03

 あれから俺は七海と灰原のニ人ともが出張で家を開ける時は高専に預けられるようになった。そんなことは滅多にないが、七海達と五条センパイの間で何か話し合いがあったのだろう。俺にはそういうこと言わないのは昔からだから気にしてはいないけれど。今は子どもだし、大人の話とかよく分からないということにしておく。
 最近の俺がハマっているのはパンダ。高専には夜蛾センセーの呪骸なのだが、突然変異で動くし、成長するし、感情も持っている。そして、もふもふである。もふもふのパンダだ。アニメ映画に出てきてもおかしくないくらい。動物園のパンダは笹食べてるか、寝ているかばかりだが、このパンダは喋るし、遊んでくれる。俺が飛びつけば、くるくる回してくれるし、お腹の上でお昼寝もさせてくれるのだ。
 だから、クリスマスなのに高専へ預けられるのは別に不満ではない。不満ではないのだ。真希チャンや乙骨に遊んでもらうし。パンダは任務でいないのだが、俺が来るんだからパンダくらい置いていってくれてもいいと思う。

「オマエ、まだ拗ねてんのか?」
「…拗ねてないもん」
「その顔は拗ねてる奴がするだよ」
「拗ねてない!」
「はいはい」

 真希チャンに向かい合う様に抱っこされたまま談話室のソファに座っていた。むにむにと頬を揉まれ、俺の顔が変形してしまう。その仕返しに俺も真希チャンの頬に手を伸ばして頬を触ってやった。

「真希チャンのほっぺもやわらいね」
「あ、オマエなぁ。人の頬触んなよ」
「真希チャンに言われたくないもん」
「男がもんとか言うなよ。本当に小学生か?」

 本当はアラサー手前だけど。

「小学生だよ!今年で三年生!」
「幼稚園児の間違いじゃないのか?」
「そんなことないもん」

 まさか大人びいると思っていたのに、まさかの退化。俺がむすりと頬を膨らませれば、頬を掴まれると空気が間抜けな音を立てて抜けていった。あまりにも簡単に潰されてしまい、ふいっと顔を逸らすが「そんな怒んなって」とあやす様に背中をさすられ、身体を揺らされる。小学生だけど、それだけで眠たくなってしまうのが子どもなのだと知っている。
 だが、俺は断じて幼稚園児などではない。ただ、子どもの体というのは素直で無垢なのだ。くありと欠伸をこぼせば、ソファの上に寝転がされる、お腹を優しく叩かれる。真希チャンが意外と子どもの面倒見慣れているのには驚きだけれど、この心地よい振動につい、夢の中へ落ちてしまった。


 爆発音と懐かしい気配を感じて目が覚めた。
 大きく伸びをしてその音の震源地の方へと足を進めた。パンダが学校の塀をぶち壊していた。そして、その前にいるのは夏油センパイだ。センパイが呪術師ではないことは気がついていた。だが、この学校を襲う理由は知らない。多分、七海達が俺に黙っている事項なのだろう。
 狗巻がセンパイに向かい呪言で攻撃を仕掛けるが、アレではセンパイは倒すことは出来ない。ここで高見の見物をしてもいいのだけれど、俺は意外と今ここに通っていて、俺の遊び相手をしてくれる人達には感謝している。
 少し勢いをつけて窓の外から飛び降り、くるりと空中で一回転をして地面に着地する。そして倒れているニ人の前に降り立った。怪我はしているが命には別状はない。後で家入センパイに治してもらえれば問題ないだろう。

「…来たんだね、名前」
「来たよ。こんなところで、なにコーハイいじめてんの?」

 腰に刺していた笛を抜き取り、手遊びをするようにくるりと回した。きっとあの夏の日よりも前に気が付いていたのだろう。センパイって俺のこと大好きだし。
 センパイは俺に向かい手を差し出した。

「名前、私と共に行こう」
「その話は前に断ったでしょ。センパイもいい加減にオイタやめないと、殺されちゃうよ?」
「承知の上さ」
「…そんなに俺のモノになりたいの?」
「そうかもしれないね」

 センパイはそう少し寂しそうに笑うと呪霊を呼び出した。一級相当の呪霊だ。大きな唇の様なものがついた蠅みたいな化け物。俺のこと傷つけたりはしないだろうけれど、俺に向かって呪霊を放ってくる。
 本気には本気で答えないと。呪詛師である彼を殺すのは今の俺の役割ではない。今の俺は何処にでもいるただの小学生なのだから。それに彼を殺すのはセンパイだ。俺はそれまでの精々時間稼ぎというところだろう。
 呪霊の攻撃を避け、俺は少し高いところへ飛び乗った。笛を構えない俺に怪訝な顔をしている。俺はにんまりと口角をあげる。少し試してみたいことがあったんだ。声帯を振動させ、発生させた音に呪いを込める。呪いを込めた音が俺から発された。

