カミサマと再会したのは数ヶ月後、独歩がN駅の取引先を訪問した帰り道だった。
取引先からは無理難題な予算額をふっかけられ、「社内に持ち帰り検討しますので……」という呪文を幾度と唱え続け、数時間を経てようやく解放されたのだ。
途方に暮れてノロノロと歩いていると、遊具も置かれていない小さな公園が目についた。独歩は誘われるようにゲートを抜けて、近くのベンチに腰を下ろした。
「ああ……ハゲ課長になんて報告すれば……俺の交渉能力が無いからクソ案件が二乗にも三乗にも積み重なって、無駄な残業をするはめになるんだ……会社に帰りたくない、いや、そもそも行きたくもない……」
ネガティブな言葉を口に出すと自分が縛られてしまいますよ、と信頼している主治医の言葉が脳裏に浮かぶ。それでも直らないのは仕方がない、幼少時からこの調子なのだから。
段々と頭痛が酷くなり、独歩は呻きながら頭を抱える。まずい、悪いパターンに入ってしまったようだ。
その時、ざ、と人が通り過ぎる気配がして、独歩は声を出すのをぐっと堪える。
不審者として通報されないかヒヤヒヤしつつも、ふと、視界の端で捉えたスーツに見覚えがあったので、視線をちらりと横に移した。
隣のベンチで缶コーヒーを飲み下しているのは、ずっと探していたカミサマその人だった。
(え、ど、……どうして今なんだ!?)
運命的な再会を期待していたというのに、何故こんな時に限って―いや、こんな時だからこそ、カミサマは現れるのだろうか。
どす黒い感情も一気に吹き飛んだ独歩は、この状況をどう上手く利用するかに全神経を集中させる。身体中が心臓の鼓動と一体になったみたいに震えだして、ちらちらと男性、もといカミサマに変質者の如く視線を注ぐ。……元々変質者疑惑から助けてもらったというのに、本末転倒な気もするが。
(好きです、って初対面で言うのは……さすがにヤバイよな。友達になってくださいは……なろうとしてなるものじゃないし。あああ、どうすればいいんだ、俺……!)
言いたいことは沢山あるはずなのに、声が出てこない。不自然に咳払いもしてみたが、一向にカミサマは気づかなかった。
ああ、これが一二三だったら馴れ馴れしく隣に座って、気安くボディタッチしたり、電話番号をゲットしたりするのだろうか……と考えたところで、独歩は理不尽にも怒りを抱いた。一二三はあとで小突くとして。
(でも、この機会を逃したら次いつ会えるか分からない……よ、よし……!)
「あ、あの!」
「はい、名前です。え? あー……ごめん、今外だから聞こえづらいな」
カミサマはそのまま立ち上がって、口をはくはくとさせている独歩を無情にも横切っていく。独歩は思わず手を伸ばしたが、カミサマはすでに背を向けていたため、気づくことなく公園から出て行った。
この日も話しかけることは結局叶わなかったが、一番の収穫があった。
嬉しさのあまり、人目も憚らず身悶える。
「……な、名前がわかってしまった……はは、ははは……!」
笑いまで零れ出て、慌てて独歩は口を手で押さえた。再会を焦がれていた男の名前が分かったことで、先程まで抱いていたネガティブな感情が、今は凪いだ海のように落ち着いていた。
名前の素性が分かるのも時間の問題だと、独歩は心の内で名前の名を叫び続けた。
そうして、様々な感情が入り交じった涙を流して帰社した独歩が、待ち構えていた課長に雷を落とされたのは言うまでもない。
prev |top| next