06

 次に俺が目を覚ますとホテルのようなふかふかのベットではなく、いつも通りの少し硬めのスプリングベット。天井も周りの景色も見覚えがあるものばかり。頭に触れれば包帯が巻かれてあるのが分かる。やはりあの程度の高さなら問題なかったのだろう。身体も家入さんに治療してもらえてるみたいだ。後でお礼を言っておかねば。
 身体を起こすと少し脇腹に痛みを感じるもこれくらいは支障は出ないだろう。寝巻きにも着替えさせてもらえているようだし、少し小腹を満たす為に共用の冷蔵庫でも漁ろう。あそこに五条センパイが3個入りのプリンを入れたのを目撃しているのだ。
 そう思うと少し足取りも軽くなる。寝巻きのままスリッパをつっかけて廊下を歩いた。

 共用スペースの冷蔵庫を開けるとそこにある1個だけ抜かれたプリンに、思わず口角が上がる。しかし、プリンは俺の手の中に収まることはなかった。掴まれた手首にそっと顔をあげると五条センパイ、ではなかった。

「なんだ、七海か。びっくりさせないでよ。全くもう」

 七海はいつも通りの仏頂面で俺の腕を掴んでいる。俺は片腕でプリンを2個取ると、冷蔵庫を閉ざす。薄暗く物静かな共有スペースにパタリと冷蔵庫が閉ざされる音が鳴る。

「…身体は」
「平気だって、家入センパイが治してくれたし。七海ってばそんなに俺が倒れて心配だったの?」

 俺は茶化すようににまにまと笑いながら話しかけ、プリンを押し付けた。

「キョーハン」

 俺は近くの椅子にでも腰を下ろそうと歩を進めるが、それは叶わない。未だに七海はしっかりと俺の手首を掴んでいる。俺の瞳をじっと見つめるばかり。俺はその深い海のような美しい青を見つめ返す。薄暗い中でもその青だけはやけに鮮明に見え、俺を映し出す。まるで水面に映っているかのように。
 先に折れたのは向こうだった。するりと腕を離され顔を逸らす。

「…はぁ、あまり無茶はしないでください」
「?してないって、ほらプリン食べよう」

 今度は逆に俺が彼の腕を掴みテーブルまで引っ張った。案外大人しく俺についてくる。使い捨てのスプーンを2人分とってから、近くの椅子に腰を下ろすとゆっくりゆっくりとプリンの蓋を開ける。お皿を持ってきてぷっちんしても良いが、このまま食べるのも良い。ぷるりと揺れる柔らかなそれにそっとプリンを差し込む。滑らかな感覚に心が躍る。ゆっりくと持ち上げ、口に運ぶ。その瞬間に口の中に舌触りのよい感覚に甘さが広がる。
 俺がプリンを堪能していると突然横からにょきりと顔が現れた。

「何食べてるの?」

 思わずスプーンを加えたまま硬直してしまった。声の方を見ると灰原だった。そっと胸を撫で下ろす。

「灰原も食べる?プリン」
「いいの!?食べる食べる」
「はい、あーん」

 顔を綻ばせながらプリンを食べる灰原に俺も頬が緩む。七海が呆れた様子でこちらを見ていたが、俺の口にプリンを運んでくれる。

「うんまぁ」
「良かったですね」
「全く、あだ名が運ばれてきたときはびっくりしたよ。頭から血は流れてるし、骨は折れてるしで」
「七海たちが運んでくれたんじゃないの?」

 俺の言葉に2人ともぽかんとしており、首を傾げた。俺はてっきり七海達が運んでくれたと思っていたのだが違うよう。先生か京都の人か。流石に俺が落ち葉の上で寝てるのは危ないと思ったのかもしれない。
 俺が頭の上にはてなを浮かべていると衝撃的なことを耳にした。

「烏さんが運んでくれたんだよ。倒れる前に呼ぶなんて流石あだ名だね!」
「?俺、倒れる直前呼んでないよ??」
「え、そうなの?」
「うん。……もしかしたら1人でに来てくれたのかも。後でお礼言っとかなきゃ」

 そう言いながらプリンを口に運ぶ。センパイに見つかる前に食べてしまおう。プリンを口に運んでいると2人がぽかんと口を開けている。食べたりたいのかと空いている灰原の口に放り込むと赤ちゃんのようにもぐもぐと口を動かしている。その光景に面白くなり、次々と放り込んでいく。気がつけばプリンのカップは空っぽになっていた。

「食べさせ過ぎですよ」
「だって面白かったんだもーん」
「つい食べちゃったよ!」

 意識を取り戻した灰原は頭を掻きながら笑っている。彼はなにかを思い出したように口を開く。

「烏さん呼んでないってどういうこと?」
「そのままだけど、烏は自分で来たんだと思うよ」
「僵尸にも意思が?」

 俺は七海のプリンをつまみ食いしながら話し出した。
 僵尸には基本的に意思はない。そこに宿るのは死者の怨念で、魂ではないのだから。ただ、時たまその肉体に宿っていた魂の残穢が顔を出すものがあると書物に載っていたのを覚えている。烏はどうやらそのタイプ。要するに書物にしか載っていない珍しい個体という事なのである。
 その話をすると2人ともぽかんと口を開けていたのでとりあえずプリンを突っ込んでおいた。

「え、じゃあ、烏さんってめっちゃすごい人!?」
「センパイたちにも嫌われてるし、すごい人だったと思う」
「そこですか」
「うん!」

 俺が頷くと七海は呆れたようにため息をこぼしていた。その様を横目に立ち上がり、完食した七海のプリンと空いたプリンの空のカップを重ね、ゴミ箱の中に投げ捨てた。これで証拠隠滅。怒られる心配はない。
 あ、そうだ。言っていないことがあったんだ。

「七海、灰原」

 俺の声に2人はこちらを見つめ、視線が集まる。

「うちのゴタゴタに巻き込んじゃって、ごめんね」

 俺はゆらりと手を振り「おやすみ」と2人に告げた。
 薄暗い廊下を1人で歩いていった。



 薄暗い廊下の奥に立っていたのは見知った黒い男。俺は彼の前まで立つとゆっくり口角を上げる。彼は何かを察したように俺のことを持ち上げ、小さな子どもを抱えるように自身の腕に乗せた。俺はパサついた彼の黒い髪に顔を埋めた。

「謝謝」

 彼は頷くことなく真っ直ぐ足を進めるだけだった。彼の冷たい体温が蒸し暑い夜に丁度よく、疲れた俺の身体はすぐに夢の中へと誘った。

 その後交流会は個人戦も東京校が勝利し、今年の勝者も東京校だった。
 兄さんはてっきり実家に帰るものかと思っていたが、「貴様に負けたという汚点を背負って帰るわけにはいかない。首を洗って待っていろ」とかなんとか言い残す帰って行った。兄さんは最初から最後まで謎。

 こうして俺の初めての交流会は終わったのだ。

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