『起き上がれ』

 呪言の真似事。だが、俺の呪いの込めた音はこの場に漂う怨念、亡霊達の魂を震わせる。そして、地面を叩き兵士達が現れる。こう言う漫画とかアニメのキャラみたいならかっこいいの一回やってみたかったんだよね。
 呪霊を祓い、夏油センパイ本体を攻撃させるが簡単に捩じ伏せられてしまう。流石、この程度じゃびくともしないか。何度もけしかけるも、ついにその手は俺にまで伸びきた。しかし、子どもの小さい身体を利用して避けて、声に呪いを込めて亡霊達を再び呼び起こす。

「やっぱり、すばしっこいな」
「ありがと」

 小さいからスピードはあるが、パワーは全くない。俺本体に呪力を乗せて攻撃したとしても痛くも痒くもないだろう。むしろ捕まってしまうのが運の尽き。時間稼ぎと言ってもなぁ。どれだけ骨兵達を呼び出せるか。
 そんな考え事をしているとセンパイの腕が俺を捕らえようと伸ばしている。俺のことを傷つける訳はないが、気絶させる事くらいならできるだろう。だが、今ここで捕まるのは、厄介だ。
 避けようとしたが、間に合わない。そう思った時だった。俺の目の前に黒い影が差した。そして、その影が来たと同時にセンパイが後ろへと逃げた。

「……」
「烏!オマエ、どうして…!消滅するはずだろう」

 そこにいたのは俺の、苗字名前の、僵尸だ。通常、僵尸はその術者が死ぬか、力が弱まるかで消滅する。俺がみてきた僵尸達のどれもがそうであった。つまり、俺はこの烏という存在も、苗字名前が死んだ時に消滅したものだと思っていた。消滅するまでの時間は個体差があるが、誤差があったとしても大抵は一時間程度だ。それなのに、この烏は約九年もの月日存在し続けたのだ。

「有り得ない」

 そう言ったのは俺ではなく、センパイであった。きっとセンパイも俺と同じことを考えていたのだろう。だが、烏がこちら側にいる事はかなり有利だ。烏の力にセンパイは敵わない。それは例え一0年の月日が流れていようとも。

「烏!!押さえ込め!」

 俺の命令に従い烏は動き出す。烏はゆらりとその肢体を猫のようにしなやかに動かし、センパイへ襲いかかる。呪霊をけしかけるが、烏には関係ない。フィジカルで烏に叶うものはいない。だって、アレは俺が使役する僵尸の中で一番強いのだから。
 ただ、今のままでは戦いにくいだろう。笛に口づけ、音色を奏でた。声に乗せるのもいいが、あれは意外と体力を使う。やはり慣れたやり方の方がいい。俺の音に合わせて、兵士達が動き出す。放たれた呪霊に攻撃を仕掛けていく。
 粗方片付いたタイミングで烏も丁度センパイを地面に縫い付けていた。
 鋭い眼光が俺を見つめる。

「…名前、君なら賛同してくれると思っていたよ。私たちだけの世界を作ることに」

 センパイは本当に俺を仲間にしたかったのだろう。センパイの野望の為に。この世界を呪術師だけの世界にする。見える人がいる世界にする。そうすれば、このレースのゴールでも見えると思ったのだろうか。俺の死後に彼がどんな想いをしたか、どんな体験をしたのか、俺にはわからない。
 夏油センパイのことは大切で、大好きだ。手伝ってあげられる事ならばしてあげたいと思う。しかし、俺には苗字家当主という肩書き以外他にない。当主ということは、大切なものだけでなく、門の者達も守らねばならい。人の上に立っていなければならない。そんな人間が急に謀反を起こせば下の者たちは混乱するだろう。混乱の先には争いが生まれ、更に多くの命が犠牲になるのは避けたいのだ。
 それに俺自身もセンパイの意見には賛同する事はできなかった。賛同することもできない、こんな中途半端な奴がいて困るのは、この優しいセンパイなのだ。センパイは優しくて、甘い。辛い想いをしている同胞を助けたいとか思ったのだろうか。あくまで憶測だけれど。

