05

 それから時は流れ、数日後。俺たちは京都校の人たちのお迎えにあがった。俺らの中で唯一灰原だけが、何故か旅行用のバックをにかけている。

「今から京都に行くんだよね!修学旅行以来だから楽しみだよ」

 ウキウキ、わくわく。
 そんな音が聞こえるくらい楽しそうに明るく彼は告げる。その言葉に俺と七海が顔を合わせたのも悪くないことだろう。そして、七海は俺にそっと耳打ちをする。

「なんで灰原に言ってないんですか」
「え、だって普通にウチでやるの知ってると思ってたんだもん」
「どうするんですか」

 俺らは顔を見合わせは灰原の方をみた。灰原はそんな俺らのことなんてつゆ知らず不思議そうに頭をかしげているばかりだ。それよりも手に持っている付箋の貼られた京都のガイドブックに目がいって仕方がない。

「どうしたの?二人とも。あ、二人はどこか行きたいところある?あだ名は京都にいったことあるの?」
「え、俺??俺はないかな…」
「…あの、灰原」

 七海よ其方が勇者か。貴方が神か。
 七海が訂正をしようとした時、小馬鹿にしたような五条センパイの声が聞こえた。

「まさか、京都行くと思ってんの?去年、俺が勝ったから今年はウチでやるに決まってんだろ」
「え」

 ぱさりと手から雑誌が落ちる。そして、真ん丸な大きな瞳と下がった眉。俺らは再び顔を見合わせた。

「いけないの…?」
「い、行けますよ。ね、名前」
「も、もちろんだよ!3人で遊びに行こうぜ。俺、金閣寺とか見に行きたいな!!ね、七海!?」
「そうですね、私も行きたい所がありますし」

 俺らは気落ちした灰原を宥めようと落ちた雑誌を拾い上げて付箋の貼られたページを捲る。そこからは灰原がどれだけ楽しみにしていたのかということが伺える。助けを求めるように七海を見やると彼もどうやら同じ気持ちらしい。
 そんな俺らをよそに笑い声が聞こえた。

「もう、2人とも焦りすぎ!気にしてないか、大丈夫だよ」
「で、でも…」
「大丈夫だから。今度、3人で一緒に旅行に行こうよ!ね」

 灰原に優しく頭を撫でられるのを甘受する。ふわふわと優しく丁寧に撫でられ、今度は俺の眉が下がったのがわかる。俺にできることは力なく頷くことだけだった。

「えらいぎょうさんでお出迎えに来てくれはったみたいやん。そんなに自分らが負ける奴らの顔がみたかったん?」
「てめぇらの吠え面拝みに来てやったんだよ、感謝しろよ」

 現れたのは猿山の大将さん御一向。右から左、前から後ろまで総じて性格が悪そう。流石、あの兄さんが選んだ学校である。それにしても俺は不思議なことがあった。隣にいた七海の服の裾を引っ張る。

「七海、七海。ギョウサンってなに??」
「関西弁でいっぱいとか大勢って意味ですよ」
「へぇ、じゃあ向こうはギョウサンで負けに来たってこと?」
「言葉を選びなさい」

 俺がそういうと向こうにも聞こえていたのか、猿山の大将さんが青筋を立てていた。とりあえず、俺は五条センパイを見習って舌を出し顔芸を披露してあげた。すぐに夏油センパイに「お行儀が悪いよ」と諭された。五条センパイはいいのに俺がダメなのが不思議で仕方がない。夏油センパイは俺のお母さんなのですか。
 向こうの面々で知っている顔は猿山の大将さんと兄さん以外にはいなかったが、ほぼ全員が俺らに敵意をむき出しにしているという感覚。嫌な予感というよりも面倒なことになりそうだという予感のほうが強かった。そして、何かにまさぐられているようなそんな感覚。全員が全員兄さんに手を貸すわけではない。あの人たちは人の悪いところ、薄暗いところ、汚いところ、弱いところを見つけるのが上手いのだ。そんなことに才能を使うくらいなら、人のいいところや才能を見つければもっと我が一門も繁栄するだろうに。なぜそんなに足の引っ張り合いが好きなのか。俺にはよくわからなかった。
 ちらりと兄さんと目が合い、挨拶をするも華麗に無視を決め込まれた。兄さんから黒く嫌な気配を感じたような気がしたが、すぐになくなる。俺の気のせいなのかもしれない。いや、気のせいだといい。

