻ばせ、本に手を伸ばした。ペラペラと数ページをめくると、一度閉じる。一つ深呼吸をすると本を開き、最初の行を読み始めた。
 書き出しはなんだったか。確か【その霧に包まれた街でまた一人、天からの迎が訪れた。】だったっけ。
 今、虎杖くんに貸しているのは1900年代のロンドンを舞台にした探偵もの。かの有名なシャーロック・ホームズではないが、読み応えがあり私のお気に入りの作品の1つ。
 私は本棚からするりと一冊抜き取ると定位置に戻りページを捲る。紙が擦れる音だけが響く静かな時間だけが過ぎていく。
 暫くするとからんころんと再び鈴の音が鳴り、珍しくまた客かと思うとうちの店員だった。紙袋を抱えるように持っており、私と目が合うと真っ直ぐ歩いてきて、ピタリと立ち止まる。

「客に何も出さずに何してんだ。アホ店主」
「おかえり。すっかり抜けていたよ」

 ぐりぐりとつむじを押してきたが、暫くすると呆れた様子でため息をこぼすと私に紙袋を押し付けカウンターの中へ入っていく。紙袋からお菓子を何個か取り出すと、ぽかんと口を開けていた虎杖くんに差し出した。

「すみません、これお詫びとして」
「俺も言わなかったし、でもこれ勝手にもらっていいの??」
「大丈夫ですよ。うちでは誰も食べませんから」

 私の顔を二度見してからお菓子を物色し始めた。その姿はまるで小さな子どものよう。大きな瞳をさらにキラキラと輝いており、思わず頬が緩んでしまう。どれにしようかと悩ませてるその姿が愛らしい。
 その姿を眺めていると頭に衝撃を感じ、そちらを振り返るとエプロンを身につけ、メニューを持ったうちの店員だった。

「人のものを何やってるんだ」
「おや、これは私の金でやったものだろう。いいじゃないか」
「貰った時点で俺の金だろ」

 虎杖くんにメニューを渡しながら少し顰めっ面でこちらを見てくる。どうせ嫌がってるふりだろう。私知ってる。私は彼の手を掴み、手のひらを上に向けると紙袋から取り出したものをそっと置いた。

「あ?」
「これは学生には渡せないものだからね」

 そう言うと手のひらの中を見やり、呆れたようにため息を溢し、軽く私の頭をこづいてきた。何度も何度も叩いてきて、私の頭が悪くなったらどう責任を取ってくれるのか。虎杖くんはいつものことのように流しているのか、普通に注文している。彼も注文を聞いてカウンターの中へ入っていった。
 それ程までに私はアホだと思われているのだろうか。いや、cv石○彰だぞ?ギャグ漫画の世界以外でそんなことはあるわけがない。ここはギャグではなく現代ファンタジーの世界だろう。
 だって私魔法使いだし。まぁ、魔法使いは私以外会ったことないが。

 キッチンの奥からいい音とふんわりと漂う香り。そして、どこからともなくぐぅっと低く唸る音が鳴り響く。その音の発生源をみると恥ずかしそうに頬をかいている。

「聞こえてた?」
「いい匂いしていますもんね。もう少ししたらできると思いますよ」

 さてと、私は飲み物でも淹れてこようか。虎杖くんは何頼んだっけかなぁ。私は椅子にかけたエプロンを手に取り、腰へと手を回し、後ろ手で紐を結ぶ。カウンターの中へ入ると、げぇっとした顔をした同居人の姿。

「オマエ、余計なことすんなよ」
「なんのことやら」

 私の後ろに立つと紐をほどき結び直してくれた。上にある顔をみやると少しばかし面倒くさそうな顔でいい匂いの漂うお皿をカウンターの上に置いた。ぽんっと背を叩くとキッチンに入っていく。そして戻ってくると何故か私が作ろうと思っていたものを持って出てきている。

「おらよ」
「え、いいんすか!?」
「私が作る予定だったのですが」
「そんなとこにアイスはねぇよ。コイツに任せてたらいつまで経ってもできやしねぇしな」

 虎杖くんは彼が作ったメロンソーダを嬉しそうに飲んでいる。やっぱりナポリタンにはメロンソーダが鉄則だろう。異論は認める。
 メロンソーダを出してしまうととっととキッチンへ戻っていく。後片付けをしてくれるのだろう。以前に私が手伝ってあげたら皿は割るわ、泡だらけになるわで大変だった。正直、料理ができないcv石〇彰はどうなのだろうか。大体できるよな。皆からママって呼ばれるよね?私の記憶違いか。そういう属性が付与されるおことが多いだけか。そうだな。私の神様は料理下手が好きだったんだ。きっとそう。もともとの私の属性だったとかそういうのではない。おそらく、たぶん、きっと。

