03

 今日は久しぶりにツーマンセルでの任務。付き添いの五条の坊ちゃんはいなくて、恵との2人きり。いつも通りスウェットで行こうとしたら、悠仁に見つかり制服に着替えさせられた。俺の制服も何故か改造されていて、短ランという昭和のヤンキースタイルなので着たくない。昭和に生きていたが、今は平成2桁生まれなのだから辞めて欲しい。

 今日の任務は行方不明者の捜索と不審死の解明。被害者は総じて10代から20代前半程度の男女。どうやら、肝試しで森にある館に行って、行方不明になったり、戻ってきても数日で死んだりしているらしい。俺らはそこの呪霊をサクッと祓うのが仕事。

 目の前にある館はいかにもな雰囲気がある。まるでゲームに出てくる洋館で、ヘリが出てきたら絶対それは墜落すると予見できそうなほど。

「恵、早く終わらせてファミレス行こうぜ。俺ドリア食いたい」
「あぁ」

 俺たちは館の扉を開けた。館は想像以上に荒れ果てており、中は薄暗い。
 若者たちの肝試しのルートはこの館を歩き、二階奥の寝室。昔、この館に住む女性が夫の浮気を知り、この部屋で首を吊ったとか。その霊が憑いており襲いかかって来るとか。そんなありきたりな怪談話。
 その噂が人から人へ、そしてネットの海へと撒き散らされ、人の負の感情を集め呪いになった。確かにこの館にはいる。ただ、報告では二級相当と聞いている。

 俺たちは件の寝室に足を運んだ。
 この部屋だけ異様に質素な扉で、少し扉が開いている。中からはカタカタカタカタと音が聞こえる。俺たちは顔を見合わせ、そっと扉を開ける。

 そこには異常に首の長い呪霊がおり、ひたすらに歯を噛み合わせている。まだこちらには気が付いていないよう。であれば、先天必勝。ディーズ呼び出し、襲い掛からせる。
 虫の羽音が響き、呪霊に喰らい付く。しかし、その長い首がぐるりと動きディーズを薙ぎ払う。

 呪霊が此方を見据える。にんまりと新しい獲物を見つけた楽しさを噛み締めるようにニンマリと笑った。

「ミツケタミツケタミツケタミツケタ」

 二級相当とか言っていたやつは誰なんだ。二級どころの騒ぎじゃない。コイツ、さらに負の感情を吸収して階級が上がっている。一級か、特級か。

「ワタシノワタシノワタシノワタシノワタシノ」
「イトオシイヒト」

 戯言のように同じことを繰り返し、呪霊は腕を伸ばす。その腕は俺ではなく、後ろの恵に伸びる。

「玉犬!!」

 恵が玉犬を呼び出し、何とか避けた。俺も餓狼を呼び出し呪霊に襲わせる。しかし、触れる寸前でその長い髪に弾かれてしまう。

「ニガサナイニガサナイニガサナイ!!」
「逃げろ!恵!!」

 恵を絡めとろうと呪力を帯びた髪が伸びていく。アレに絡め取られたらひとたまりもない。脚に力を込め、恵を押し飛ばすが、俺に髪はもろに当たり、壁にぶち当たる。脆い壁はその衝撃で崩れ、隣の部屋にまで飛ばされる。

 脇腹は何本かいったし、頭からも血が流れている。これはちょっとヤバい。
 恵が何とか応戦しているか、それも時間の問題だろう。この狭い空間では鵺も出せない。

 俺は起き上がり、口から刀を取り出す。ぱらぱらと瓦礫が俺の頭から落ちていく。ぐっと力を込め飛び上がり、その長い首めがけて刃を振るう。

「ジャマヲスルナ!!」

 寸前のところで俺の刃は弾かれ、飛ばされる。なんとか、受け身を取り怪我を増やすことは免れたが、頭の怪我はやばい。玉犬で応戦し、呪具まで使用しているが、その長い髪に絡め取られる。

「あ、ぐっ」

 その長い髪は首を締め付ける。

「イッショイッショイッショ」

 呪霊は楽しそうに声を上げる。
 恵の呻き声と、笑い声が反響する。

「てめぇ、呪いの分際で喜んでんじゃねぇよ!!」

 餓狼を呼び出し、襲わせる。少し気の緩んだ隙に長い髪を呪具に呪力を乗せ断ち切った。髪が舞い散ると同時に俺の刀もお釈迦になる。お気に入りの方でなくてよかったと安堵する暇もない。
 恵は玉犬が支えており、俺は呪霊と恵の間に立ち塞がる。からんと手のひらから離れたつかだけが落ちた。

「恵、俺から離れんなよ」

 手榴弾は恵を巻き込む可能性が高いので使用はできない。アレは全員を巻き込んで殺すヤバい呪具。

ーーここで死ぬ?
ーーまた??

 餓狼を避け髪が刃物のように俺を攻撃する。頬を、腹を掠め、血が流れ落ちる。

 歯を噛み締めるとぎりっと奥歯が音を鳴らす。
 今世の俺は無駄に鍛えられ、前よりも強くなったと、思いたい。ポケットに入れていた財布から1枚の紙を取り出し、飛ばした。

「こい、がしゃどくろ」

 紙から這い出るように巨大な白い腕が現れる。腕は肉をつけておらず、骨のみの存在。現れたのは大きな骸骨。
 がしゃどくろは埋葬されなかった死者たちの怨念が集まり生まれた妖怪。ヒトの呪の集まり。俺が調伏している妖怪シリーズの中で強いものの一つ。その代わりにごっそり呪力も体力も持っていかれるし、身体へのダメージはすごい。