 東京、京都との西と東の威信を掛けた交流戦が始まった。


 交流会は2日間執り行わられ、団体戦と個人戦に分かれて戦うらしい。今日は団体戦。高専内にある森に解き放たれた二級呪霊を祓ったほうの勝ちという簡単な勝負。本当に俺らでは手が負えないことがあったら先達が助けてくれるらしいが、センパイたちがいる限りそうはならないだろう。それに俺もいる。問題は呪霊以外にもあるのだが。
 ちなみに、殺さなけば相手校の人間に術式を使っても問題がないということになっている。つまりは殺し以外ならなんでもありということなのだ。それが問題なのだけれど。


 俺は森の中にある木の上で枝に腰を降し、笛で頭をかいた。そろそろ俺のお目当ての人がやってくるだろう。ほかの呪霊や生徒たちの相手は俺の式を付けているし、他の皆んなが何とかしてくれるだろう。
 耳をすませば聞こえてくる。草木の楽しそうな音に、風の嬉しそうな歌。動物たちの話し声。この場にはに使わない陽気な音楽。その音に合わせるように横笛にそっと口づけた。俺から鳴るのはこの涼やかな音色。美しく、軽やかな音色。それを終わらせるように風が俺のほほをかすめた。

好!きっと来ると思ってたよ」
「ふん」
「挨拶は大事なんだよ、銹紅(シューホン)兄さん」

 俺は枝の上に立ち下を見下ろした。相変わらずしかめっ面の兄さんは口元を扇で隠している。そして、ふわりとそれを振るうと風が舞い俺の乗っていた枝が切り落とされた。落とされる直前に枝を蹴り上げ別の枝に乗り移る。軽やかなステップを踏み、別の枝に移るも次々に落とされていく。

「チッ」
「舌打ちしちゃ駄目だよ」
「うるさい!」
「おっと」

 次々と木の枝が伐採されていく。全く兄さんは何を考えているのだか。さっきから俺と会話をする気が全くないようだ。元々、ないみたいだったけれど。今日はいつも以上だ。

「貴様もなにかしたらどうなんだ。…あれか?貴様みたいな痴れ者が出来るようなことはなにもないと?」
「そんなことがあるわけないじゃん?兄さんも一番よく知ってる癖に」

 俺は横笛に口をつける。奏でるはこの場に似合わない美しく、明るい音。今日の森の雰囲気に合わせた音色である。俺は兄さんの攻撃を避けながら音を奏で続ける。兄さんの風を切り音と合わせてまるでワルツを踊っているような気分になる。足取り軽やかにこの森の中を縦横無尽に舞い踊る。途中で呪霊の頭を踏みつけたが気のせいだろう。それにもうすぐである。地面が揺れて何かが近寄る音がする。
 俺たちの術式【怨念操術】。この地に埋まった死者の肉体を操り、蘇らせる。僵尸とは異なる簡易なものだ。俺の音に合わせ地面の中から現れるのは骨。中には甲冑を身に着けたものも中にはいる。どこの国でも戦はある。勿論、その土地で亡くなったものたちはもちろん存在しないわけがない。俺が今操っているのはそれらの怨念である。

