01

 俺が七海に引き取らてから、あっという間にニ年もの月日が経とうとしていた。てっきり、七海と灰原と三人で住むものだと思っていたら、俺は七海の家で、灰原は徒歩圏内にある近くの別のマンションに住んでいるのだ。それでちょっと肩を落としたのは過去の話。
 それにしても昨年、七海がまさかの呪術師に復帰する事になったのには驚きを隠すことはできなかった。彼が決めたことに俺が口を出せる訳がないのだが、金銭面的に呪術師に戻らざるを得なくなったとのかと心配もしてしまう。実子でもない子どもを一人育てるには莫大なお金がかかってしまう。相当な負担になるだろう。
 俺がその疑問をぶつけた時はいつも通り、淡々と教えてくれる。

「貴方の事は関係ありません。私が戻りたいと思ったからです。気にしなくていいんですよ」
「…ほんと?」
「えぇ、本当ですよ」

 七海はそれだけ言うといつものように俺の髪を結んでくれ、学校に行く時間だと背中を押され、この話は終わった。気にしないでと言われれば気になってしまうのが人の性。灰原にそれとなく聞いてみてもよく知らないらしく「僕は七海の選択を応援するよ!」と明るく言われてしまう。灰原は嘘をつくような男ではないし、七海が言わないのに追求するのも可笑しいと思い聞くのを辞めた。
 いつか大人になったら話してくれれば嬉しいと思いながらそっと胸の奥に仕舞い込んで。


 呪術師になった七海は、一級呪術師ということで引っ張りだこの筈なのに、任務が長引かない限りは夜には家に帰ってきてくれるし、ご飯まで作ってくれる。もう八歳になるのだからキッチンにくらい一人で立たせてくれてもいいと思うのに、灰原ですら危ないからと言ってレンジで温めるかお湯を沸かす役割しか与えてくれない。昔の俺もゲテモノを作った記憶はあまりないぞ。食べられないものは作っていない、と思う。センパイにはゲテモノ食べさせてあげていたけれど、それはそれだ。

 しかし今の俺は何処にでもいるただの小学生。学校の中でも背の順で前の方になっているし、やはり心配なのだろうか。最近のお手伝いといっても泥だらけにした服を自分で洗う程度。
 それに今は学校の友だちと遊んだりと意外と忙しい。
 昔は小学生と過ごすことなんて馬鹿らしいと思っていたが、これが意外と楽しい。俺が向こうにいた時とは全然違う。何もかもが新鮮で面白い。勉強はさすがにまだ大丈夫だが、それでも宿題は面倒臭い。やらないと七海に怒られてしまうし。駄々をこねても許してくれなかったので、最近は大人しくすることにしている。

 その日は本当に偶々、学校からの帰り道だった。偶には違う道でもと思い通った公園は森に面しており、俺らの間では森の公園と呼ばれているところだ。その公園の奥にある鬱蒼とした森の奥から妙な気配を感じた。

 俺はその森に一歩、踏み込んだ。その瞬間何かの境界を越えたような感覚を覚える。そして、先ほどまで感じなかった人間の気配と呪霊の気配。人間つまりは呪術師か、一般人かである。できれば、前者でいて欲しいと思いながら、気配のする方へ足を進める。
 軽々と木に登り、枝から枝を行き渡り目的の場所へと向かった。
 ある程度行ったところで木の上から見下ろせば、少し開けた場所でブレザー姿の中学生くらいの男が大きい犬ニ匹と共に、呪霊とやり合っている。あの大きくもふもふしたくなるような犬は式神とかだろうな。高専生ではなさそうだが、呪術師であることは確かだった。
 それにしても何故、帳も下ろしていないのだろうか。補助監督と逸れたか、意地悪されたのか。
 どちらにしてもとりあえずは、様子見だ。大変なことになりそうなら助太刀しようとその場に腰を下ろした。
 呪霊は精々三級程度。彼の力量は知らないが、それならば恐らく問題なく倒せるだろう。ドロドロしているような気持ち悪い呪霊だけれど。ゲームに出てくるスライムみたい。
 スライムのような呪霊は触手を伸ばして攻撃していく。柔らかそうなそれは意外と強度があったのか、頬に傷をつけた。