「やっちまえ、がしゃどくろ」

 がしゃどくろは雄叫びをあげ、襲いかかる。その大きな手が呪霊を掴み、投げ飛ばし、痛めつける。
 呪霊は起き上がり、恵の方へ向かってくる。

「がしゃどくろ!!」

 がしゃどくろが、襲いかかる呪霊を掴みその大きな口を開ける。がりがりと足から食らっていく。その喰らったものはがしゃどくろの呪力として吸収される。吸収された呪力は俺に流れてくるが、すぐにがしゃどくろを維持するものに回され、枯渇していく。鼻から血が垂れ、指で拭った。
 呪霊の叫び声と、がしゃどくろが喰らう音嶽が響く。

「ナンデナンデナンデナンデ!!」
「アイシテアイシテアイシテ!!!」

 どんどんと呪霊が喰われて消えていく。

「アイシテルッテ!イッタジャナイ!!」

 呪霊は手を伸ばす。その先は俺の奥にいた恵だった。

「   」

 消え去る直前に聞こえなかったが、誰かの名前を呟いたような気がした。

 呪霊が消えると式神も紙に戻った。払ったことへの安心感か、呪力を使いすぎた反動が一気募り、ふらりと前に倒れ込みそうになる。倒れる前に支えるが脚に力が入らない。地面にぶつかる。そう思う前にささえられた。

「おい、大丈夫か?」
「へーき、ちょっと疲れただけ」

 俺は身体を起こし、頭を撫でようとしたが手が赤く染まっていたので辞めておく。
 それにしてもかなり疲れた。あれほど長時間妖怪系を出したのは初めてだ。もう少し調整しないとな。それにしても、少しでも気を抜けば、眠ってしまう。

「恵は、大丈夫か?あいつ、お前に執着してたろ…?」
「俺は大丈夫」

 きゅっと眉を下げながらそういいながら、俺の腕を肩に回した。そのまま、ゆっくりと歩き出す。
 意識が飛びそうになるのをなんとか堪えながらゆっくりと歩いていく。

ーーほんと大きくなったなぁ。

 俺の目に、唇を噛み前を向く甚爾の姿がみえた。
 俺はポケットからタバコを取り出し、火をつける。大きく吸って、肺にみたし、吐き出した。少し訝しげにこちらを見やるが気にしない。頑張ったんだ許して欲しい。

「ファミレスはまた今度な」
「あぁ」

 なんとか玄関の扉を開けようと手をかけたら、ぎぎぎっと音を立て開いた。まだいたのかと恵を押し退け立ち上がり式を取り出す。しかし、そこにいたのは呪霊ではなく、白い大男。

「あ、生きてた」
「…紛らわしいんだよ」

 1発殴ってやろうと思ったが、力が抜け、前に倒れ込む。大男が俺を抱きとめ、押しのけるように立ち上がりタバコを咥えようとするもも手から滑り落ちたと同時に意識も落ちていった。

「まるで子どもを守る、手負いの親猫だね」

 そういい大男は笑った。



 夢をみた。懐かしい夢。
 怪我を負い布団で寝てる俺の周りを心配そうにちょろちょろと動き回る甚爾の姿。昔も甚爾を庇いボロボロになった。
 あの時は甚爾もまだ弱かったし、俺が任せきっりにしてたのが悪い。甚爾なら行けるだろうと思っていたら、甚爾の実力より上の呪霊だった。
 悔しくて泣きそうになるのを堪えてる甚爾の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった気がする。

 本当に懐かしい夢。ずっとここにいたく思えるような夢。起きないと。ここは過去の世界なのだから。
 そう思い意識を浮上させる。

 目を覚ますとやはりベットの上。体力使いすぎたのだろう。起き上がると家入先生と目があった。話を聞くと眠っていたのは数時間程度で、大きい怪我はほぼ治してくれたよう。ただ内臓はまだ治りきっていないらしい。暫くは安静とのこと。
 安静ということは暫く働かなくていいということ。もう任務はこりごりだ。暫くは働かずにダラダラして過ごそうと心に決めた。
 俺はタバコ吸いにいくといい、ベットを下り、家入さんに礼を言ってから医務室を後にした。

 タバコと思いポケットを漁るもやはり入っていない。もう面倒なので部屋で吸おう。部屋で吸うと悠仁が怒るが仕方がない。今はヤニが切れて吸いたくて仕方がないのである。

 部屋に着くと明かりもつけず、ストックしてあるタバコに手を伸ばし、火をつける。数時間ぶりのニコチンを肺に満たす。お酒も飲みたいが、ここから動くのも億劫である。
 その場に寝転び煙が天井に上がっていくのを眺めていると、部屋に灯が灯された。

「寝タバコ」
「へいへい、ビールとって」
「ん」

 現れたのは悠仁で、慣れたように部屋に置いた小さめの冷蔵庫からビールと俺が大切に置いてあったカニカマを持ってきて隣に座った。俺が起き上がるのを確認すると満足そうに頷き、ビールを渡してくる。自身もちゃっかり人のものを取ってるあたりなんとも言えない。
 深夜にやってる映画を特に話すこともなく、2人でぼーっと見ている。

「…けがは?」
「家入さんに治してもらったからは平気。なんなら、暫くサボれるってよ」
「ふーん」

 何が言いたいのかよく分からない質問。普通に心配をかけたのだろうか。だが、こんな仕事していて怪我をしないわけがない。今回は頑張りすぎたけれども。

「…死んだかと思った」
「お前がいうな」
「…わりぃ」

 こつんと肩に頭を置いてきた。近づいてきた頭を撫でてやる。ぐいっと酒を煽り、空いた缶を机に置いた。アルコールが回ってきたのか段々と眠たくなってきた。俺はベットにもたれたら、重い瞼と共に意識も途絶えた。

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