02

 気が付けば時は巡り十月三一日。ハロウィン。
 音楽会も無事に終わり、俺は小学校の友だちと仮装をして町内を練り歩き、お菓子をもらいに回っていた。
 七海は珍しくハロウィンという言葉に怪訝そうに眉をひそめたが、暗くなる前に真っすぐ家に帰ること。渋谷には絶対に来ないこと。町内だけで遊ぶことを条件に許してくれた。
 俺の今年の仮装はキョンシー。僵尸ではなく、キョンシーだ。漫画やアニメに出てくるような袖が長めのチャイナ服に身を包み、帽子を被り、額に適当にお札を書いて貼った。これは何の効力もないただの落書き。この状態で烏の周りをぴょんぴょんと飛んで回ってみれば不思議そうに首をかしげていた。これでも同じ仲間になるのだが烏には何しているんだこいつと言ったところだろう。
 この格好で友だちと回り、ジャック・オー・ランタンの形をした籠には、入りきらない程のお菓子を貰えた。公園でお菓子パーティーを開いたが、流石に食べきれないと悟り、解散することになった。
 その頃には空は夕暮れで、カラスも森へと変える時間帯だった。
 家に帰ればまだ灰原は帰ってきていないようで、携帯には今日は帰りが少し遅くなる旨と冷蔵庫にあるご飯を先に食べてというものだった。
 お菓子を食べすぎたせいか全然、お腹が減っておらず、ぼんやりと携帯でSNSを見ているとどうやら渋谷が大変なことになっているらしい。ネットに上がっている動画には帳が張られ、出らずに困惑している若者たちの声。駅構内と思われる所では次々に人が殺されていく様の動画が上がっていた。一般人には見えないだろうが、見えたの呪霊と五条センパイの姿。これが七海が言っていた原因か。センパイだけでなく、七海も来ているということは相当大変な案件ということだろう。
 なんだか、胸騒ぎがする。
 センパイがいれば大丈夫だろうという安心感とは全く別のもの。漠然とした不安。いてもたってもいられない。そんな感じ。そんなことを払拭するように首を横に振り、俺は七海が作りおいてくれたご飯を食べた。
 その後、灰原が帰ってきて、お風呂に入り、布団に入ろうとした。だが、何故か烏の様子がおかしい。俺が帰ってきてからずっと心ここに非ずといった感じで、ぼんやりと窓の外を見ている。その視線の先にはただ街が広がっているだけ。

「烏、なにかあるの?」
「…行くか?」
「しゃ、しゃべった…!」

 今まで話すことがなかった烏がどういう因果か言葉を発したのだ。意思がある僵尸は聞いたことがあるが、言葉を話す僵尸なんて聞いたことがない。俺が目を白黒させているのを無視して、烏は俺を持ち上げた。

「どうする」
「……行く。連れてって、俺を渋谷まで。なんだか嫌な予感がするんだ」
「あぁ、ご主人サマ」

 烏は俺を一度部屋へと連れて行くと手際よく着替えさせてくれて、俺が笛を手にしたのを見ると再び俺を抱えて、勢いよくベランダから飛び出した。烏に運ばれながら灰原にはメールを入れておくので大丈夫だろう。ごめんね。灰原。
 しかし、一体渋谷でなにが起きているんだ。急に烏が言葉を話し出した事と関係があるのだろうか。俺には情報が足りなさすぎた。情報収集したいが、今俺の携帯で調べられることはネットの真偽不明の情報だけだ。俺はただ烏に身を任せながら、ずっと感じていた嫌な予感を払拭するように秀英(シゥイン)へ連絡を入れる。彼なら何か事情を知っているだろう。知らなくても調べて貰えばいい。

秀英(シゥイン)?俺、今渋谷で何が起こってんの?」

 運ばれながら俺は秀英(シゥイン)から事情を聞く。呪霊達が徒党を組んで人間に反旗を翻したのだという。ある意味一種のテロ。理由などは分からないが、それを企てた連中が一番厄介な男である五条悟を殺そうとしているようだ。
 そして、封印されるなんて、本当にセンパイは悪運が強い。


