01

 夏油センパイ、否、夏油一派が企てた百鬼夜行と呼ばれる事件から約半年後。
 あの事件で夏油センパイは死んでしまったが、俺はセンパイの遺体と対面することはなかった。それとなく、五条センパイに聞いてみたらあの遺体は上の人達に回収されて、火葬されたらしい。夏油センパイは俺のモノになったのに残念。
 そう思いちょっと唇を尖らせていると、五条センパイにむにりと摘まれたが、烏がセンパイの手を弾いてすぐに解放されたので良しとしよう。代わりに俺もセンパイにチョコと称してゴキブリのおもちゃを渡したし。ゴキブリの形って、マカダミアンナッツと形と色も似てるから騙せると思っている。勿論、センパイは手に乗った瞬間に固まり、俺におもちゃ投げ返してきたと思ったら、烏がそれを投げ返してちょっとすごいことになっていたけれど。
 因みに、烏は苗字名前の遺産として高専、五条センパイの監視下に置かれることになった。契約上は俺となんだけど、俺と苗字名前の繋がりを隠したいのか、それとも厄介事があったのかはよくわからない。烏自体は自由にしているようだし、基本は呪具庫にいて偶に俺の学校のお迎えとか、遊び相手とかしてくれている。

 そして、今日は七海たちが任務や出張で夜帰ってこないとのことなので、烏に会おうと高専に訪れた時だった。烏より先にまたセンパイに拉致られた。よく拉致されるが本当に突然の出来事で、思わず身体を強張らせてしまう。そういう時はいつも後で七海にチクろうとだけ心に決めている。
 拉致されて訪れたのは高専の地下。俺が足を踏み入れたことがない場所だった。不思議に思いセンパイを見上げれば、いつも通り楽しそうに笑っている。
 センパイが開けた扉の先はちょっとした住居スペースになっていて、部屋の奥には男が一人、薄暗い部屋でテレビを見ていた。そちらの方に足を進めると、そのまま俺になんの断りもなく、男が座るソファーへと投げ込んだ。ふわりと宙を舞う感覚が訪れた。

「うわっ、なに?!子ども??」
「ナイスキャッチ、悠二」
「いってぇ!」

 急に飛んできた俺を危なげなくキャッチしてくれる。しかし、それとほぼ同時にぬいぐるみから右ストレートを決められて蹲っていた。センセの呪骸の様だが、それ以上に文句を言わねばならない男がいた。俺は起き上がり、ソファから身を乗り出した。

「五条サン!!絶対、七海サンと、灰原サンと、夜蛾センセーと、烏にチクってやるからな!!」
「ほぼ全員じゃん」
「なら、真希チャンと、伏黒クンと、パンダも追加!」
「悪かったって、ごめんごめん」
「謝る気ないでしょ!」

 せめて飛ばすなら、何か一言言ってからにしてほしかった。急に投げ飛ばすなんてひどすぎる。流石の俺も怒りを露わにしてしまう。拉致からの放り投げ。此処で怒らなくていつ怒ると言ってもいいほどだ。センパイはそんな様子に目をくれることもなく笑っている。むすりと頬を膨らませれば、その頬を潰してくる。
 そんなやり取りをしていれば、俺をキャッチしてくれた男は俺とセンパイを見比べ不思議そうにしている。そして俺に指をさしてきた。

「誰?」

 俺はそれも思った。恐らく高専生であろう男が何故こんなところにいるのか。そして何故テレビの画面は血塗れスプラッタホラーなのかを。
 俺達は顔を見合わせて首を傾げた。

「あ、そうそう。この子は苗字名前君!七海が預かってる子なんだけどね、今日は誰もいないっていうから連れてきちゃった!今度から僕のいない時は悠二の稽古付けてくれるよ!こっちは虎杖悠仁!両面宿儺の器で、今死んだことになってるの!」
「よろしくな?」
「よろしくね、虎杖クン」

 さらっといろんな情報を言いやがった。俺の知らないことや表向きにしてはいけないことを全て無邪気に言い放った。そもそも、この子七海と面識あるのかな。なければ知らない人が預かっている子どもを勝手に連れてきたみたいに思われるけど大丈夫なのだろうか。それに虎杖も可哀想なくらい戸惑ってるし。

「五条サン。俺、稽古なんてつけれないよ?」
「あだ名な訳ないじゃん、烏につけてもらうんだよ。…アイツ、ムカつくけど体術だけは認める」
「そんなこと言うから烏に嫌われるんだよ。いい子なのに」
「オマエだけにはいい子ちゃんヅラしてんだよ」

