02

 それから時は過ぎて、キラキラと輝く太陽がアスファルトを照らし、陽炎が揺らいでいる。燦々と照りつける日差しが眩しく、家を出る気にもならない俺の元へ一本の連絡が入った。
 夏休みの暇を持て余していた俺にとっては朗報。それは友だちからの近くの神社で行うお祭りのお誘い。七海達に許可を取る前に行くと二つ返事をしてしまうほどに舞い上がっていたのだ。
 その事を七海たちに伝えれば普通に了承を得られた上に、灰原がわざわざこの為だけに実家から自分が昔着ていた浴衣を送ってもらったらしく、それを着付けてくれた。ちょっと不恰好だけど、それはそれで味があって俺は好き。それに俺は着物とか浴衣とか一人じゃ着れないし。

 本当に俺は浮かれていた。ウキウキわくわく。よく浮かれているなと自分でも思うが、俺は俺の心に素直なだけなのだ。じゃないと、精神年齢二十代後半の男が小学生に混じって遊ぶ事なんてできないだろう。夏休みは本当に最高だと改めて実感した瞬間だった。
 しかし、俺が浮かれる時は大抵良くないことが起こるのだ。普通に一緒に来ていた友だちが迷子になったのだ。俺がりんごあめを買っている間に消えた。

「えー……」

 思わずそんな腑抜けた声を溢してしまう。取り敢えず、スマホで連絡を入れておけばそのうち見つかるだろう。俺の時代では考えられなかったが、今の小学生は殆どスマホを持っているのは本当にすごい。それに、迷子になった時に便利だ。
 迷子の友人を探してふらふらと人混みを歩いていると誰かにぶつかってしまう。その衝撃で俺は尻餅をつき、りんご飴は手から滑り落ち、蟻の餌となった。

「すまない、大丈夫かい?怪我はない?」
「うん、大丈夫」

 男の声がして顔を上げれば、そこには白い狐のお面を被り、黒い着流しを身に纏った体格のいい男が俺に手を差し伸べている。男は黒く長い髪をそのまま後ろに流しており、怪しさしか感じられなかった。だが俺は差し伸べられた手を取り立ち上がる。男は再び俺に怪我がない事を確認すると少し安心した様子で肩を下ろした。

「りんご飴、ダメにしてしまったね。お詫びに新しいものを買ってあげるから、ついておいで」
「別にいいのに」
「私が気にするんだ。ほんの気持ちさ」

 優しく頭を撫でられれば、拒否をすることもできなくなり、彼に腕を引かれるままにりんご飴の屋台へ向かった。不思議なことに屋台のおじさんもこんな怪しい男に注意することもなく普通に俺に選ばせてくれたので、大きいものをチョイスした。
 俺は受け取ったりんご飴を片手に狐のお面の男を見上げた。この男からはどこかで会ったことのある様な親近感。懐かしい感じ。そして彼は俺を傷つけないという安心感がある。

 甘いりんご飴が口に広がる。
 この人は誰なんだろう。
 そう思っていると目と目があった様な気がした。

「どうかした?」
「ううん、なんでもない」

 夕焼け空から段々と暗く色彩を変えていく。それと同時に人が増え、太鼓の音が鳴り出した。俺は彼に手を繋がれながら祭りを楽しむ人たちをぼんやりと眺めた。俺たちニ人だけこの喧騒から切り取られたかの様に静かな時間だけが流れた。この時間が心地良く

「…誰と来たんだい?」
「友だちときたんだ。今、その友だちが迷子で探してたんだよね」

 その言葉に彼はポカンとした雰囲気を醸し出した気がしたが、何かおかしいところがあったのだろうか。俺が小首を傾げると彼はすっと本殿の方を指さした。

「それなら、あそこで動かず待っている方がいいんじゃないかな」
「えー、でも探したほうが早いんじゃ…」
「歩き回るのも大変だろう?」
「それもそっか」

 歩き回るよりも止まって向こうが迎えに来るのを待つ。それの方がいいのかもしれない。俺は彼の手に引かれ、鳥居を潜り、本殿の縁側にニ人で並んで腰を下ろした。飴を舐めて、人々と提灯の明かりを眺め、ただ友だちを待つ。スマホに連絡を入れたが、既読もつかない。前のもついていないし、本当に何処にいるんだろうか。何もなければいいのだけれど。俺がそう考えていると上から声が降ってきた。

