- ナノ -

「先生……、その、愛する人に差し上げる貢ぎ物は、例えばどういったものが適切なのでしょうか」

 問われた相手、神宮寺寂雷は困惑した。
 目の前にいる人物は―ここは診察室なのだから当然とも言えるのだが―自分の患者であると同時に、信頼できる仲間の一人だ。
 ただ、カウンセリングが目的ならば2回目以降は臨床心理士の役目であるし、テリトリーバトルの打ち合わせならば診察時間外にいつでも応じるつもりなのだが……まさか恋の悩み相談とは。

 しかし、自分を信頼しているからこそ、こうして彼はここにいるわけで。無下にすることも出来ない寂雷は、温和な声で独歩に訊ねた。

「大切な人にプレゼントをしたい、ということかな?」
「あ、はい……そういうことになります、かね……」
「……そうですね……月並みですが、花などはいかがでしょうか? 視覚的に癒やされますし、何よりも生ものなので、場所を取らなくて良いのではないかと」
「な、なるほど……!」

 メモメモ、とスーツの胸ポケットから取り出した手帳に、独歩が物凄いスピードで書き込んでいく。「スタンドフラワー」「風船つける」という文字を二度見した寂雷は、動揺を隠すために咳払いした。まさか開店祝いかのごとく、相手宅の玄関にでも置くつもりなのか。
 贈られる相手を慮った寂雷は、冷静に次の案を出すことにした。

「後は、お互いの関係性にもよりますが……もし相手の好みを君が熟知しているなら、アクセサリーもいいかもしれませんね」
「相手の……好み……」

 独歩は神妙に頷いたあと、しばらくブツブツと独り言を呟いた。
 そして何かが舞い降りてきたのか、真剣な表情で再び手帳とペンを走らせる。「チェーン付きの首輪」という単語が大きく書かれているのを見てとり、焦った寂雷は独歩に訊ねた。

「独歩くん、大丈夫ですか?」
「え、あ……あまりこういった経験がなくてつい……は、はは。それに、あの人がミジンコの僕と対等になってしまうのは申し訳ないので……視覚的にも本来のヒエラルキーを明確にするために、僕が首輪を嵌めて、そこから鎖で繋いであの人に持っていただ」
「独歩くん、話を遮って申し訳ないのだけど、少し落ち着きなさい」

 いつもと違う危うさを察知した寂雷は、強く制止をかけた。
 患者として来院する時の独歩は、仕事に疲れ果て、世の全てに絶望したような目をしているのが常だった。彼は精神力を使う営業の仕事を数年続けている上、彼の性格からして、通常より精神的ダメージが蓄積することは想像に難くない。
 それが今は独占欲に呑まれたかの如く、暗い光を宿した瞳をしているではないか。
 非常に危険な状態だ――独歩自身よりも、想われる相手が。

「独歩くん、よく聞いてください。……愛し合うというのは一方通行では決して成立し得ない行為です。序列も何もない対等な立場だからこそ、お互いが相手を思いやることができるのですから」
「せ、先生……」

 ぱぁぁ……と明るくなった独歩の表情に、どうやら理解してくれたようだと判断した寂雷は胸を撫で下ろした。
 ちらりと腕時計を見た独歩は、「次の診察がありますよね。時間を取らせてしまいすみません」と言いながら立ち上がり、ビジネスバッグを抱えて頭を下げた。

「先生、おかげさまで……僕の気持ちが固まりました。結婚指輪にします!」

 理解出来ている様子ではないな。
 寂雷は最後まで、漠然とした不安を拭い去ることが出来なかった。

prev |top| next