01

 あの森の任務から俺はセンパイに稽古をつけられることなり、センパイが暇な時は昔みたいによく転がされていた。意趣返しに悪戯を仕掛けたが無限で弾かれる。俺が悔しがれば、悔しがる程に彼が喜ぶのがまた腹が立つ。
 この事に一番反対したのは灰原で、俺の決めた事は尊重したいけど、危ない目にあってほしくないというのが大きいようだ。森の任務の時は知らされていなかったんだと。俺が半分眠りながら帰ってきてびっくりしたらしい。珍しくセンパイに向かってぷんぷんと怒る様が見れたのでよしとしよう。
 灰原は七海と同じくらい心配性なところがあるのを最近知った。遊んできて怪我をするのは大丈夫らしいのだが、五条センパイと稽古というとまた任務に連れて行かれるのではないかと思っているらしい。今のところは七海の目も光っているし、あの人もそれ程暇ではない筈なので大丈夫だろう。あの森の一件から任務にはいってないのだから。

 そんなこんなであの森の任務から約一年の月日が流れた。

――2017年春。

 その日俺は学校帰りに拉致された。
 もちろん五条センパイに。
 通学路を一人で歩いていると突然身体を持ち上げられ、そのまま車へ連れ込まれたのだ。あまりにも一瞬のことで何もできずぽかんとしていたら、センパイが楽しそうな顔をしているのが見えて、少しイラッとした。とりあえず、後でセンパイには辛いお菓子食べさせてやろうと心に決めた。

「いきなり、連れ去るなんてひどい。そんなに急ぎ?」
「いや、全然。あだ名に会ってほしい子がいるんだよね」
「俺に?それだけで誘拐したの?」
「うん!」

 そう明るく言われると思わず呆れてしまう。だが、それだけで俺を驚かせた罪は重い。激辛お菓子の刑だけでなく、今度はパンツの中にスライムいれてべちょべちょにしてやろう。ゴキブリのオモチャも追加してもいいが、マンネリになってしまうから今回は延期だ。
 俺がそう考えている間に車は停止した。窓の外から眺めればそこはよく見覚えのある建物で。しかし、今世の俺はまだこの土地を踏んだことはなかった。
 俺がぼんやりと見つめていると、浮遊感を覚える。上を見上げれば、センパイがそこにいて、俺のことを小脇に抱えて外へ出たようだった。ちょっとしたセカンドバッグみたいな扱い。せめてちゃんと抱っこしてほしい。この体制は安定感が悪い上にお腹がちょっと苦しい。

「ここ、どこ??」
「オマエの進学先」

 それは知っているのだけれど、もっと説明してもいいんじゃないかなと思う。センパイがセンセイやっているのって絶対嘘だと思っている。あのセンパイがセンセイって似合わなさすぎる。最近やっと今の落ち着いたと思われるセンパイに慣れてきたところだ。
 センパイはどんどんと足を進めていく。俺はあの頃から変わらない懐かしい風景を眺めながら、されるがままに身体を預けた。
 どんどん奥へ進んでいき、その場所は俺が足を踏み入れることがあまり無かった場所だった。恐らく牢獄。呪詛師などを閉じ込めておく場所だろう。雰囲気で分かった。センパイの用事はこの先にあるのだろう。ぴたりと足を止めたところで俺を下ろした。

「アレ、どう思う?」
「アレ?」

 俺はセンパイに促されるようにその扉を少し開けて中を覗いた。お札が大量に貼られた部屋の中には椅子に座った少年が一人。彼には何かが憑いている。それも普通では手が出してはいけない何かが。

「あれなに?」
「今、死刑執行予定の高校生」
「…どうにかするんでしょ」
「まぁね。ウチに転入予定。その前にオマエに見てもらおうと思って。何かあったら危ないでしょ?」
「五条サンいるなら問題ないんじゃ?」

 俺がそう言うと「僕、多忙だし」と最もらしいことを言った。
 つまりはヤバいのが憑いているから、他の生徒と交わらせても大丈夫かどうかを俺に確認させたいと言う事だろう。俺じゃなくてもいいと思ってしまう。むしろ、本当にセンパイいれば大丈夫だろうし、それにセンセイもいる。問題はなさそうだけれど、そうじゃないと言う事なのだろうか。

「オマエの得意分野でしょ?」
「……俺、子どもだからよくわかんなーい」

 誤魔化すもその目でじっと見られる。居心地の悪さを感じてしまう。俺はそれを誤魔化すように扉に手をかけた。

「何もわかんなくても怒んないでね」

 俺はそう言いながら中に足を踏み入れた。お札は意味があるのか分からないくらいにべたべたと想像よりも多く貼られてあった。どれだけこの少年に怯えているのかが分かる程だ。
 俺が入ってきた事にこの部屋の主は気がついたようで、目があうと驚いたように目を丸くした。

「こ、子ども?」
「こんにちは、オニーサン。処刑ってほんと?」
「…うん、そうだよ」
「ふーん」
「来ちゃダメだ!」

 彼の静止を聞くわけもなく足を進めた。一歩また一歩と近づいていく。彼の目の前で足を止めて、彼の顔を覗き込んだ。顔の出来は悪くはないが、どこか幸薄そうな顔をしている。それに隈もひどい。眠れていないのだろう。こんなところで眠れるやつの方が神経おかしいとおもうけれど。
 俺は彼の顔からそっとその後ろへと目をやった。彼の後ろには呪いが憑いていた。いや、呪と呼ぶには相応しくはないだろう。彼には死者の亡霊が憑いているのだ。ヒトの形をした歪な何かが。皮こそ歪だが、その中身はヒトの形をしている。普通、皮が変われば魂の形も引っ張られることが多いのだが、コレは違う。綺麗なヒトの、少女の形をしていた。

