- ナノ -



「そういえば、お酒系のお菓子が最近多くないですか?ラム酒のパンケーキとか、ワインゼリーとか」
「……そうかァ?お前さんの気のせいだろ」

迅さんがいる生活に戻ってから、今まで以上に二人で料理する頻度が増えた。
今日のおやつはブランデーチョコレートケーキで、早速チョコレートを湯煎にかけたところだ。
私がバターを切り分けている間、迅さんは他の材料を量り、ハンドミキサーで生クリームを手際よく泡立てる。迅さんの食べたいお菓子を聞いてみたらお酒を使ったものばかりで、先日お酒で失敗した私への意地悪に違いないと思った。

あの夜の記憶は酔いが覚めたら綺麗さっぱり忘れて……なんて都合の良い展開はなく、大体覚えていた私は翌朝一番にベッドの上で謝った。
迅さんが失踪したのはなんてことない理由で、お仕事関係での出張だったらしい。
書き置き一つ残さなかったのが悪かったから気にすンな、と迅さんは許してくれたけれど、なおも自己嫌悪で落ち込む私に、ごつごつとした手で頭を撫でてくれた。

そのまま迅さんに寄りかかると、重いとか失礼なことを言いつつも最終的にはべたべたに甘やかしてくれるので、照れ隠しだってことも今の私は知っている。
迅さんはぐいぐい踏み込んでくる割に自分のテリトリーには踏み込ませようとしないタイプだと思っていただけに、何故か感慨深いものがあった。
ただ、以前よりも身体的な距離が近くなっていることへの違和感には、未だに慣れないでいるけれど。

「……迅さんはこれから、忙しくなりますよね」
「時期によっちゃそうなるなァ。夜通し缶詰ってのも、気が滅入るモンだが……寂しいかい?」

くくっ、と意地の悪い笑みを浮かべられても、私は頷くしかなかった。迅さんの言うことは図星だったから。
激務な仕事であるだけに、執務室に寝泊まりすることもこれから増えてくるのは分かっていたけれど、あの時味わった焦燥に耐えられるのかが今の悩みだった。

仕事の邪魔にはなりたくないし、でも会えなくなるのは辛いし、最善の方法は一つしかないように思えるのだった。

「迅さん、私の通い妻になってもらえませんか。週7日くらいで」
「!……ヘェ。それは、逆プロポーズと捉えてもイイのかい」

ハンドミキサーにくっついた生クリームを指で掬い取っては私の口に放り込んでいた迅さんに、そのまま唇を奪われた。

精神的な距離の近さに安心感を覚えて依存しているのは、もしかしたら私の方だったのかもしれない。
でも迅さんに話したら、きっとまた意地悪く笑われるんだろうな。