 キッチンの奥からは水を流す音が止まる頃を見計らい、入口から顔を出すと面倒臭そうな顔をした彼と目があった。

「アレ、虎杖くんに出してもらえないか?」

 そこの言葉だけで把握してくれたのか、濡れた手を拭くと冷蔵庫へ向かってくれた。

 さて、今度こそ私の番だろう。
 コーヒー豆を取り出すカップで二杯分ほどをミルへといれる。あとはこれを回して粉にする作業だが、少し重労働なんだよな。魔法で回してしまってもいいが、虎杖くんがいるしな。彼に任せてしまう。冷蔵庫から出してくれたものはカウンターのところへ置かれてあるし、この後の予定なんてラジオで競馬中継を聞くことくらいだろう。中庭で一服していた彼を手招きしてミルを渡す。私はその間にポットでお湯を沸かすとしよう。

「オマエ、いい加減に自動のやつ買えよ」
「普段そんなに使わないのに、勿体ないだろう。君がいる間は君にやってもらえるしね。」
「人使いの荒いやつ」
「なんのことだか」

 文句を言いながらもなんだかんだでやってくれる彼は優しい。それに力も耐久もある。コーヒーを挽くにはぴったりだろう。
 お湯が沸いたら、フラスコへ入れる。ロートとフィルターへセットする。ロートの管の先端部にろ過機の先に付いているスプリングの留め金をひっかける。あとは、フィルターを竹べらで要請する。そうこうしているとお湯が沸騰してくるころだろう。そうなったら、ロートに挽いてもらったコーヒーの粉を入れる。お湯が上に上がってきたら、粉をほぐすようにお湯となじませ、攪拌させる。火を弱め、暫く置き、火を止める。そして、再び攪拌させるとゆっくりとロートからフラスコへとコーヒー液が落ちていく。その頃にはコーヒーの良い香りがて店内に広がっていく。
 ふと視線を感じ視線の方向へ目を移すと、先ほどまでおいしそうに頬張っていたナポリタンもメロンソーダもきれいに平らげ、フラスコから落ちるコーヒー液を見ていた。

「俺、名前さんが淹れてくれるコーヒー好きなんだよね」
「うれしいことを言ってくれますね、そんないい子にはこれを」

 先ほど頼んで出してもらったレモンケーキ。私が彼に頼んで作ってもらったものである。ホールで作っても私たちだけでは食べきれないしちょうどいい。処理を頼んでしまっているみたいで申し訳ないけどね。

「こんなものまでいいの!?あざっす!」
「もちろん、召し上がれ」

 その頃にはコーヒー液も落ちており、芳醇な香りのするコーヒーが完成していた。真っ白なカップにコーヒーを注ぎ、ミルクと砂糖を一つ落とす。まだ彼にはブラックは苦いだろうしね。ブラックで飲んでほしいなんていうのは大人のわがままだ。美味しいと思ってくれればそれでいい。ついでに淹れた私の分もカウンターの上に置いてしまうと、エプロンを外しホールへ出て、定位置に腰を下ろした。
 隣では口の端についた食べかすなども気にせず頬張る姿に頬が緩む。中では一服し終わった彼が、そそくさとコーヒーの後片付けをしてくれている。

「悪いね」
「割られたら俺が面倒だからな」
「ふふっ、そうかい」

 そんなやり取りと虎杖くんはフォークを加えたままぼーけっと眺めていた。

「どうかしましたか?何か変なものでも?」
「いや違うって、甚爾さんが作ってくれんのめっちゃうまいし。でも、見れば見るほど俺の友だちにそっくりっていうか。ね、甚爾さんって隠し子とかいたりしない?」
「さぁ、聞いたことはありませんが。アレですし、隠し子の1人や2人いてもおかしくないと思いますけどね。」

 そういいながらコーヒーカップに口をつけた。
 私の同居人兼うちの店員である、甚爾は私がうら若き10代からの知り合い。その頃には独り身だったが、いろんな女の人のところを歩き渡っていたような記憶がある。とある一件から私のヒモになったのだが、それ以来女の人の関係はイマイチ掴めていない。昔は大金を持って帰ってきては、お馬さんで無に返していたり、数日行方不明になっていたりするあたりあの頃から女の人はいたのだと思うが…。
 ただ、今はあまり外に行ってないみたい。私がお小遣いをあげているからか?それとも不能になったからか。それはないか、偶にぬいてるところみるし。どんな心境の変化があったんだろう。
 隣では、虎杖くんがうーんと頭をひねっている。

「そんなに気になるなら本人に聞いてみたらどうですか?」
「んー、名前さんが知らないなら、気のせいなのかもしんねぇからいいや」

 そういいながら食べかけのレモンケーキを平らげ、コーヒーカップに口をつけていた。そして、先ほどまで読んだ本を広げている。その様を見ながら私も文字の世界へと身を投じた。



 それからどれくらいの時間がすぎたのか。燦々と輝いていた太陽は沈んでいき、その色を赤く変えている。それに伴い店内にも赤い光がさしていた。そんなことにも気が付かず私たちは黙々と文字の世界にいた。そこから連れ戻してくれたのはやはり彼だった。店のブラインドを下げてくれ、カコンと小さな音を立てプレートが裏返る。その音に顔を上げ、見合わせた。虎杖くんは慌てた様子で時計をみやった。時間はすでにもうすぐ6を指していた。