 烏に運ばれて渋谷駅構内に入ればそこは地獄のようだった。
 多くの人が死に、白かったであろう床は赤く染まっている。もしかしたらと思い、俺は式を飛ばして、呪いを込めて七海の呪力を探知させる。式は引き寄されるように真っ直ぐと目的地の方向へ向かっていく。

「烏、あっち!」

 俺がそういうと烏は式を追いかけるように走っていく。式はどんどんと渋谷駅の地下へと潜っていく。駅は子どもだけ出来たら迷子になってしまうほどに広く、深い。こんな所で一体何をしようとしているんだか。センパイの動きを封じる為とかだったら本当に誤算だと思う。
 だが、有難いことにここは死体が多い。異形をしているがこれは死んだ人間だと俺の本能が告げている。 
 俺は笛にそっと咥えて息を吹き込んだ。この場には似つかわしくない美しい音色が響き渡る。人間の悲鳴とのハーモニーはまさに不協和音。襲い掛かってくる異形たちを使役し、俺のモノにする。全く、こういう場所だと俺の術式が強いというのは本当でちょっとだけ嫌になる。
 俺達が進む階段のその下。ぼろぼろの男の後ろ姿と人型呪霊の姿。周りには肉塊と血溜まり。式が示したあのぼろぼろで死にかけの人物を七海だといっている。
 あのままでは七海が、死んでしまう。目が赤く染まる。

「烏!!」
「真人!!」

 烏の腕から飛び降り、この場に溜まった怨念を集め黒いもやをその人形呪霊と異形の元人間へと送り、動きを封じる。一瞬、七海から人型呪霊の腕が離れたその瞬間に七海の肉体に触れて、反転術式をかける。触れた部分から広がる様に再生していく。前に灰原にかけた時の様に、過去に死体の肉体を再生させる様に、呪力を流していく。そうすれば、欠損した瞳も皮膚も元のように戻っていった。
 ふらりと後ろに倒れてくる七海は烏に任せた。

「烏、七海を」
「…名前、逃げなさい」
「ごめんね、七海」

 少しだけ振り返り、彼の顔を見たが、すぐに前を向いた。笛をペン回しの容量でくるりと回し、スッと目の前でひれ伏せている呪霊に向かい突き出した。

「オマエがナニカ知らないけど、俺の友だちに手をかけようとした罪は重いから」

 笛を構え、口付けし、音を奏でる。
 雲ひとつない晴れやかな空の様な透き通る音色。
 あの呪霊の中にヒトがいるのは見えている。それも死んだ人間。肉体に魂は宿っていようとその身に宿るのは怨み。俺達の術式はその怨念を操るモノ。呪霊の中にある無数のソレを俺が操ればどうなる。内側から外側へ。圧力をかけていく。
 異変に気がついたのか、俺を止めようと此方へ動き出すも、それは虎杖により阻止された。呪力の乗った拳はそのまま呪霊の頬に当たり、横へと飛んでいく。
 そして、呪霊が起きあがろうとしたタイミングでラストスパートをかける。笛が甲高く音を鳴らせば、そのタイミングで、バンっと大きな音をたて、まるで風船の様に弾け飛ぶ。

「何したの?」
「オマエの中にいた奴らを全部俺のモノにしてやっただけ」

 それでも呪霊は笑っている。あれほどの爆発なのに、あまり手応えがないのは可笑しい。それでもあの中にいたのは殆ど此方側になっただろう。
 烏には七海を家入センパイの所まで運んでもらわないといけないな。俺が治したと言ってもセンパイには敵わないだろうし。
 それまで虎杖と二人でコレの相手だ。虎杖はよく分からないが、あの呪霊に対してかなりの敵対心抱いている。前に何かあったのだろうが、それで心を乱され呪力が乱れてしまえば意味がない。
 それでも二人ならなんとかなるだろう。アレと俺との相性は良い。アレが操るモノが人間である限り。俺に分があるのは確かだ。呪力を練り上げて、笛を構える。肉体に怨念を纏わせようとしながら声をかける。