「…今、学校では何が流行っているんだい?」

 何も話すことのなく気まづい空気を壊そうとしたのか声をかけてきた。俺と同い年くらいの子どもがいるのか、それともただ気まずいだけなのか。
 大人が聞く最近流行っているものの回答って意外と難しい。子どものうちでは流行っているけど、大人には理解できないみたいなことが多い。俺は大人の気持ちも理解できる某名探偵みたいな子どもだから余計に考えてしまう。最近流行っているものでいいか。無難なのでいいかな。俺も好きだし。

「あ、今はね、イカゲーが流行ってるよ。色塗る陣地取りゲームなんだけどね、みんなで通信してチーム組んだり戦ったりするんだよ!」
「そういうのが流行っているんだね」
「オニーサンもやってないの?一緒にやろう?」
「…やっていないから、ごめんね?」

 少し俺から目線を逸らしながらそう言った。俺はただ「ふーん」と返すだけ。イカゲーならみんなやっているものだと思っていたのだけれど、大人はやっていない方が多かったのかもしれない。
 なんだか空気が余計に気まずくなったように重たく感じる。

「…今、楽しい?」
「うん?楽しいよ、学校も家も」
「幸せ?」
「幸せだよ、ずっと続けばいいのにって思う。…でもね、多分無理なんだ。いつか終わる」

 そう言いながら空を見上げた。都心の空は狭く、星は少ない。ただそこにはほんの少しの光と黒が広がっているだけだ。明るい星を掴むにはもっと、もっと手を伸ばさなければ掴むことはできないだろう。俺の手に星が掴める日は来るのだろうか。いや、掴まねばならないのだ。俺には大切なものがあるのだから。
 星を捕まえる様に伸ばした手をスッと下ろした。携帯が震えている。きっと友だちだろう。

「…私と来るかい?」
「え?」
「私とくれば、前の様な思いはしないで済む」

 仮面の奥からは少し戸惑っている様な、迷っている様な、それでいて真剣な目をしている様な気がする。
 髪を結んでいた結紐をするりと抜き取った。長い髪が重力に従い舞い落ちる。立ち上がり男の前に立つと彼の頭に手を回し、結い目を解き仮面を外す。

「俺はいかないよ。今も大切なものを守りたいんだ。俺の手からこぼれ落ちてしまわないように。だから、いけない。ごめんね」
「……ははっ、君ならそういうと思ったよ」
「そう?これ、あげる。髪の毛鬱陶しいでしょ?…だから、代わりにこれ頂戴」

 男は眉を下げ笑った。俺の赤い紐を手に取ると反対側の手でするりと頬を撫でる。擽ったくて少し笑みが溢れてしまう。

「なら交換だね」
「うん、大切にしてね」
「勿論」

 俺の頬も緩んだ。ふわりと優しく、まるで存在を確かめる様に優しく優しく触れられる。

「あの約束、忘れないでね?死んだら、俺のモノだから」
「勿論さ。…また会おう、あだ名」

 その言葉に少し安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。しかし次の瞬間、急な突風が吹き、木々が揺めき、土が舞う。思わず、目を閉してしまう。再び瞼を開ける頃にはその人の姿はどこにもいなかった。

「またね、夏油センパイ」

 これで再び俺たちの縁は結ばれた。
 俺は迎えにきた友だちの姿が見え、明るく、そして賑やかな音がする方へと足を進めた。

 空では大きな音を立て、明るく美しい色とりどりの花が俺たちを照らしていた。

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