元婚約者な私は焼き鳥を頬張った。

※原作4年前程から始まります。



 私は、過去の私が嫌いだ。過去と言ってもつい数分前の私だけれど。私は最悪の女だった。我儘で自己中心的で、私を中心に世界が回ってると思ってるタイプ。両親も1人娘である私に甘く、ひたすらに甘やかされて育った自覚もある。
 だから、とんでもないお願いも通ったのだ。イケメンでハイスペックで、最強呪術師である男の婚約者にお願いしたらなれてしまったのだ。だから、その婚約者に鬱陶しいくらい、くっついて周り、両親と同じように我儘も言いまくった。婚約者からも周りからも常に嫌な顔をされたが全く気がついていなかった。学校を卒業して、先に卒業していた彼の家に転がり込むように同棲生活を始めた。
 そのまま、結婚にいくのかと思ったが、遂に婚約者の方が堪忍袋の尾が切れたらしい。「鬱陶しい」と一蹴され、触れることも許されず、拒絶された。
 人に正面から拒絶されることは生まれてこの方なく、そのショックからか私は前世の記憶を思い出してしまった。

 前世の私は今の私よりもずっとマトモ。何処にでもいるような普通のOL。最後は彼氏のストーカーの頭のネジが5本くらい抜けてるヒステリック女に逆恨みされて刺されて死んでしまった運のない女である。


 前世を思い出した私は今まで着ていた女の子の象徴というような、レースのついたブラウスも、ふわりと揺れるスカートも、その下に隠れていた薄いピンクを基調としたフリルがついた上下揃いの下着も全て脱ぎ捨てた。可愛らしく下の方でふわりと結ばれていた髪もほどいた。そのままの足で洗面台に向かい、時間をかけて塗装された顔面もクレンジングで全て落としてしまう。

 今の私という存在も洗い流したかった。全てをリセットしたかったのだ。
 鏡の中の私は随分とひどい顔をし、へらりと力なく笑った。

「まだマシ、かな?」

 今までの私よりはまだマシ。前世を思い出せたのは幸運だったのだろう。きっと、神様があまりの哀れさに見かねて手を差し伸べてくれたのかもしれない。そう考えたくもなってしまう。

 そのままの足で自室のクローゼットを開ける。その中には女の子を象徴するようなスカートやワンピースなどしか入っていない。パンツが見当たらなかった。
 薄い水色の下着を身につけると、奥底に眠っていた一番シンプルなTシャツを引っ張りだしてくる。かなり申し訳ないが、パンツは婚約者のを拝借しよう。
 そう思いそっと、部屋に入り婚約者のクローゼットからハーフパンツを借りる。体格差がありハーフパンツでかなりぶかぶかだが、ぎゅっと腰元を紐で縛ってしまえばいい。 

 その格好のまま私は柔らかいソファに寝転がる。これからどうしようかと天井を見つめた。
 正直、今の私に婚約者と合わせる顔なんてない。そもそも彼が婚約解消しないのも可笑しいくらい嫌われている自覚はある。私の両親が何か圧力でもかけてるのかもしれないけれど、婚約者にとってはそんなもの重しにもならないだろう。世間体とかも今更気にするようなタイプではない。
 彼の元を合法的に離れる方法があればいいのに、何も思いつかない。今更両親に頼むのも気が引ける。
 2週間海外へ出張と言っていたし、その間までに思いつくだろう。

 そんなことをおもっていると、チャイムが部屋に鳴り響く。起き上がる気力もなく、居留守でもしようかとおもっていたが、宅配業者の方だったら申し訳ないしと思い、玄関の扉を開ける。
 そこにいたのは大和撫子を体現したような艶やかな黒髪の女性と婚約者の家側の黒いスーツを着た人たち。

「…何の御用ですか」

 私のその問いかけにスーツの男は口を開く。

「貴方には今すぐにこの家を出ていって頂きます。婚約も解消し、このお方が新しい悟様の婚約者になられるのです。貴方のご両親にもご納得頂けております。…勿論タダでとは言いません。貴方の口座にお金を振り込まさせて頂きました。ご了承頂けますよね」

 有無を言わさないその言葉。
 私は本当についている。そうおもってしまっても無理はないだろう。

「…すぐに準備致します」

 私はそう言い、部屋の中に翻した。通帳や印鑑、財布、携帯などの貴重品をベットの上に放り出し、下着も数日分だけとる。クローゼットの奥底で眠っていた埃を被ったバックパックを少し払い、その中に全て詰め込んだ。足りないものは後で買いに行けばいいそう思って最低限のものだけ。
 忘れては行けないものがもう一つあった。白を基調としたカメラバック。中を開けると一眼レフカメラとレンズが2本。バッテリーやコードなども中に入っている。これは前世の私も、今世の嫌いだった私の共通の趣味。しかもこのカメラは私が初めて自分のお金で購入した唯一のものだった。

 バックパックを背負い、カメラバッグを肩からかける。靴箱に入ってあったスニーカーを履き私は玄関から外へと逃げ出した。
 まだ、そこにあの人たちもいたようで目を丸くしている。

「私のものは処分して頂いて問題ございません。それでは、失礼致します」

 私はそう言い残して、住んでいたマンションを後にした。

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