「…俺、センパイが想っているよりいいヤツじゃない。それに非呪術師も呪術師も結局はニンゲンで、ニンゲンって何するか分からないから、信頼していないヒトを大勢助けるとかできないんだ。ごめんね」

 俺は眉を下げ笑った。
 この世で一番怖いものは呪霊でも呪詛師でも呪術師でもなく、ニンゲンだ。アレらは思考しとんでもないことをしでかす。自分の理想の為に、野望の為に、他人を最も容易く陥れる。その行為が自己を、大切なものを守る為、救う為というならば悪いことだとは言わないが、それでも突発的に訳の分からないことをしてくるのが恐ろしいのだ。そんな驚きは俺は求めていない。
 俺はセンパイの理想に加わる事はできないのだ。

「……そうか」

 センパイはそういうと、烏を押しのけ、呪霊を呼び出した。烏は再びセンパイを押さえ込もうとしたが、そうなる前にセンパイが出した一級相当の呪霊が攻撃を仕掛けてきた。

「残念だ。名前」

 その言葉と同時に俺の身体は最も容易く後方へ吹き飛ばされた。腹部に強烈な痛み。どう攻撃したのかも見えず、避けることすら叶わないかった。俺はそのままの勢いで、俺は壁へ叩きつけられ、脳が激しく揺れた。
 センパイが俺を傷つけることないと勝手に思っていたのがいけなかったのだ。その信頼が、安心が俺の反応を鈍らせた。俺もまだまだだ。油断していしまった。ニンゲンが恐ろしいイキモノと知っていたのに。
 薄らと前を向けば、何故か悲しそうに、苦しそうに眉を下げ顔を歪めるセンパイの顔が見え、次に烏が此方へ駆け寄ってくるのが見えた。

「……!」
「ん、だいじょうぶ」

 俺の身体をそっと抱き上げ、そのまま安全であろう所まで連れて行ってくれるのだろう。視界の端で乙骨が現れたのが見えたので恐らく後は大丈夫だ。頭から血が流れているようだが、反転術式で止血しておこう。あれ、俺って生者に反転術式使えたっけ。まぁいいか。人間誰しもそういうこともある。
 烏に体を預けながら俺さゆっくり瞼を閉ざした。



 人の気配で目が覚めた。目蓋を開ければ目の前に宝石の様な青い瞳が眼前にあり思わず身体を強張らせ、俺の椅子になっていた烏に抱きついた。

「あ、起きた」
「お、おはよう?」

 五条センパイは「おはよう」と返してくれたが、それでも目を逸らすことなく、俺を見ていた。そんなに見られるような事しただろうか。勝手に戦闘に乱入したから起こっているのかな。あれは夏油センパイの足止めの為に仕方がない事だったし、乙骨も戦闘に参加しただろうから問題ない、と思う。
 急に俺の頭に手を伸ばしてきてするりと撫でられた。

「…怪我は?」
「へ、へーき。なんで知ってんの…?」
「聞いた」

 誰からだよ。乙骨か?夏油センパイか?
 頭に浮かぶはてなマークを無視して俺の怪我がないことが確認でき、満足したのか顔を離した。本当に一体、何の用だったんだ。俺は烏を見上げたが烏は呆れたような表情をしているように見えた。本当に俺が少し寝ている間に一体何があったのだろうか。

「ほら、七海が心配で迎えに来てるから行くよ」
「はーい」

 なるほど、センパイは俺の監督不行き届きで七海に怒られたんだな。それは仕方がない。センパイ達が悪い。
 俺が立ち上がろうとすれば、それよりも先に烏が俺のことを抱き上げ立ち上がった。そのタイミングで此処が何処なのかやっと分かった。どうやら此処は呪具を保管している倉庫のようだ。何故、烏が此処を選んだのかは分からないが、此処が一番安全だと思ったのだろう。やっぱりコイツの考えもわからない。
 烏の逞しい片腕に乗せられれば、センパイの顔と近くなった。つい、頬を突いてしまうのは悪いことではないだろう。どうせ無下限に阻まれると思ったのに俺の指には柔らかい頬の感触がふにりと伝わり、思わず手を引っ込めてしまった。

「刺さった…」
「刺さったじゃないでしょ。なに普通に人の頬突いてんの」
「珍しく、近くにほっぺがあったから」
「ほんと、オマエはお子ちゃまだね

 センパイがにやにやと笑いながら俺の頬に手を伸ばそうとしたが、すぱんという音ともに烏にはたき落とされていた。それと同時にセンパイが顔を歪めている。昔から仲悪いと思っていたけれど、大人になってもそれは変わらないらしい。