「さてと、ここからが本番だ」

 俺が笛から口を話し笑った。俺の周りには数10体のゾンビ、ではなく人骨。

「あぁ、待っていたぞ」

 なぜか兄さんも笑ったように見えたが、すぐに口元を扇で隠してしまった。
 俺は再び笛を鳴らす。するとその音に呼応するように骨たちも動き出す。兄さんも動きに合わせるように扇を振るった。何体か骨が散ったが関係ない。この地でなくなった歴戦の猛者たちはこの程度じゃいなくならないのだから。
 骨が音に合わせてまるで踊るように攻撃を繰り広げていく。俺は高みの見物である。兄さんが薙ぎ払ったところで関係はない。

「ほらほら、もっと頑張れ」
「ふんっ、そう粋がっていられるのも今のうちだ」
「いよっと!」

 兄さんの風をよけると華麗に着地を決める。兄さんは風の向き、そして角度すべてを変え俺に襲いかかってくる。ただそれだけでは俺には勝てない。勝てないのは知っているだろう。あとは何を仕掛けてくるのか。これだけではないだろう。
 俺がそんなことを考えながら枝を渡り、森の中を飛び回り、音を奏でている。
 そんな時、俺がつけた式が消える気配。この式は灰原のもの。そう簡単に消せるはずはないのになぜ。
 その時、一瞬気が緩んだのか頬を風の刃が掠めた。俺の眼前で得意気に笑う兄さんの顔が見えた。この程度問題ない。怨念が乗った風なんて自分のモノにできてしまうのだから。傷口を指でなぞった。
 仰け反りながら枝に飛び移った。灰原ならきっと大丈夫。アイツはそう簡単に負けるような男ではないことはこの俺が一番よく知っているのだ。問題は彼の術式のほうなのだが、恐らく七海か家入センパイが傍にいるはずだ。俺と五条センパイ以外は今回ツーマンセルかスリーマンセルで動いているのだから。どっちがどっちについていたのかを忘れたとかそういうことはないのだ。ちょっと戦闘に集中しているだけ。

「どうかしたか?」
「いんや。なんにもないよ」

 俺は挑発をするように手の甲を見せ手招きをしてみせた。兄さんは再び青筋を立てるのも気にせずに骨を動かした。その攻撃は兄さんにあたると思っていた。しかし、それは当たることなく地面から現れた大きく黒く、そして無数の目玉が多くある魚のような怪物が、大きな口を開け骨たちを丸のみした。丸のみされた瞬間に俺とつながっていた糸がすべて切れたのを感じる。そう、俺が操っていた骨たちは文字通り飲み込まれたのである。骨も糸も全て。そして、これは怨念ではない。呪霊。この森に放たれた2級ではなく、1級の。
 この森に既に仕込んでいたのか。そもそも怨念ではなく、呪霊を操るのは容易ではない。そんな術式がない限りは難しいのだ。しかも、このクラスの。これを使えるのは夏油センパイくらいしか知らない。まさか、いるのか。京都にも同じものを使う人間が。ただあれはかなり珍しいと言っていたのだが。
 兄さんは得意げに呪霊の上に降り立ち笑う。その瞬間胸元が黒く輝いて見えた。

「ふん、どうした?そんな顔をして。これがそんなに珍しいか?」
「…兄さんが連れて歩くには見合ってないんじゃない?」
「無駄口を叩く暇があるのなら、コレをどうにかしたらどうだ。は、そうか。まだ2級どまりの貴様には難しかったか」
「俺の実力知ってるの一番は兄さんじゃないの?」