 センパイは嫌そうに顔を歪めながら「早く呼んで」と急かしてくる。俺は仕方がなく笛を取り出し口付け、音を鳴らそうとした。だが、それよりも早く勢いよく扉が開き、扉を潜ってきたものはこちらへ真っ直ぐ向かってきた。そして、センパイを無遠慮に押しのけて俺の前にやってきた。

「ほら、呼ぶ前に来たよ!コイツが烏ね」
「烏、こっち」

 俺がそういうとソファの前に回り込み、俺を持ち上げると俺を抱き抱える形でソファに座った。虎杖は烏のことをじっと見ているようだ。それもそうだろう。珍しいだろう。烏も気になるのか彼をじっと見下ろしている。

「この人が烏?」
「そう!俺の僵尸なんだ。ねー」
「キョンシーってあの?」

 虎杖は不思議そうに首を傾げている。僵尸を見たことがある人間なんて日本では少ないだろうから、簡単に説明をしてあげた。これは十年前に死んだ死体で、死後俺のモノになったことを。考えとしては漫画や映画出てくるものとあまり変わらない、意思を持った動く死体であることを。意思を持っているのは烏が珍しい個体だからだけど。

「へぇ、名前ってすごいんだな!」
「まぁね!烏は一番強くて、一番かっこいいんだよ」
「そうなんだ、先生よりも?」
「うーん、でも、体術だけなら俺の烏は負けないよ」
「じゃあ、めっちゃ強いってこと?すげぇな!」

 その言葉に思わず俺が胸を張った。そんなキラキラした目で褒められるのも悪いもんじゃない。頬がゆるゆるになってしまうだろう。ゆるゆるになった頬を支えるように両手を頬に添えれば、ほんのり熱を持っていた。

「…というわけで、こちらが悠仁の手合わせの相手烏」
「テンションひくっ」

 センパイはぶすくれた表情でそう言った。自分よりも烏が褒められたことが気に食わないのだろうか。センパイ達って本当昔から烏のこと、嫌いというか苦手意識持っている感じ。生きているときに何したんだろう。死者の生前のことなんて気にしたらキリがないけれど。
 でも虎杖はいいヤツそうだ。あと早死しそう。他にも聞き捨てならない言葉もちらほらとセンパイの口から出てきたけれど、それは水に流してあげよう。死んだフリをして、こんなところで隠れているなんて他の生徒が知ったら怒りそうだけれど。どうせ、怒られるのはセンパイだし。何かあれば全部、センパイの所為にしてしまえばいいのだ。

「じゃあ、僕行くけど、あだ名。七海から宿題ちゃんと終わらせろって伝言」
「…お、終わったもん、だから持ってきてないだけだし」

 思わず顔を逸らしてしまった。別にやっていないわけでもやりたくないわけでもない。俺にとっては宿題は簡単なモノだし。本気を出せば一日で終わる。そんなものを態々早い段階でやらなくてもいいだろう。毎年、泣きながら最終日にやっているとかそういうことはない。断じてない。俺はもうすぐアラサーだぞ。そんなことあるわけがない。たぶん。

「やっぱりやってないんでしょ。…烏」

 センパイが烏を呼んだが、烏はセンパイの言うことは聞かないから意味がないんだ。そう思ったが、烏は俺を持ち上げ、立ち上がると俺を再び座り直させた。

「なんで!?」
「……」
「ま、僕だしね」

 俺の静止も聞かず、得意げに笑うセンパイを乱雑に押しのけて真っ直ぐ外に出ていった。なぜ、センパイの言うことを聞くんだろうか。七海達に何か言われたからなのか。きっとそうだろう。烏があのセンパイの言うことを聞くわけがない。

「じゃあ、悠仁そういうことだから。僕任務だし
後よろしく」

 センパイはそういうとさっさとこの地下室から出て行った。今ここは俺と虎杖だけしかいない部屋。テレビからは小学生に見せるべきではない、R-15指定くらいのスプラッタホラー。虎杖は気になったのかそっとそれを停止させ、テレビの電源を落とした。
 センパイにも、烏にも裏切られた俺は少しふてくされ、虎杖とは反対側に倒れた。
 センパイと烏のばーかばーか。
 そんな様子の俺に対し虎杖はちょっと困った様子で声をかけてきた。