「烏」

 烏の名を呼ぶと同時に、何故か俺は浮遊感を覚え、視界が反転する。

「逃げるぞ」
「烏!おろせ!!」

 彼の肩に米俵の様に担がれる。七海もセカンドバックの様に担がれている。俺が両手足を動かして暴れてもびくともしない。

「烏さん、名前とナナミンを頼んだ」
「……」

 虎杖は烏にそう言うと、呪霊に向かいあった。俺が暴れても烏は真っ直ぐ進んでいく。

「烏!下せってば!虎杖だけで、アイツの相手は難しいだろ!アレ特級相当!」
「うるせぇ」
「でも、烏!」

 烏に一蹴されてしまう。俺だって、そんな弱いわけじゃないんだぞ。油断したらよく怪我はするけれど、それでも当主様なんだからな。唇をきつく噛み締める。
 暫くすれば、あそこから少し上の階まで上がってきた。ここは比較的安全な所の様で烏は立ち止まり、俺を下ろす。ぺたんと座り込み烏を見上げた。

「…どういうつもり」
「オマエが1番よくわかってんだろ」

 そう言われ、更に唇を噛み締める。ぷつりと血が溢れてくる。烏は七海を寝かせると、俺の唇にガサツいた指で触れ、血を拭う。俺と彼の顔が鼻がくっついてしまいそうな程近づいた。
 
「あんな無茶な治し方したらオマエの方が限界だろ」
「そんなこと…ないし」
「あ?」

 思わず目を逸らしてしまう。顎を掴まれて、顔を逸らすこともできなくなる。
 死体と生者を治すのは訳が違う。勿論自分と他人とも。アレから何度か死体や虎杖で試してみたが、治りの速さが異なった。七海を助ける事が出来たのは死にかけだったからか、それとも偶々だったのかは分からない。爛れた皮膚も眼球も元通りに戻っている。
 そして先程怨念も扱うのが難しかった。
 七海を治した事による呪力の使いすぎ。
 それは俺も理解していた。それでも虎杖一人ではアレの相手は難しそうだと思ったから、俺は。

「今のオマエが行っても足手纏いになんの分かってんだろ」

 ぎゅっと拳を握りしめる。

「あのまま、どうするつもりだったんだ?あ?」

 烏の言う事は最もだし、分からなくもない。
 それでも、俺にはやらないといけない事がある。今の状況でセンパイを救い出さないといけない。勝手に出てきてもらっても良いのだけれど、それができるならやっているだろう。
 俺達には時間がない。
 烏の胸ぐらを掴みこちらへ引き寄せる。そして、彼の唇へと噛みついた。下唇に歯を立て、柔らかい皮膚に傷をつける。ぷつりと破られた皮膚からは赤い液体が溢れ出る。俺はそれを舌で舐めとった。
 掴んでいた手を離した。彼の口元は赤く染まっている。

「これで、元通り!文句ないでしょ!?」
「急に噛み付いてんじゃねぇよ」

 烏は呆れた様子でそう言った。
 彼を動かしているのは俺の呪力が源。血液からそれを分けて貰ったのだ。別に粘膜系でなくても近くに触れていれば貰うこともできるが、粘膜摂取の方が早い。それに、彼から少し奪ったところで問題はない。そのうち俺から勝手に流れていき、回復する。別に唇に噛み付かなくても良かったんだけれど、近かったのでついうっかり噛み付いてしまった。
 別に俺のファーストキスもセカンドキスも母さんだから特に問題はない。母親はノーカンなんて事は言わないでほしい。
 グイッと唇を服の裾で拭い、立ち上がり烏を見下げて笑う。

「烏、七海のことは頼んだ、んぐッ」

 俺の服の裾を引っ張られ、柔らかくも少しガサツいたものに唇が触れ、口を覆う様に噛み付かれる。ぐじゅりと口内を犯される音がやけに鮮明に聞こえる。俺が逃れようと肩を押すもうんともすんとも言わず、されるがまま、抵抗すら出来ない。
 思わずギュッと瞳を閉すも終わる事はなく、分厚い舌が俺の中を暴れ回る。息が出来なくなり、立っていた足の力が抜けていく。
 顎を上へ持ち上げられ、苦しくて薄らと瞼を開ける。先程まで下にあった顔が上にあった。そして、烏の黒々とした瞳と目が合うと、彼は楽しそうに笑っている。