 俺はそういいながら人差し指と中指を揃え、くいっとこちらに引っ張る。引っ張られて飛んできたのは剣。呪具【叢雲】である。俺が保管庫の奥で封印されていたのをルービックキューブを解く感覚で遊んでいたらついうっかり封印を解いてしまったものだ。封印を解いたときは先生や先輩、同級生に至るまで正座をさせられ怒られたのは苦い思い出。
 剣を縦横無尽に操りながら黒い魚への攻撃を繰り返す。正直、人骨たちだけではこの呪霊は打ち祓えないだろう。烏は呼びたくない。この【叢雲】ならいけるだろう。なんせ宝剣と呼ばれていた代物だからな。ある程度指示を出せばそれ通りに行ってくれる。長年あったことから自我が生まれたのかもしれない。
 しかし、いくら切っても切っても呪霊に傷がつくことはない。この程度の呪霊から攻撃は効く筈なのだ。構える手に力が篭る。手繰り寄せた剣を手に収める。じんわりと手に汗が滲む。
 地面を強く踏み、高く蹴り飛び上がる。宙を蹴るように勢いをつけ、呪霊の弱点っぽい眼玉の一つに斬りつける何かに阻まれるように弾け飛ばされる。

「何したんだよ」
「これだけだと思うなよ、名前!」

 兄さんはぎゅっと胸元を握りしめる。その瞬間、黒いもや、否、怨念の塊が溢れ出る。思わず、その場から逃げ去るように呪霊を足場にして飛び上がり、見下ろせる位置にある木の枝に飛び乗った。
 怨念の塊はまるで鼓動を打つようにどくんどくんと動き、広がっていく。

――あれは、ヤバいやつだ。

 本能がそれを告げる。呪霊に傷がつかない正体はあの呪具だ。しかし、あんなモノは兄さんが持っているわけでも、実家の宝物庫でも見たことがない。

 どくんどくん。
 俺の心臓が鳴る。
 それに呼応するように呪霊も巨大化していく。

 兄さんから呪具を奪い、破壊する。それしかないだろう。しかし、兄さんの術式で近寄っても風に飛ばされてしまう可能性があるのは確かだった。
 近距離で殴るには剣では真っ二つにしてしまうか脳がある。夏油センパイから游雲でも借りてくればよかったと少し反省。ただ、アレはカンフーごっこする為に借りて頭を打って、たんこぶを作ってから貸してくれなくなったんだよな。ひどい。

 現実逃避もそこまでにしよう。
 ゆっくり瞼を閉ざし、呼吸を整える。
 このタイプの呪霊が一匹とは限らないのもまた恐ろしい。

ーー大丈夫、皆んなはちゃんと強いから。

 そう言い聞かせ、ゆっくり、ゆっくりと瞼を開ける。瞼を開けば、意識がクリアになるような気がする。剣を腰に差し、笛を構えた。

「そんなもので私に抵抗する気か」
「勿論。そのつもり」

 俺はにんまり笑った。
 意識を研ぎ澄まし、森の声に耳を澄ませる。聞かせてあげよう。楽しい音楽会を始めよう。

 笛に優しく口づけを。奏でる音は大胆に。ステップは軽やかに。そして、音色に想いを込める。土が音に合わせて呼応する。土がぼこり、ぼこりと盛り上がる。
 現れたのは日本という土地に眠る兵共達。先ほどまでの骨達と違い、これらは人の肉体を持っている。俺の呪力を用いて無理矢理肉付けをしたのだ。正直脆い部分もあるがこの地漂う怨念の力も上乗せした。彼等は呪霊を撹乱させ、兄さんを攻撃する。兄さんは薙ぎ払うかのように風を鳴らす。その音すらも俺のものにしてあげよう。風に乗せられた怨念を足場に俺は飛び跳ねる。宙を軽やかに舞う舞姫の如く。

「ッチ、羽虫のように飛び跳て鬱陶しい!」

 兄さんが大きくその扇を振るう。大振りになったその瞬間。俺は一歩を大きく踏み出した。風で少し頬を掠めたが痛くも痒くもない。兄さんと鼻が触れ合う程近くなる。そして、笛から片手を離し、その胸元に手を伸ばし奪い取ろうと、捕まえた。捕まえられたとそう思ったのだ。
 しかし、笑っているのは兄さんだった。兄さんは俺の手首を掴み有り得ない力で放り投げる。受け身を取ることもままならず、そのまま木へ激突し脳が激しく揺さぶられた。