「…ぐっ」

 彼が一歩下がった時に黒い方の犬が可哀想な声をあげて投げ飛ばされてしまう。それに気を取られていたのか、再び彼に攻撃が当たり、先ほどよりも鈍い音が響いた。
 呪霊の強くなっているような、否、強くなっていっている。漫画のようだが、闘いの中で吸収し、学習し、彼を倒せるようになれるまで成長していっているのだ。彼でもなんとかなるのだろうか。いや、このまま階級が上がって仕舞えば難しいだろう。
 見守って万が一にでも殺されたら夢見が悪い。
 ランドセルからリコーダーを抜き取り咥える。俺が使っていた横笛よりも高い音が辺りに響き渡り、彼と呪霊の双方ともこちらを認識した。
 鳴る笛の音は甲高く、そして以前使っていたものよりも効力は低い。呪具でも何でもない、ただの学校から支給されたリコーダーだからだ。だが、俺ならあれ位ならなんとかなる。
 リコーダーの音に呼応するように地面が揺れる。地面押すように現れたのは人骨兵が一体。それは、錆びれてしまい、ぼろぼろの刀のような物を手に持ち、呪霊に振り上げる。呪霊に当たった瞬間、ぐじゅりというスライムを地面に叩きつけたようや音の後に水分が蒸発する。それらの音がするたびに呪霊からは呻き声が上がり、抵抗するように俺の方へ触手を伸ばしてきたが、あまりにも鈍い動きに簡単に避けれてしまった。俺に当たらなかった触手は木に当たり、少し凹む程度の威力にまで落ちている。
 俺の音に合わせるように人骨兵の動きは段々と速くなる。そして、ガツンと錆びれた刀が地面を叩いた時だった。その瞬間、呪霊は泡となり消えていく。俺は呪霊が完全に消滅していく様を見届けるとそっとリコーダーから口を離した。そうすれば音が止み、それと同時に人骨はがらがらと崩れ去り、土へ還っていく。

「オニーサン、大丈夫?」
「あ、あぁ」

 男は呆気に取られたのか、俺が差し出した手にもぽかんとしていた。俺は彼の前にしゃがみ込んだ。彼の式神であろう犬が近寄ってきて、思わずそちらに目が向いてしまう。もふもふのふわふわだ。あまりにも見過ぎだのかおずおずと言った様子で声をかけられる。

「…撫でるか?」
「え!いいの!?噛まない?」
「賢いから大丈夫だ」
「やった!ありがとう!オニーサン!」

 白い方の犬は主人の言うことを理解したのか、俺の目の前で伏せた。俺はそっとその頭に触れると長めの毛並みに手が埋まる。もふもふでふわふわとした感覚を堪能する。白い犬は俺の手に擦り寄ってくる。あまりの可愛いらしさ、手触りの良さは凄い。俺が耳の後ろあたりを撫でてあげると気持ちよさそうに目を細めている。
 いいなぁ、俺も犬を飼いたい。式神とかでなんとか、はできないだろうな。
 そういえば、もふもふを堪能している暇はなかった。顔をあげれば彼もどうしようかと悩んでいるみたいだ。
 俺は名残惜しいが犬から手を離し、彼に向き合った。

「オニーサン、迷子だよね」
「…オマエもか?」
「うーん、そうといったらそうだけど、違うといったら違うかな」

 俺は立ち上がり、再び彼に手を差し伸べる。

「オニーサン、ここから出ようか」
「は」
「大丈夫、俺を信じて」

 手が握られ、彼が立ち上がったのを確認すると俺はポケットに入っていた落ち葉を取り出しそっと吹き、呪いを込めた。舞い上がるそれは人型に切り取られ、まるで意思を持つかのように着地する。まるで小人のように動くそれはこっちだと手招きをするように動き歩きました。

「オニーサン、行こう」
「アレは?」
「道案内役。どうもここ迷いの陣がしかれてるみたいなんだよね。オニーサン、なんか心当たりある?」
「……特には」

 少し考えるような素振りを見せ、彼はそういった。見知らぬ小学生の俺には言えない事情があるのだろうけれど、彼も厄介ごとに巻き込まれてしまったのだろう。俺には関係のないことだが、生きてる人間は偶に訳の分からない事をするから恐ろしいのだ。下手すれば呪霊よりも恐ろしい生き物かもしれない。
 暫く歩くと小人がぴたりと止まり、ある方向を指さすと崩れ去った。どうやらここが出口らしい。
 俺は彼の手を放し、小人が指さしたところへ向かう。そこには木の影に隠されるように石がおいてあった。その石には赤黒いもので印が描いてある。これはまるで子どもの落書きのようで何も読み取れない。むしろ、これでこんな陣が成功した方が奇跡かも。

「…下手くそ」

 俺はその石を投げ、ポケットから取り出した式を貼り付けた。そして、指をニ本揃え横に切ると、その石は硝子細工の様に容易く消え去った。
 ふと彼を見れば、呆気に取られている。彼の愛犬達は喋れるのならば「なにそれ!すごい!」とでも言い出しそうなくらいに丸い瞳を輝かせて、尻尾を振っている。本当に可愛いな、この子達。灰原が仔犬を拾ってきたりしないかなとか、思ってみたりして。

 気がつけば、時は夕暮れ。烏が合唱をしている。中と外は時間の流れも異なっていたのか。
 こんなところでゆっくりしている場合ではない。俺の門限の一七時。

「オニーサン、ここからなら一人で帰れるよね!?俺、帰らなきゃ、怒られちゃう!またね!!」
「あ、おい!」

 俺はそんな彼の静止を聞くわけもなく、真っ直ぐと家に向かい走り出した。急がねば、七海に静かに怒られる。七海が怒ると本当に怖いんだ。俺は怒られませんようにとそう祈りながら必死で足を動かした。
 そういえばあの彼の顔何処かで見覚えのあるような気がしたが、気のせいだろうか。
 それよりも俺には怒られないかということが大切だった。しかし、帰宅後に無事に怒られたし、名札を無くしてまた怒られた。

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