「んっ…」

 彼の口から俺の中へと液体が流れていく。飲み込むまいと押し返そうとするも争うことは出来ず、こくりと喉が動いた。それを確認すると彼は唇を離し、俺らを繋ぐ銀色の線を切る。
 酸素が足りず、ぼんやりとする頭。
 唾液を介し、呪力をもらった事だけは分かった。脳が段々と覚醒していくと、俺の顔に熱がこもっていく。

「変態!ショタコン!ペド野郎!未成年淫行罪!バーカ!バーカ!!」
「はっ」

 俺がどれだけ文句を言おうと烏は鼻で笑うだけ。力では敵わない事は理解しているので、言葉で対抗しても効果はなさそう。

「そんだけあれば足りるだろ」
「さっきので充分だったよ!烏のバーカ!!あんな事しなくてもいいのに!」

 口元を拭きながら立ち上がった。にやにやと笑う彼に少しだけ頬を膨らませる。

「俺、いくから!七海のこと頼んだよ」
「あぁ」

 俺は烏に指さしながら、そう告げると烏は七海を米俵の様に担ぎあげた。仮にも怪我人にその仕打ちはないだろうと思うが、烏なので仕方がない。
 彼が持ち上げたのを確認すると俺は北方向へと足を進める。少しだけ後ろを向けばそこには烏の姿はもうなかった。どうやらもう言ったようだ。俺の足はゆっくりと止まっていく。

「……ありがと」

 ポツリと呟いたそんな言葉は誰の耳にも入らず泡のように消えていく。


 俺は再び顔をあげ、前へ足を進めた、少し開けたところで、止まった。そして深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。顔の火照りも消えて、頭がクリアになっていく。烏から貰った呪力が身体に馴染んできたのが分かる。

 さて本当にここからが俺の時間だ。俺はゆっくりと笛に口づける。
 この地に眠る怨念達よ。
 無念の死を遂げた者たちよ。
 全部、全部。俺のものになってくれ。
 俺に力を与えろ。
 俺の音色に共鳴するように怨念達の声が聞こえてくる。綺麗な音色にそぐわない、低く、暗く、辛く、重い声が。ハーモニーを奏で始めた。より多く、質の良い怨念を集めるには時間がかかる。正直、あの戦いの中でこれだけの力を集めるのは難しかっただろう。
 そして、もう一つ術をかける。あの叔母さんが持ち出した巻物でみた術だ。
 死体が付けていた宝石のついたアクセサリーを拝借し、それに【怨止の術】と怨念を集める【怨集の術】を合わせ掛け。これにより昔、兄さんが使っていたものの出来上がりである。これで俺は半永久的に呪力を使い放題だ。勿論、反動は大きいのであまり長時間つけてはいられないが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
 俺が音色を奏でているとドガンと地下から地面に向かい大きな音が鳴った。どうやらどこかの誰かが穴でもあけたのだろう。
 そんなことできるのは今この場には虎杖か呪霊くらいしかいない。俺はその音の発生源へと向かうために笛を奏でながら歩きだした。俺のあとをつけるように屍達がゆらゆらと力なく歩き出した。

 音がする方へ向かえばそこにいたのは、金髪でおかっぱの男が見覚えのある女を抱きかかえていた。女のほうは釘崎だった。左目が伽藍洞になっており、血を垂らしている。金髪の男は俺を見るにすぐ攻撃態勢に入った。俺のことを敵と認識したのだろう。後ろにはぞろぞろとヒトであったモノを連れているのだ。おかしくはない。俺は笛を口から離した。

「釘崎、大丈夫?」
「は、え、彼女次第、かな」
「おっけー、なら家入センパイとこまで連れて行ってあげて。コイツら護衛につけるから」

 警戒をする男を無視して釘崎に触れ、反転術式をかけた。ぐじゅりと音がして、欠けた左目が再生した。死体にやる感覚なので、本当に眼球が機能するかはわからないが一か八かといったところだろうか。