「勝ったとでも思ったか?間抜けが!」
「……ほんっと、化け物じみたモノだ」

 揺さぶられた頭を押さえ、木に背中を預けながらゆっくりと足に力を込め立ち上がる。下から見上げる兄の顔はよく見えなかった。

「兄さんはさぁ、そんなチカラを手に入れて何になりたいの」
「ふん、そんなの愚問だ。私は、貴様を殺し、苗字家当主になるのだ!その為に、母上は私にこの力を授けた」

 そう言いながら扇で口元を隠し、胸元を握りしめる。頭の揺れも収まってきた。

「当主になるってナニしたいの。当主って才能だけでは、なれないんだ」
「何を世迷言を!我が苗字家は才能さえ、力さえあればどんなものでも上に上り詰められる!!そうだろう!?苗字名前!!」
「そうだけど、それだけじゃ、なれないんだよ。銹紅(シューホン)兄さん」

 俺は再び地面を蹴りあげ、飛び上がった。笛を奏で、怨念を操るも全て跳ね返される。段々と兵士達の動きも悪くなっている気がする。

「どうした?動きが鈍くなってるぞ」
「気のせいじゃない?」
「無駄口を叩ける暇があるほど余裕ということか」

 呪霊の上で飛び跳ね、足を大きく一歩を踏み出し再び近づけたと思ったが、すぐに兄さんの風に阻まれて吹き飛ばされてしまう。くるりと空中で宙返りをし、枝の上に着地する。顔は見えないが、鼻で笑われたような気がしたが気にしない。俺はゆっくりと口角を上げ、懐から取り出したものをくるりくるりと振り回した。

「これ、なーんだ」
「貴様っ!いつの間に!」

 黒くドロドロとした呪いを纏った呪具を見つめ、眼を細める。兄さんに一番初めに近付いたタイミングでサクッと奪ってきたのだ。五条センパイに悪戯しているおかげか最近、随分手グセが悪くなっている。まさか役に立つなんて思ってもみなかった。それにしてもこの呪具は奪ってからも数分間はその呪いの効果を発するものらしい。本当に厄介すぎる代物。
 手の中で弄びながら俺はそれを地面にたたきつけ、足元に呪力を集めながら駄目押しとでも言うように枝から飛び降り踏み付けた。足の下で何かが割れる音と、兄さんの悲痛な叫び声が聞こえる。

「貴様ァ!それは、母上が私にくれた大切なものだぞ!!貴様なんぞが、触れて、破壊して、いいものではない!やれ!!!」

 その号令と共に今まであの呪具によって抑えられていた呪霊が暴れだし、右腹横を呪霊の尾っぽで殴られ、飛ばされる。そして、さらに追い討ちをかけるように兄さんが扇を振るい、俺に衝撃をたえる。それにより木が数本折られ、脇腹も何本かヒビが入いり顔を顰める。頭も打ったのか温かい血が俺の頬に触れ流れているのがわかる。結紐が切れてしまい、視界のほとんどが髪に覆い尽くされた。長く量の多い髪は結んだり止めないと鬱陶しいのにそれを払い除けるのも俺の目の前には見慣れない靴。顔をあげるとそこには兄さんの顔がやっと見えた。

「無様だな、苗字名前。母上の物に触れるからこうなるのだ。この痴れ者が調子にのるからこうなるのだ。」
「……」
「それ、なのに、貴様は元々弱い上に、妾の子の癖に、痴れ者の癖に、なぜなぜ、貴様が…」

 俺はぼんやりと見上げる。血が滲むほど握られた手が握られている。そして、俺の朧げな瞳と目があった。なんだかんだで銹紅(シューホン)兄さんと初めて目があったような気がする。
 兄さんは懐から短剣を取り出し、鞘を放り投げる。落ち葉がざくりと音を鳴らす。

