03

 それから暫くして、俺は烏に抱えられ洞窟から出る時時に、すれ違ったという五条センパイに抱えられながら俺はあの件の洞窟へとやってきていた。センパイは呼ばれたのに、誰もおらず、自分だけ置いてけぼりにされた事が相当ご立腹らしい。本当に子どもみたい。
 再びあの洞窟へと足を踏み入れれば、前の時に感じた嫌な気配は感じない。やはりあの呪霊と叔母さんが原因だったようだ。だが、あの溜まりようは異常だ。やはり何か陣でも引かれてあったのかもしれない。

「なんで俺がここに?」
「え、だって気になるでしょ?」
「質問を質問で返さないでよ」

 だが、気になるのは本当だ。俺は残穢を探る。この場に残っている残穢は不思議なことに俺達以外にも全て、艶紅(イェンホン)叔母さんのものだった。何故、叔母さんのものがこんな所にこれ程までしっかりと残っているのか。叔母さんは誰かに僵尸にされたのではないだろうか。
 俺が首を傾げていると烏が何かを持ってきてくれた。烏はいつの間に付いてきたのだろう。あれ程水辺を嫌そうだったのに。

「ゲ、なんでオマエまで来てんだよ」
「……」

 烏は驚いた様子のセンパイを鼻笑っていた。烏は絶対にセンパイのことを馬鹿にしている。それが気に障ったのか烏に掴み掛かり、取っ組み合いの喧嘩を始めようとしているのを尻目に俺は、烏が持ってきたものに目を移した。
 それは巻物。破かない様に広げてみれば書かれている文字は全て漢字だった。日本語ではなく、中国語のようだ。中国から持ってきたのものなのだろう。なら叔母さんが持ち出したのは俺の実家からしか考えられない。だが、俺はあまり書庫には遊びに行くことはなかったからこういうのは全く見覚えがない。見た感じ巻物自体は相当古いものなのだというのだけは確かだろう。
 広げて、中に書いてある文字を読んでみれば、そこには苗字家の術のことが書いてあった。【迷いの陣】だけではなく、怨念を溜める事ができる【怨止の術】。それだけではなく、兄さんが持っていた身に着ける事により力の底上げをすることができる呪具の作り方。そして、それらを派生させて人工呪霊の作り方まで。すべて。こんな巻物が何故、家から持ち出され問題になっていないのか。不思議で仕方がない。いや、叔母さんのことだ。何かしらの圧力をかけて周りを黙らせたという線が濃厚だろう。
 俺が更に頭を捻っていると洞窟に開けられた穴ではなく、本来の入り口の方向から足音が聞こえてきた。そちらの方向へ振り向くと扇で口元を隠した見覚えのあるような男が一人。

「久しぶりだな。五条悟」
「わざわざ日本まで来たんだ。銹紅(シューホン)
「何、母上が見つかったと聞いて来たまでだ」

 銹紅(シューホン)。その名前に聞き覚えがある。俺の、苗字名前の兄である男だった。なんとなく居心地の悪さを感じて立ち上がり烏の後ろへ隠れる。烏は察してくれたのか、俺の前に守る様に立ち塞がってくる。何故か兄さんは真っすぐ俺の方へと歩いてきてはぴたりと目の前で立ち止まる。

「この阿保面が?」
「そう、この子が。そっくりでしょ?」
「あぁ、そうだな。腹が立つほどによく似ている。…オマエが母上を祓ったのか」
「…ハハウエ?ってのは分からないけど呪霊は皆と祓ったよ」

 俺がそういうと兄さんは「ほう」とだけ言うと。俺の顔をじっと見降ろしてくる。思わず、俺は烏の足に引っ付いた。兄さんは昔から俺のことが嫌いで、俺が今こんな子どもの姿をしていると知ると何をしてくるか分からない。それに上から見下ろされれば威圧感をより感じてしまう。

「…母上はアイツを殺すのに必死だった。だから自らを僵尸にすらしたんだ。そこにその方法が書いてあっただろう。私の目的はそれでもある。…貴様に言ってもわからんだろうがな」
「う、うん。俺、子どもだからわかんなーい」
「ふん」

 兄さんはそれだけ言うと俺が広げた巻物を拾い、巻き直した。兄さんの話が本当なら叔母さんの執念は相当なものだ。自身を僵尸にすることで不老不死にでもなったつもりなのだろうか。だが、僵尸というものは烏の様に意思があるものは稀なのである。本来は意思のないただの操り人形。ただ主人が下した命令に従うだけなのだ。自らを僵尸にするということは意思のない人形となるだけだ。命令を下したのは、意思があった時に、此処に入ってきた俺を殺すというものだったのだろう。センパイ達が祓った筈の呪霊がいたのは何かの依り代にしたのだろうか。人工的に呪霊を。
 俺が考え事をすればする程兄さんの視線が痛く突き刺さってくる。逃れる様に烏にさらに抱き着けば、そっと抱き上げてくれる。

「おい、オマエ」
「な、なに…?」
「あまり悠長していると、この私が当主の座を頂くからな」
「え」
「私は今、苗字家当主代理。気をつけろ」

 兄さんはそう勝気に笑う。
 あの兄さんが苗字家の当主代理。俺はてっきり秀英(シゥイン)がやってくれているものだと思っていた。周りが許したというよりも兄さんしか適役がいなかったのだろう。兄さんは俺を殺そうとしてまで当主の座を欲していた。そんな兄さんが代理なんて座に甘えているのは可笑しい。やはり俺が死んだ後になにかあったのだろうか。ただ、彼が本気を出せば一瞬で奪われるだろう。
 そろそろ俺も動き出さなくてはいけないということか。

「そっちは?」
「アレが死んだせいでいまだ厄介事ばかりだ。とっととアレを返せ」
「それはあの子次第でしょ」
「ふん。…私はもう行く。これさえ回収できればそれでいい」

 そう言うと兄さんは足を翻し、まっすぐと来た道を戻っていった。俺は烏に抱かれながらそちらの方をじっと見つめる。一瞬だけ彼が振り返り、目と目があったような気がした。
 今回の一件で、俺の中のもやもやが少し減った。
 やはり、俺もいつまでも立ち止まってはいけないのだろう。いい加減に覚悟を決めねばならない。

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