「君は、いったい…?」
「俺はオマエらのセンパイだよ」
「は?」
「家入センパイには苗字名前がやったって言えば通じると思うから」

 俺は男に釘崎を預けると先ほど大きな音がした方へと進んでいく。そこは随分と荒れた様子で戦闘の跡が見て取れた。そして、天井はぽっかりと穴が開いており、そこを見上げた。上では物凄い音がしているのがわかる。きっと虎杖があの人型呪霊と戦闘をしているのだろう。
 俺もそちらの方へ用事があるのだ。俺が足に呪力を溜めて、瓦礫を足場に飛び上がる。上へ上がっていくたびに音が段々と静かになっていく。

 上がった先に見えたものは、氷だった。正確に言えば氷の壁。壁で覆われるなんて、俺の予想外の状態になっている。
 兵力を集める為に笛を奏でつつも、氷で滑り落ちないように気を付けながら、俺は足に呪力を集め飛び上がる。気を抜いたらつるっと転がり落ちてしまう。今こんなにも格好をつけているのに、転がり落ちたら恥ずかしいだろう。
 俺がなんとか上に立つと、視界の先には見覚えのある顔が、男がいた。口付けていた笛からそっと口を離す。ゆらゆらと氷の壁を兵士達が登ってくる。

「久しぶりだね、夏油センパイ。苗字名前が地獄の底から会いにきたよ。…なんせ、今日はハロウィンだからね!」

 俺は彼らの前に飛び降り、そう言った。
 飛び降りた先には一度だけ顔を見たことがある特級呪術師の九十九由基と、虎杖と知らないツインテールの男。俺が会いたかった夏油センパイは頭部に縫い目の様なものがあり、死体の筈なのに烏のように表情を変えて言葉を介す。
 あの頭の中に何かが入っているのは確かだろう。
 夏油センパイの死体を使ってこういうことができるのは相当な実力者か呪霊。死体は上層部が回収したといっていたので、上層部も関わっていると思うと反吐が出そう。
 彼らの目的はなんかよく分からないけれど、俺の目的は、封印された五条センパイの解放と夏油センパイを約束通り、俺のモノにすること。
 本当は五条センパイにバレるのは嫌だけれど、仕方がない。センパイがいなくなると後々面倒なことになる。絶対に後で迷惑料として有名なタルトやの超高級なタルトケーキをワンホール頼んでやろう。
 目の前にいる夏油センパイ(偽)は白いおかっぱ頭を側に置いているのがわかる。彼らの目的はよく知らないが、今の俺にはそこまで重要なことではない。

「…なんで君がここにいるんだい?名前」
「何って、会いに来てあげたに決まってんじゃん」

 少し困惑している様子のセンパイに俺はそう言って笑いながら、一歩、また一歩と進んでいく。
 大丈夫。センパイは俺の事を傷つけることはない。それは肉体に宿る魂が覚えていることだ。だが、あの時みたいにセンパイが俺の事を攻撃することもあるだろう。信頼も安心もしているが、油断をしてはいけない。油断大敵。俺だってそれくらい学ぶのだ。一歩、また一歩。足を進めていく。
 白いおかっぱは俺に攻撃を仕掛けてくるが、俺には効かない。彼らが殺した人間が俺の代わりに攻撃を受けてくれる。本当は彼らを使ってここで祓ってしまうのがいいのだろうけれど、今の目的にはそぐわない。後は五条センパイに任せよう。コーハイの尻拭いはセンパイの役割でしょう。
 俺はセンパイの前に手を差し出した。

「…なんだいこの手は」
「センパイ、それちょーだい」
「は?」

 そういってセンパイに笑いかけた。後ろと前から困惑の声が聞こえるが無視だ。俺はもう一度言う。

「だから、五条センパイを封印してるやつ俺に頂戴?」
「何を言っているんだ君は。私がそんなのに従うわけが…」
「頂戴」

 センパイは俺のお願いを聞いてくれたのか、懐から四角いサイコロのような眼玉が付いた箱を俺の掌の上においてくれた。それをぎゅっと握りしめて俺は一度後ろへと下がる。

「何をしているんだ!」
「わからない、身体がいうことを」

 白いおかっぱは俺を捕えようと攻撃を仕掛けてくるが、俺は操った兵士達をけしかけた。だが、すぐに凍り付いて無力化してしまう。仕方がなく、怨念を集め黒いもやで白いおかっぱの動きを封じてしまう。
 やっぱりあの呪具の効果ってすごい。いつもなら体力も呪力もぎりぎりの筈なのに、余裕で使えてしまう。白いおかっぱを封じてしまえばこっちのものだろう。