「貴様さえいなければ、私が当主になれたんだ!!母上が私は天才だと言った!門下生達も私が次期当主に相応しいと。兄上達もだ!なのに、なのにお父上が貴様を当主にすると…!」

 馬鹿らしいうわ言に思わず鼻で笑ってしまう。

「何を笑ってるんだ…!母上は私を当主にしてくれると、だが、貴様さえ、貴様さえ」
「アレに頼らなくても、兄さんはなれない。あんなのに頼って当主になってもただむなしいだけだ。嘘で着飾った人生なんて、つまらない」
「うるさい!貴様に一体なにが分かるというのだ!なにも持たずに生まれた貴様とこの、私は違うんだ!!」
「兄さんはつまらない人間になったんだな。本当、見損なった」

 めを丸く見開き顔を歪める。短剣を握る手に力が籠っているが分かる。

「貴様に認められなくても、私は、私は!貴様を殺し当主にのし上るのだ!」
「誰かに認められなくても、殺してのしあがっても、それで本当になったと言えるのか?兄さんは結局誰かに認めてもらいたいだけんじゃないか。それに、俺を巻き込むな」
「うるさい、うるさい、うるさい!!」

 抑えきれなくなったのか兄さんは短剣を両手で握り頭上にを構え、俺に振り下ろそうとしてくる。俺の眼前に当たる寸前でガツンという物音と共になその短剣は俺の真横を掠め、地面に突き刺さった。ゆっくりとスローモションに見えるほどゆっくりと兄さんが倒れてきた。やはりアレに呪力を吸いとられ衰弱している。
 兄さんの話の間に血が抜けていき、だんだんと頭がスッとした。その間に叢雲を呼び寄せ、その堅い柄で殴って気絶させたのだ。
 チープすぎる逆恨み。自分が当主になりたいなんてみんなが思っているよ。門下生の誰もがそのチャンスを狙っている。誰よりも優秀に誰よりも強く。そうありたいと。そうあったものが当主の座に長く。永遠に座ることができると言われている。その栄光を誰もが欲しがっているのだ。
 あんな呪具を使ったとしてもあの座につくことなんて出来ないのに、兄さんも夫人も一体なにを考えているのか。

 遠くから爆音が聞こえ、みんなも戦っているのだとわかる。さてと俺の目の前のモノも祓ってしまおう。兄さんは骨達に拘束させておく。
 木の上に立ち呪霊を見下ろす。呪霊は先程の場所から移動していたが、泥のような呪いを跡として残していたのでわかりやすい。呪霊の周りにいた兵士達は泥のように溶けて、土に戻っているのが分かった。
 俺は瞼を閉ざし、大きく息を吸い、深く吐き出す。呼吸が整うのを感じると、ゆっくり瞼を開いた。目の奥が熱くなり、反対に体は芯から冷えていく。

 足元から頭上へと気を流していく。さらに辺りを漂う怨念を取り込み、自身の力へと変えていく。ぼわり。黒いもやのようなものが右手に集まる。それを流すように押し出すように呪霊の方へと向かわせた。その黒いもやは呪霊に近づき呪霊の動きを封じていく。動きが止まった頃を見晴らい俺は右手と左手の手のひらを合わせた。

「封!」

 その一言で黒いモヤ、怨念の集まりは段々と呪霊は包み、球体状に変形していく。呻き声が聞こえるような気がするもそれは段々と小さく、小さく大きさを変貌する。ギュッと手を握りしめるとそれはぷちりという小気味の良い音がし、閉ざされた手のひらを開くと連動しているかのように小さい黒い球は砂のようにふわりふわりと天高く昇っていく。
 それをぼんやりと空から見上げると段々と瞼が重くなる。身体を支えるように木の幹に手をつくも、うっかり手が滑り身体は宙に放り出された。この高さなら大丈夫だろう。そう思い瞼を閉ざした。
 落ちた時、柔らかい何かにぶつかったような気がした。

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