「映画でも見ねぇ?色々あるよ。今ならなんと!ポテチとコーラまでついてくる!!」

 ポテチと大きいコーラを両手に持ち、まるでテレビの通信販売のようないいように思わず笑みが溢れた。

「…コーラをラッパのみしてもいいなら」
「もち!!」
「やったぁ」

 大きいコーラのラッパ飲みは少し憧れがある。いつも七海にお行儀が悪いといって怒られるし、昔も夏油センパイや秀英(シゥイン)に止められていたのだ。因みに牛乳の直飲みもダメ。ちゃんとコップにいれろっていっつも言ってくるのだ。こぼしたりしないのに。
 俺は身体を起こして、虎杖からコーラを受け取り、抱えた。彼は嬉しそうにこの部屋にあったDVDを取り出してきた。DVDのラインナップはアクション系とかアニメとかばかり。先ほどまで見たていたホラー系が全くない。
 虎杖はオススメの映画を何本か選んでくれた様で、俺もその中から見てないのを選んだ。選んだのは海の生き物達とアニメーション映画。海に生きる小さい魚の大冒険の物語だ。
 薄暗い部屋で再生される映画。両手でコーラを持ちこくりこくりと喉を潤す。重くてちょっと持つのが難しいが、呪力操作でなんとかできる。こういう時呪術師で良かったと思うこともある。こぼさないで済むからだ。のんびりポテチに手を伸ばそうとする前にぱちりと部屋の明かりが灯った。思わず、ポテチへと伸びる手がぴたりと止まった。その明かりをつけた主は真っ直ぐこちらへと歩いてきた。テレビを止めて、俺に一つの鞄を渡す。もちろんその主は烏で、家から持ってきた鞄の中には俺の宿題が入っている。

「やらないよ」
「……」
「や、やらないってば。今日は映画見る日なんだって…!」
「……」
「う、うぅ…」

 その眼力に、その無言の圧力に思わず身体を強張らせる。高い位置から俺のことをじっと睨んでいるのだ。睨んでいるつもりはないのだろうけれど、俺に宿題をやらせる気満々なのだ。その視線から逃げる様に虎杖に引っ付いた。

「ほら、そんな急いでやらなくてもまだ夏休みも残ってるしな?」
「虎杖クン!」
「……」
「な、今日は一緒に映画見ようぜ?」

 虎杖は俺の隣をぽんぽんと叩き呼び寄せようとする。烏は呆れた様に表情を変えて、俺を虎杖から引き離し、ソファに下ろすと再び自身の膝の上に下ろした。烏が、虎杖の意見を聞いた。凄いことだろう。しかし、烏は未だにじっと虎杖の方を見ている。そこに何かゴミでもついているのかと思い目をやれば、目の下あたりからぎょろりともう一つ目が出てきた。

「騒がしいぞ。小僧」
「しゃ、しゃべった…!」

 ぎょろりと動く目玉の下に口まで生えた。俺が目を白黒させていると虎杖がスパンと自分の頬を叩いたのだ。そして、困った様な申し訳ない様な顔をして眉を下げる。

「ごめん、偶に出てきちゃうんだよ」
「それが宿儺?」
「うん」

 今度は目が虎杖の手の甲に現れた。俺はそっとその目に一本の指を立てて突く様に触れようとした瞬間、烏に止められた。

「……」
「え、気にならない?触りたくならない?」
「こいつヤバいヤツだから触っちゃダメだって」

 気になるだろう。あんなところから目が出ているんだよ。それも意思を持った目と口。しかも、日本で語り継がれている両面宿儺。つい出ている目に触れたくなるのは当然だろう。

「ダメ?」
「駄目!」
「ケチ」

 むすりと唇を尖らせる。するとあるものが目に留まった。俺はそれを手に取ると再び虎杖に近づく。

「ね、宿儺はポテチ食うの?ご飯は食べるの?」
「いや、食わんだろ」
「よい、よこせ」
「え、マジで!?」

 俺が口元に近づけるとパクリと食らいつき、咀嚼する、本当に食べた。凄い。なにこれ、面白い。俺はそれからずっと五条センパイが迎えにくるまで、宿儺に言われるがまま、食べ物や飲み物を口に運んだ。まるで雛に餌をやる様な感覚。
 因みに、その事実が七海にバレて危険な行為だと怒られたし、宿題も全くやっていないことにまた怒られた。
 宿儺自体、現段階で虎杖が押さえ込んでいるのだから危険ではないだろうに。やっぱり表に出てきたら危ないってことなのだろうか。まぁ、俺には宿儺は祓えないけど。
 俺はそんなことを考えつつも、次は何を食べさせてあげようかと心が躍っていた。

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