02

 家を出た私がまず寝城としたのが、ネットカフェだった。ビジネスホテルでも良かったが、スマホが普及し出したと言っても探すのに便利なのはパソコンだろう。それが使い放題で、シャワーも浴びれ、洗濯もできる。なんなら、ドリンクバーも飲み放題。仮住まいには丁度いい。
 鍵付きフラットルームをとりあえず、3日ほど借りることにして、必要最低限のものだけを出して、貴重品などはロッカーに入れてしまう。

 私にはやらなければならないことがたくさんあるのである。そう意気込んで街へと繰り出した。

 まず初めにしたことが携帯の解約だった。両親から連絡がない時点で縁を切られたと考えて当然だろう。そもそも、今の私に友人と呼べるような人物も切って困るような人物もいない。誰も困らないだろう。
 キャリアも機種も携帯番号もメールアドレスも全て変えてしまう。データを移行させることもなく、使っていた携帯はリサイクルボックスに投げ入れた。
 その後は服の購入に、長く手入れが大変な髪をカットしに美容室に行ったりとショッピングモールを歩き回る。
 そんな時、飾られていたものに目を奪われ、足を止めた。マネキンに着せられた黒のライダースジャケット。私の好みでも過去の私の好みではなかった服。店内に足を踏み入れ、それを見ていると店員に声をかけられた。

「羽織られますか??」
「はい」

 店員が嬉しそうに笑いながら、私の肩にジャケットをかける。袖を通すとなんだかしっくりと来た感覚を覚える。

「これ、ください」

 気がついた時にはそう声に出していた。そのまま店員が後ろから新しいものを持ってきてくれて、お会計。ちょっと高かったけど気にしないことにする。これから、頑張る私への投資ということにしよう。
 お店のショッパーを持つと少し気分も晴れやかになる。

 そのままの足でドラッグストアで最低限の常備薬や生理用品、化粧品などを買い漁り私は根城へ戻った。
 その頃には長くふわふわと揺れていた髪も肩口につかないほどに短くなり、色も2回もブリーチしたおかげで金色になっていた。


 ネカフェのパソコンを使い飛行機のチケットを購入する。帰国予定の90日後の帰りのチケットも。ホテルは長期滞在可能なホテルをチョイスして、暫くの根城にしよう。
 ふらふらと世界を回りながら、今後の行く末は未来の私に任せてしまおう。どうせ、私はろくな死に方はしなさそうだし。
 そう思いながら、ブランケットを被り瞼を閉じた。


 その後、私は海外へと飛び立ち、カメラ片手に色んな口を練り歩いた。世界旅行だ。今まで見られなかった景色や風景。ビザも関係もあったが殆ど海外で暮らしていた。
 生活費に関しては、婚約破棄の時に振り込まれたお金や私の溜まりに溜まった貯金。バイトで働いたお金や偶に絡んできた奴らから迷惑料としてお金を巻き上げた。昔は本当に嫌だったが、ここまで私に仕込んでくれた今は亡き師匠には本当に感謝しかない。おかげ様で呪詛師認定されてしまった。殺してはいないのにひどい。しかし、見つかったら殺されるのは確定しているので、開き直ってしまっている。

 私が忘れていたタバコの味も酒の味もすっかり体に馴染んだ頃には、婚約破棄をされたあの日から2年もの月日が流れており、私はそのことがすっかり頭から抜けていた。
 ビザが切れる頃には日本食が恋しくなり、帰国した。東京に戻る気はさらさらなく、福岡に降り立った。
 福岡でもすることは変わらず、2年経ってもネカフェを寝城にしてしまう。

 街へ繰り出しふらふらと観光したり、漫画を読んだり、自由気ままに過ごしていた。
 福岡といえば、屋台だろうと簡単に居酒屋でご飯を済ませた後、二軒目の気分で足を伸ばした。一人飯もいたについてしまい何も気にしなくなってしまった。
 ふらふらと歩き、目についた焼き鳥の屋台の暖簾をくぐる。屋台の店主ビールとネギマと皮を頼むと、ちびちびとビールを飲みながら出来上がるのを待った。

 私が頼んだものはすぐにできあがり、私の前に並んだ。あまりに美味しそうなそれにこくりと唾を飲み込む。ネギマに齧り付くと、口の中に旨みが広がり、舌鼓を打つ。
 私がポケットから取り出したタバコに火をつけると、後ろからまた1人と客が入ってくる。その客は私の隣に腰を下ろし、注文を通す。

「僕が随分探し回ったのに、こんなところで元気そうだね」

 隣からそんな声が聞こえたが、私ではなく別の人だろう。煙を肺に取り込み、味わうようにゆっくり吐いた。

「ねぇ、無視しないでよ」

 そう声をかけられら、手を握られる。何事だと思い少し目線をやると、サングラス越しの青い瞳と目があった。一度見たら忘れないであろうその瞳の持ち主。元婚約者の男。
 出張で偶々こちらに来てたのだろう。私もそろそろ潮時だったかと思い、煙と共にため息も吐き出した。私は掴まれた腕を振り解くと、吸いかけのタバコを乱雑に灰皿に押し付け消してしまう。

「…人違いじゃないですか」

 私はビールのジョッキを握りぐいっと煽っり飲み干した。カウンターの少し高いところにジョッキを置くと、店主にお代わりと告げた。正直に言うと今すぐ逃げ出したいが、焼き鳥もまだ残っている上に、最後の晩餐になる可能性もある。味わって食べなければ。

「そんなわけないでしょ。君が帰国した情報掴んで、わざわざこっちに来たんだから」
「ナンパなら他所でやってもらえます?オニーサンくらいイケメンなら相手に困らないでしょ」
「…君も僕のこと大好きなクセに」
「好きだったの間違いでは?」

 少し目を丸くした彼を横目に、また焼き鳥にかぶりつく。口元についたタレは舌でぺろりと舐めとった。
 正直にいえば、最期に顔を見れたのは少し嬉しいと思ってしまう自分もいる。青春を全て捧げた私たちの初恋。初恋は実らないなんて本当なんだなぁとどこか他人事のようにおもってしまう。

「昔なら僕の後鬱陶しいくらい付き纏ってたのに。本当、変わったよね」
「そうですね、色々あったので」

 彼はそう言いながら、昔よりも短くなった髪に触れてくる。ブリーチのしすぎで傷んだ髪を触っても対して気持ち良くもないのに焼き鳥片手に弄んでくる。私が眉間に皺を寄せてることすらも無視して、横髪を耳にかけ、ピアスが開いた耳たぶに触れてきた。

「セクハラで訴えますよ」

 私は焼き鳥を食べ終わると、ビールも飲み干した。店主にお会計を告げて、支払いを済ませると私に触れていた腕を払い除け、暖簾をくぐり外に出た。
 外は少し冷たい風が頬を撫で、少し酔いが回った頭を冷やしてくれた。
 飲み歩く元気もなくなり、私はゆっくりと寝城へと足を進めた。

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