「コレはずっと一緒なの?」
「え、うん、子どもの時から」
「ふぅん、発動条件は?」
「はつどう…?」
「どうしたらコレは出てくるの?」

 俺がそう言うと彼はぽつりと話し出した。コレの名前は里香ちゃん。彼に危害を加えたものを殺す、とまではいかないが重傷を負わせるというのだ。殺さないというのは、彼の意思なのだろうか。それとも彼女の意思か。
 初対面の子どもにいうようなことではないとは思ってしまうが、聞いたから答えたか、それともこの空間でまともな精神状態ではなかったかのどれかだろう。
 ポケットに手を突っ込み、爆竹でも鳴らそうかと思ったがここで彼に憑いているものを怒らせて暴れさせて仕舞えば、彼はきっとここで殺されるだろう。それにこの亡霊自体に違和感を覚える。彼に憑いているのは間違いないが、始まりは違うのかもしれない。

「ま、此処なら大丈夫なんじゃない?ばいばい、オニーサン」
「え、君は、一体…?」
「ただの小学生だよ、はいこれ、あげる」

 ぽかんとしている彼に飴玉を押し付けた。そして彼等に向かい悪戯っ子のようにんべぇっと舌を出して笑いかけ、真っ直ぐ外へと出ていった。後ろから突き刺さった視線がとても痛いのは気にしない事にする。

 外には五条センパイが普通に待っていた。俺が出てきたのを見ると手に飴玉を落としてきて、そのまま歩き出した。俺はもらった飴玉をポケットに仕舞い込むと、その後ろを追うようについていった。センパイは子どもの足の長さを考えてくれていないのか、ちょっと早歩きになってしまう。追いついたところでセンパイが口を開いた。

「どう?」
「んー、別に大丈夫だと思うよ。ただ、あの子次第かなぁ、開放するのもされるのも」

 俺はそう言いながら持ってきた飴玉を口に放り込み、ガリっと音を立てて砕いた。早足に疲れて俺は少し後ろから勢いをつけて彼の背中へ飛び乗った。体幹がブレることなく支えてくれるので、そのまま身体を預ける。

「ね、あの子達のことどこまで把握してんの?」
「どこまでって?」
「あの子達の在り方のコト。知らないならいいや」

 俺はそう言うとポケットに入れたセンパイからもらったほうの飴玉をセンパイの口の中に放り込んだ。なんの躊躇いもなく食べてくれるものだから少し怖い。

「オッエ、まっっず!!なにこれ!!オマエ、俺に何食わしてんの!?」
「五条サンからもらったやつだもーん。俺知らない」
「知ってて、突っ込んだろ!」
「知らなーい、食べる方が悪い」
「こんっの、クソガキ」

 ぎゃんぎゃんと昔のように騒ぐセンパイにけらけらと声を上げた。今のセンパイってば、頑張って大人しい感じで取り繕って大人になろうとしている子どもみたいで本当に面白い。
 センパイが俺のことを落とそうとするので、しがみつきながら廊下を進んでいった。

 騒ぎながら地下から上に上がるとばったりと見知った顔に遭遇した。目が合うと苦虫を潰したような顔をしている。

「……なんで、此処にいるんですか。名前」

 低く唸る様な声に、思わず体を縮こませセンパイの後ろに隠れる様に引っ付いた。すると更に眼光が強くなる。なぜあれほど怒っているのか俺には理解できない。恐る恐る顔を出すとまだ睨んでいて、すぐに隠れた。

「名前」

 低い声でそう言われると答えなくてはならない気がして、顔を出して恐る恐る口を開く。

「ご、五条サンが、ここに、無理矢理連れてきたから、俺わかんない」
「あ、オマッ」
「五条さん?……名前、おいで」
「…はーい」

 するするとセンパイの背中から降りて七海の方へ歩いていく。七海の足元に辿り着くと軽々と抱っこしてくれた。実は俺、もうすぐ九歳になるんだけど、そんな幼児扱いされたら戸惑ってしまう。皆んな俺のことを幼稚園児とかに思っているのかな。頭の中が幼稚園児なのは五条センパイなのに。今そんなことを口にする勇気もないので口はつぐんでおくが。
 七海は恐ろしい顔でセンパイを睨んでいる。先に口を開いたのは七海だった。

「…どういうつもりですか。この子にはまだ此処は早いと言ったじゃないですか」
「そんなに怒んなくていいじゃん、ちょっと借りただけでしょ?」
「あまり此処には近づけるなと言ったのは貴方ではないですか」
「それはそれ、これはこれ」

 俺を近づけるなとはどういうことだろう。此処には俺の思い出も残っているし、悪い事をされた覚えも嫌な事があった覚えもない。俺が疑問符を飛ばしながら七海を見ていると呆れた様にため息を溢す。

「七海サン?」
「いえ、なんでもありません。名前、帰りましょうか」
「う、うん」

 俺は七海に抱えられたまま帰路に着く事になった。途中で伊知地から俺のランドセルを貰って反対側の腕にかける様は側からみればお父さんの様だ。俺の父さんも昔はこうやって抱っこしてくれたな。俺に全てを託して、今はもう死んでいるだろうけど。
 夕焼けがさす空は赤く、太陽は沈んでいく。
 ふと目線を逸らせばどこかから懐かしい気配を感じ様な気がしたが、すぐに無くなる。俺の気の所為だったのかもしれない。

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