01

 あれから数週間後。俺の楽しい夏休みは終りを告げてから暫く時間が経った。夏休み最終日は溜めに溜めてしまった宿題に追われて、泣きながら七海と烏に見張られながら終わらせた。灰原に助けを求めたかったが、そんな日に限って灰原は来ない。ついでに泣き顔を烏に写真を撮られて、五条センパイにも見せられて笑いものにされた。センパイには激辛お菓子の刑とゴキブリ型グミの刑に処した。
 七海は相変わらず忙しそうだが、最近はそれよりももっと忙しそう。
 それでも時間を作って俺の体育会には来てくれた。音楽会にも来てくれるらしい。
 それに今年の体育会はすごかった。七海や灰原の他に烏も来てくれて、父兄参加のリレーに出てくれたのだけれど、ぶっちぎりの一位。リレーに僵尸が出てはいけないというルールはないから文句は聞かない。
 因みに、去年は灰原、一昨年は七海が一位を取っていた。寧ろ、俺が七海に引き取られてから二人は常連である。
 それに七海は身長高いし、灰原も優し気でスタイルもいい。烏もミステリアスな雰囲気がいいとかで、人妻だけでなく、女性キラーだ。そして三人とも顔がいいので、周りからは凄く目立った。俺の授業参観の時にもよく来ていてそのたびに目立っているが、こういう行事ごとは更に。そんな三人が来ててくれるのは俺のちょっとした自慢だ。女の子たちにきゃっきゃ言われるし。それに俺にとっては忙しい中絶対に来てくれるのが嬉しくて仕方がない。

 ただ、この幸せな時間はそろそろ終わりを告げなければならないがしれない。兄さんの言葉も気になる。俺の死後まだ厄介ごとが多いと言っていた。俺が死んでからもう十年時が過ぎているというのに。
 時期当主と決まっていた俺が死んだ。その事により争いが起こることは避けられない。父さんの次の当主を決めなければならないからだ。その筈なのに、当主代理に兄さんがいると言うことは、まだ決まっていないと言う事だろう。兄さんは俺を殺してまであの座に座りたかった筈なのにどういう風の吹き回しなのだか。
 詳しくは本人に聞くのが一番。だが、今の俺はただの小学生。兄さんの電話番号が変わっていなければ、連絡は取れるけれど、知らない小学生が連絡してきたらただの悪戯か怪しいだけ。
 兄さんに本当のことを告げてもいいが何してくるか分からないところが怖い。あの兄さんが代理の座に収まっている事を考慮すれば問題はなさそうだけれど少し頭を悩ませる。
 センパイに聞いてもいいけど、センパイにバレたくはない。
 後は秀英(シゥイン)なのだが、彼ににバラすのはもっと後の方が面白いと思っていたが背に腹はかえられない。でも、突然帰って驚かせたい。
 俺が携帯片手に家のソファで寝転がりながら頭を悩ませていると、上からひょいっと携帯を引き抜かれた。

「烏!」
「……」

 携帯を勝手に弄って、ぽいっと投げてくる。受け取れば既に電話は既に呼び出し音が鳴っている。

「烏、なにするんだよ!」
「……」

 俺が身体を起こして抗議するも、烏は素知らぬ顔でソファの前に腰を下ろした。そして、そのままテレビを付けてチャンネルを回す。
 ぷるるると呼び出し音と、テレビの野球中継の音が混じり合い、俺の心臓の音を隠してくれる。携帯を持つ手に汗が滲み、滑り落ちそうになった時だ。発信中となっていた電話が通話中へと切り替わる。

「……はい」
「…あー、久しぶり?秀英(シゥイン)

 少し声が上ずる。久しぶりに聞く彼の声は低く、電話の向こうの相手が誰かも分かっていないようだった。それもそうか、今と昔だと年齢も違うし。

「誰だ」
「やだなぁ、秀英(シゥイン)。俺のこと忘れちゃったの?小さい頃からずっと俺のお世話してきた癖に」
「は?」

 困惑している声にこのまま電話を切られない様に話を続ける。

「何言えば信じてもらえる?んー、秀英(シゥイン)のエロ本の隠し場所とか?…秀英(シゥイン)は昔っから前に小説を置いてその後ろに隠してんの。それで姉さんにバレて家族会議になったのに、全然変えないあたりほんと懲りないよね」
「なんで、それを、知ってるんだ…!!まさか、オマエ…」
「そう、苗字名前クンでーす」

 先ほどまで緊張していたのが嘘の様。話し出せば意外と緊張が解れていく。俺はそのまま、話を続ける。今日も七海は任務で遅いらしいが、灰原は定時で帰ってくると言っていた。買い物をしても、最低でも一時間もない。秀英(シゥイン)のお小言が始まる前に早く終わらせないと。灰原に聞かれたらまずい。

「名前!オマエが死んでこっちはどれだけ大変だったと思ってるんだ。…それになんで今連絡を寄越すんだ。こっちは艶紅(イェンホン)様が亡くなってどれだけ大変だと…」
「それは知ってる。…叔母さん以外にも大変なんでしょ、色々教えて。俺が死んでからのこと」
「オマエはいつも突然だな…」

 秀英(シゥイン)は呆れた様に言葉を溢しながらも話してくれた。俺も色々と話さないといけない事があるがそれはそれ。彼の事だ、自分で調べて理解してくれるだろう。説明が面倒くさいとかではない。ただ、時間がないだけだ。
 彼の話曰く、現在苗字家は当主の座を狙った内輪揉め。俺の死後相当荒れ、一時期は落ち着いていたという。当主不在が今になって再び問題となり、時期当主の座に誰が座るのかで揉めている。銹紅(シューホン)兄さんが代理として纏めていたが、それも限界だと言う。
 そして、それと同時に苗字家を敵対視している他の一族からの嫌がらせが過激化している。それはいつ戦争に発展してもおかしくない程に。戦争というのは比喩ではない。いつの時代だと思われてもおかしくないが、あの中国の大地が赤く染まる。
 昔から苗字家は他の一族よりも嫌われていた。元々は俺らが扱う術も他の一族が扱う術も同じものであった。だが、我が苗字家初代当主が怨念を操る術を見つけ、広めた。祓うべきものを利用するのは邪道だと言われ続けたが、使用を止めることはなく今に至る。
 苗字家は中国で随一とまで言われる一族にまで上り詰めた。だがそれを蹴落としたいものは大勢いる。その理由すらもでっち上げる事ができる。
 数年、苗字家長兄が江家当主の娘を嫁に娶った事で落ち着いたかと思われたが、それは苗字家と江家の間だけだったらしい。
 このまま当主不在という弱味を握られたままだと、いつ苗字家に攻め込まれてもおかしくないという。そこで苗字名前の出番。

「オマエ、遊んでいないで早く戻ってこい」
「…わかってるよ。でも、十一月までもたせてよ」
「……一応、理由を聞こう」

 俺は電話越しの彼に向けてゆっくりと口角を上げた。

「音楽会があるから!」

 明るそう言い放ち、秀英(シゥイン)のお小言が聞こえる前に通話を切った。
 仕方がないだろう。体育祭と同じくらい、音楽会も楽しみだからだ。最後くらい遊んでも文句は言われないだろう。
 戻ってくるまでは秀英(シゥイン)銹紅(シューホン)兄さんに任せたいが、俺もやらないといけないこともあるだろう。だが、苗字名前が地獄の淵から蘇った事を他の奴らを驚かせるのはもっと後だ。
 俺はにんまりと笑いながら、前で野球中継を見ている烏の頭にもたれかかる様に抱きついた。

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