- ナノ -



「俺が送り狼だったらどうするんだよ……って、そんな役は回ってこなそうだな」

なまえの部屋に煌々と明かりがついていることに、内藤は小さく舌打ちした。妹分のように可愛がっていたなまえを泣かせるとは、一発二発食らわせなければ気が済まない。
タクシーの支払いを済ませた後、内藤はなまえの腕を自分の肩に引っかけた。彼女がこれ程までに深酒したのは初めてではなかろうか、やはり五発程は行っておくかとアパートの階段を軋ませた。
ドアノブを回す音をわざと大きめに立てると、数秒もかからないうちに開錠の音がした。そして、姿を現した長身の男が鋭い眼光でぎらりと内藤を睨みつける。

「……誰だァ?お前」
「まずは自分から名乗るのが筋だろ、兄さん」

予期せぬ第三者に夕神は奥歯を噛み締めたが、やがて吐き捨てるように自身の名前を告げた。内藤と名乗った男に抱えられている女を一刻も早く引き剥がすため、玄関から一歩外へ出た。
その瞬間、内藤の身体は大きく捻れて、強烈な上段回し蹴りが空気を切り裂く。瞬時に夕神は上半身を仰け反らせ、一分の隙もない動作で右足を受け止めた。舞い上がった枯葉が再び、地面に虚しく潜んだ。

「手間取らせたなァ。後は任せろ」
「……チッ」

やはり只者ではなかったようだと二度目の舌打ちをして、内藤は足を地に降ろした。なおも微睡むなまえを半ば呆れた目で見つめつつも、起こさないように夕神へ引き渡した。

「お前達の出会いは偶然か?」
「……ヘッ、そらァ無粋な質問だなァ」

想像に任せるとばかりに、夕神はニヤリと笑ってドアを閉じた。ただの一度も、内藤から視線を外すことなく。

◇◇◇

「……おいなまえ、さっきの男は誰だ。説明しろ」
「んー……あれ、どうしてユガミさんが……」

酩酊状態のなまえに、容赦なく夕神は詰問する。両肩を揺さぶられて、ようやく顔を上げたなまえの表情に、夕神は面食らった。なまえは酔いの潤んだ目で、恨めしげに夕神を睨んでいたのだ。

「からあげ」
「あァ!?」
「さっきのからあげ、ユガミさんが作ってくれたやつの方がずっとおいしかった!この前だってせっかくシチュー作ったのに、ユガミさん帰ってこないし、食べきるのすっごく大変だった!」
「な、……お、俺に?」
「他に誰がいるんですか!」

今まで思い悩んでいたこと全てがどうでもよくなったなまえは無敵だった。珍しく狼狽える夕神に内心清々しながら、洪水のように言葉が溢れ出てくる。

「ユガミさんみたいに和菓子とかケーキも上手く作れないし、飾り切りも、せっかく教えてもらったのに、で、出来なくなっちゃっ、た」
「なまえ……」
「お礼もちゃんと言えてなかったのに、突然ユガミさんがいなくなって、……寂しかった」
「ぐッッッ」

思わず夕神は口元を抑える。何という破壊力だ。彼女の追及のような駄々捏ねで既に怒りは収まっていたものの、彼女にとって自分は必要な存在であったという自白に、病みつきになりそうな程の精神的快感を覚えた。

「ユガミさん、いかないで」
「……どういう風の吹き回しかねェ」

食べ頃になるまで根気強く待っていた甲斐があった。夕神は徐々になまえを押し倒し、今まで隠していた熱を込めてなまえの顔をじっと見つめる。
押し倒されたことに暫し呆然としていたなまえは、射抜くような捕食者の視線に抗えなくなったのか、ゆっくりと目を閉じた。

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