「センパイ、動いちゃダメだよ」
「君は一体何を…」
「コレ、返してほしい?」

 俺はくるりとそれを弄んで笑う。返す気なんてさらさらないのだけれど。白いおかっぱは地面に押さえつけられながらこちらを見上げ睨みつける。なんだか、俺の方が悪人みたい。

「あんたらが何しようか知らないけど。戦争するなら俺の方が強いから」

 両手を大きく広げた。俺の後ろに闊歩するは人であった者たち。俺らの術式は人が死ねば死ぬ程強くなる。敵であった者を味方にし、数を増やしていく。まるでゴキブリの様に。そして、あの中国の大地を赤く染めた事もあるという。
 勿論、俺はそんな事をする気はない。これはただの牽制だ。向こうの戦意を削げるだけ沿っておきたい。呪霊側の、関わっている上層部の連中に向けて。残念だったね。
 五条センパイを封印したらそれで終わりなんて甘々過ぎるよ。俺がいる事、忘れないでよね。
 夏油センパイ(偽)がこちらを攻撃してきても問題は今の所は問題ないだろう。虎杖と戦っていた呪霊の行方が気になるが、センパイの腹の中かな。

「まあいいか、ねぇ九十九サン。これってどう開けるか知ってる?」

 夏油センパイは身動きを取らない。まるで氷のように動くことがないのだ。その事実に周りも彼自身も困惑しているのがわかる。本当にあの人は忘れてしまっているのだろうか。それともあの頭の主がそれを把握していないだけか。乗っ取る人間は選ぶべきだと俺は思うよ。センパイを選んだのは失敗。

「普通に開門って言えば開く筈」
「なら、開門!」

 俺がそういうと箱は開いて、中から五条センパイが現れた。絶対に何かを閉じ込めないといけないということはあるのだろうか。とりあえず適当に死体を入れて閉じてしまえばいいだろう。

「閉門!」
「…あだ名?遅くない?」
「センパイが捕まったりするからでしょ。俺に感謝してよね」

 五条センパイが解放されればこっちのもの。夏油センパイは俺との約束のおかげで動くことはできない。
 それに五条センパイは苗字名前であることに驚きもせずぐりぐりと乱雑に頭を撫でてくる。やばい、バレてた。これは絶対後で怒られる奴だ。早く逃げたい。
 俺のそんな気持ちなど梅雨知らず、後ろで虎杖が嬉しそうな声を上げているが呪術界としてもセンパイが封印されるのは相当な痛手だったのだろう。
 後は夏油センパイの中身をなんとかするだけ。あの頭が何かは知らないが優位に立っているのは俺たちなのだから。

「貴様、私になにをした…!」
「本当に知らないの?その身体はオマエのモノじゃなくて、俺のモノなわけ。それは、俺が死ぬ前から、ううん、夏油センパイが死ぬ前から決まってたことなんだ。俺たち二人の約束」

 馬鹿にする様にべっと舌を出して中指を立ててやった。
 これはあの日にした俺達の約束。俺が死んだら俺のモノにしてあげるという呪術師同士の約束。それはつまり、縛りとなるのだ。死んだらというのは夏油センパイが死んだらで、俺の死は無関係なのだ。
 これは魂で結ばれた契約、縛りなのだから。
 まったく、あの頭の人は何をおもったのだか。