「何、触っちゃダメなわけ?」
「……」

 烏はセンパイのことを無視してずんずんと前へと進んでいく。
 センパイをはたき落とした腕の方に何か巻きついているように見えた。俺はそれを見る為に身体を少し動かした。その腕に巻きつかれていたのは黒くて細い糸の塊の様なもの。それは傷んでおり、何処どころ切れていたり、少し糸が飛び出ていたりしている。俺がそっと触れるとその感触はさらさらではなく、ごわついており、触れたことのあるような感触であった。

「烏、これなに?」
「……」

 烏に聞けば、スッと俺の頭を指さしてくる。頭に触れれば、そこにあるのは髪の毛。だが、俺の髪の毛はこれほどまで長くもない。

「俺の?」
「……」

 コクリと頷いた。
 俺の髪の毛ということなのか。頭を捻った。あれ程まで長い髪が生えていた時期があったか。そういえば、苗字名前の死際に髪の毛を切り落としたような気がする。その髪を巻き付けてるのか。髪の毛には呪力が宿っているが、あの結界を抜けるのに消えた者だと思っていた。それが偶然残っていたのうだ。烏が俺の死後その残った呪力だけで存在し続けたのかもしれない。本当にこの烏と名付けられた僵尸、そして元の人間の持って生まれたものが本当に神から贈られたものだったのだろう。
 俺の僵尸本当にすごい。髪の毛に残ったものだけで消滅せずに済むなんて。でも、彼にとっては早く消滅して、天に召された方が楽だったと思う。言葉を介することが出来ないのがちょっと物悲しい。
 こてんと肩に頭を預ければ、気にするなとでもいうように雑に撫でてきた。俺がオマエに出来ることはないけれど、これからも俺の元にいてくれたら嬉しいな。そう思うと頬が少し緩んでしまった。

 後ろからずっと声がして、彼の肩からチラリと後ろを見れば、ねぇねぇと話しかけているセンパイの姿があった。あまりにも煩く中々諦めないので、ポケットに入っていた棒付きの飴を口に突っ込んであげた。一瞬、変なものを突っ込まれたかと思って動きが止まったが、飴を舐めながらまた絡んできていた。

「五条サン、飴あげたんだから大人しくしてよ」
「僕はあだ名と違って飴釣られるような子供じゃないんだからね!」
「そんなこと言ってる時点で子供じゃん。ねー?」

 俺が同意を求めてると烏もコクリと頷いた。俺が「ほらぁ」と呼ぶとセンパイは食べかけの飴玉をこちらに向けてぶんぶんの振ってくる。

「コイツはオマエだけには絶対イエスマンだから意味ないの!」

 ぷんぷんと効果音がつくように怒り唾を飛ばしてくるのでほんとうに汚い。そういえば、目隠しの包帯取ってる。なんだろう、包帯は中二病感マシマシなのは痛いと気がついたのだろうか。センパイも成長するもんね。
 俺がではなく烏がセンパイに絡みながら進んでいると前から七海と灰原と遭遇した。一瞬烏を見て驚いたように目を丸くしたが、すぐに俺らの方へ近づいてきた。俺の前に立つと頬を触ったり、頭や体に触れたりと怪我がないかを確かめるように2人がかりで触れてくる。

「名前、怪我はありませんか?」
「平気だよ、七海サン」
「名前くん、本当に?なんか髪が硬いところない?」

 俺が頭を打って血を流したところだろうか。髪の毛にこびりついた血が固まったのか。ニ人は俺の頭部を一0円禿げでも探す用に見つめている。

「傷はないね…」
「えぇ、怪我は見たりませんが血がついてますね…」
「名前くん、本当に怪我してない?」

 あまりにニ人の真剣な顔に、居心地の悪さを感じ顔を烏の胸板に埋めた。鍛えられた筋肉は女の人のおっぱいみたいにたわわで柔らかく、思わず堪能してしまう。

「はぁ、烏が何故此処にいるのか分かりませんが、取り敢えず名前を家入さんのところへ連れて行ってください」
「……」

 七海がそう言うと烏はコクリと頷き、真っ直ぐ保健室へと足を進めた。

「烏、俺別に平気なんだけど」
「……」

 俺の静止を無視して七海の命令に従う。俺がご主人様なんだけれど、今の彼には俺の意見よりも七海の方が大切なのだろうか。なんだか、七海を取られたみたいでむすっとするのは気のせいだろうか。
 俺はそんな気持ちを誤魔化すようにぎゅっと瞼を瞑り、もたれかかる。
 上で烏が笑ったような気がした。

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