「オマエらそろそろ店仕舞いだぞ」

 その言葉に時計と私の顔を見比べて大慌てで身支度を整えていく。そういえば、虎杖くんは寮生活だと言っていたっけ。門限があるのかもしれない。それにここまで残っていたのは初めてだし。そもそも喫茶店の閉店時間が早いとかそういうのはナンセンスだ。自由業なのだから大目に見てほしい。
 私は本を閉じ立ち上がると、2階の入り口に掛かってある鍵をとった。

「名前さん!お会計!」
「気にしないで大丈夫ですよ。それより時間、危ないんですよね?送っていきますよ。甚爾あと頼んだよ」
「え、でも」
「甘えとけクソガキ」
「うっす!あざっす!」

 私は手招きをするように中庭へ連れ出すとそのままガレージへと向かう。ガレージには車とバイクが1台づつ。車のカギを解除すると虎杖くんに乗るように促す。私も運転席へ乗り込むとカギを回しエンジンをかけた。低く唸るエンジン音。シャッターが上に上がっていき、完全に上がりきる少し前に車を発進させる。細い道を曲がり、大通りへ。虎杖くんの学校の場所はナビで入れてもらったし、あとはこのまま進めば大丈夫だろう。

「寝ていてもいいですよ」
「え、でも…」

 私のその言葉を否定する前に虎杖くんはぱたりとこと切れた。これが私の魔法の一つ。ねむり状態にする。言葉は何でもいい、ただ私が相手に眠りにつくようにいうだけ。本当、私ってばすごい。さすが、神が作り上げた存在だ。


 車を進ませてしばらくした時。彼の中にいるもう一人の人物が声を出した。もう一人のぼく的なあれではない。そもそもcv石〇彰は初代には出ていなかったはずだ。たぶん。

「貴様何者だ」
「何者と言われましても、ただの喫茶店の店主ですよ
「なにを抜かしている」

 彼の中にいるもう一人の人物は人間であったが、人間ではないもの。憎悪の塊のような存在。甚爾も気をつけろと言っていたのだから相当だろう。彼のほほに現れた目と口は私のほうを見つめており、バックミラー越しに目が合った。

「ただの人間ではなかろう。小僧を寝かしつけ、何を企んでいる」
「いえ、何も。…私、虎杖くんのこと好きなんです」
「そういう趣味か」
「勘違いしないでください。そういう意味ではなく人間として。彼の中に貴方がいるのはとても奇妙だ。それも、それは彼が望んだことなのでしょう。なら他人の私が口を出す筋はありません。しかし、彼は太陽のような人間。なるべく貴方には悪さはしてほしくないのですよ」

 本心だ。虎杖くんは太陽のような善人の塊。誰もが彼に引き寄せられるまるで夜の街灯に群がる虫のように。私はそんな彼がとても気に入っているのだ。それに、どんな世界であれ青少年が幸せに暮らすのは世の通りだろう。

「ケヒッ、稚児趣味なだけじゃないか」
「おや、心外ですね。ですが、貴方の生きた時代では普通だったのではないですか」

 そういいながら、私はハンドルから片手を離し文字をなぞるように宙をなでる。ふわりと現れた光の煌めきは後方へと向かい、彼の周りを輝かせる。

「さてと、私と約束でもしませんか。…彼を悲しませないと」
「人を殺すななどではなくていいのか?」
「おや、それでもいいのですか?貴方のような存在にそんなことはできないと思っていましたが」

 私がするのはあくまで約束であり、制約ではない。口約束に私の魔法で破ったら罰を加える程度のもの。要するに指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ますというやつ。

「今の貴方なら私でも祓えてしまうとおもうんですよね。貴方約束破ってしまいそうですし」
「…ふん」
「おや?図星ですか。まぁいいです。では約束しましょう。断れば、今ここで祓ってしまいますよ」
「まぁ、よい。貴様にそんな力があると思えんがな」

 私はそうですかとだけ告げて指をふるった。彼の周りをまわっていた輝きは彼に吸い込まれるように消えていく。あ、破った時どうなるか告げていなかったか。まぁいいか。アレにとっては大したことではないだろう。
 しばらくすると彼もなりを潜めた。

 空が赤から黒に代わるころにはやっと彼の学校へたどり着いた。校門前に車を停車させると、外へ出て後部座席の扉を開けた。それに気が付いたのか、彼は寝ぼけ眼でこちらをみている。

「つきましたよ」

 そう声をかけると大きく丸い瞳をさらに丸くさせた。それ以上見開くとこぼれ落ちてしまいそうなほどに。

「ごめん、俺寝ちゃってた!」
「いいですよ、気にしないでください。中まで送っていきましょうか?」
「ううん、大丈夫!今日、おごってもらってありがとう!今度、友だち連れてってもいい??」
「えぇ、もちろん。楽しみにしていますよ。」

 私がそういうとやったと小さくガッツポーズをしている。彼が車から降ろし、見送った。姿が見えなくなるまで何度も何度も振り返り、その度にこちらを振り返ってくる彼がほほえましくて仕方がない。


 彼の人生に幸あらんことを。


 彼の友だちが想像よりはるかに私の同居人にそっくりだったのはまた別の話。

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