「まさか、貴様、あんな口約束を…!」
「呪術師同士の約束は縛りになるってセンセにならなかった?子どもでも知ってるよ」
「生意気な事を!!この小僧が!!」

 モヤで捉えていた筈の白いおかっぱがモヤを振り解いて動き出した。だがセンパイが片腕を吹き飛ばしてしまうもすぐに生えてくる。流石呪霊簡単に治せてしまうのか。まぁ俺も時間をかければ出来るけれど、今は張り合う時ではないだろが。褒められたらちょっとムカつくかもしれない。
 流石にセンパイ以外の肉体は縛る事はできないし、あれは祓ってもらおうか。五条センパイに。今の俺て流石にあのレベルは流石に無理かもしれない。ただ、白いおかっぱもこの中で情報を持っているのだろう。吐かせる前に祓ってもらうと七海が困るだろう。仕方がなく、再び黒いもやで地面へと縫いつけた。
 そんなこんなを考えていると夏油センパイ(偽)が動き出そうとした。俺の命令に背こうとするなんていけないヤツだ。

「センパァイ、あれ祓う方がいい?それとも閉じ込める方?」
「閉じ込めてぶっ飛ばす方で」
「はーい」

 俺は指を二本だけ揃えて胸元で横に宙を切った。すると空から彗星の如く光が走る。その光は真っ直ぐと夏油センパイの頭部の縫い目部分に突き刺さる。

「ぐがッ」

 光の正体は俺が昔使っていた宝剣叢雲。俺が死んだ後に高専預かりになったと、秀英(シゥイン)に聞いておいてよかった。叢雲斬れないものはあまりない。今回は串刺しにしたけれど。
 しっかりと刺さったのを確認すると俺は再び指で宙を切る。すると叢雲は身がある事も繋がっている事すらも無視をして力任せに動き出す。ぶちぶちと神経が身が切れる様な音がして、夏油センパイの頭の中から脳みそが飛び出してきた。その脳みそは口が付いている状態で恐らく呪霊だったのだろう。
 けたたましい叫び声を無視して俺は手に戻った叢雲を地面に突き刺した。その身はべちゃりと間抜けな音を立てて、地面に押し付けられる。剣を引き抜き、センパイが閉じ込められていたものに告げた。

「開門」

 それが開いたのを確認すると俺は叢雲を引き抜き数歩下がる。たかが脳みそ如きに出来る事はないだろうが、念の為だ。黒いもやで動きを封じる。

「やめろ、…やめろぉ!!!」
「閉門」

 やめろなんて言われてやめる奴なんていないだろうにお馬鹿さんだな。
 俺はセンパイが閉じ込められていた箱はどしんと床に落ち、小さいクレーターを生み出した。白いおかっぱがそれを奪おうとしたが、先に動いたのは俺でもなく烏だった。七海を家入センパイに届けて帰ってきたのだろう。

「烏、放り投げちゃえ」
「……」

 烏にそう言うと天高くそれを放り投げた。暗い夜空に放り投げられ、行方が分からなくなってしまいそうになるそれをセンパイが赫で華麗に吹き飛ばした。センパイが吹き飛ばした時にふと思ったのだけれど、
 あいつが親玉だったりしないだろうか。
 まぁ、センパイがなんとかするよね。
 俺は知らない。後始末がんばれセンパイ。
 烏には頭の中ががらんどうになった夏油センパイの遺体を回収させる。後は夏油センパイの頭にいたやつの仲間の始末だけれど、五条センパイがなんとかしてくれるだろう。上層部関係なら俺も手を出してもいいかなとは思うが、今のところはここまで。
 つまりは俺の任務はここでおしまいだ。目的は達成した。
 それに今の時刻は十二時を過ぎている。頑張り過ぎた俺はもうおやすみの時間。簡易呪具を破壊してもいいけど、そうすれば白いおかっぱが解放されてしまうしそのままでいいだろう。
 本当にもう。

「ねむい」

 目的を達成した安堵からかそれともセンパイがいれば大丈夫だという安心からか、ふらりと前方に倒れてしまう。地面と仲良くする前に使役していた兵士達は只の骸へと戻したので大丈夫だろう。俺はもう限界だ。地面に落ちる直前に烏に救出された。

「もうちょっとだけ頑張れないの?」
「ねむい」
「本当、お子ちゃまだね」

 烏の肩口に頭を預けているとセンパイが揶揄ってくる。瞼が重たいのを堪えようと目を擦ったが、耐える事は叶わない。俺はそのまま夢の中へと落ちていった。

 呪術師、非呪術師共に被害は多く出たものの渋谷でのテロ事件は幕を下ろした。

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