6.こうもりおとこと星のひと@
不吉な程に赤い空と太陽。黒いもやのような影が、そこら中にゆらゆらと立ちこめている。
割と早い段階で、ここは夢の中なのだと気がついた。なぜなら私の世界は、あの部屋で完結しているはずだから……その事実だけは、私の奥底まで深く根付いているらしい。
荒廃した黄土色の平地をざり、と踏みしめたその時、赤い物体が私を追い越していった。後ろを振り向いたけれど、誰かがいるような気配は感じなかった。
視線を赤い物体の方向へ戻すと、慣性の法則に逆らって、転がるスピードが徐々に速くなっていた。豆粒ほどの大きさになったそれを、何故か見失ってはいけないと必死で追いかけた。
でも、走れども走れども、私と物体の距離は縮まらない。
やがて、物体の速度が落ちる頃には、大きな枯れ木の下に私は立っていた。息が上がって呼吸をするのも辛い。木に寄りかかって一息ついてから、私は追いかけていたものを拾い上げた。赤い物体の正体は、一玉の林檎だった。
「ごきげんよう、なまえ」
ひ、と喉から悲鳴が小さく漏れた。今まで誰の気配もしなかったし、障害物も見当たらないほどの寂しい場所だというのに、どこから現れたのだろう。
「私めは、こうもりおとこと申します。以後お見知りおきを」
「……どうせあなたも、マスターの味方でしょう?」
あの部屋に縛り付けられている限り、私の味方などいない。走り疲れてへとへとだったこともあり、私は投げやりな言葉をかけてしまった。けれども、こうもりおとこは全く気にした様子もなく、薄く笑いを浮かべたままだった。
「貴女様は一つ、重大な誤解をされているようだ。周りに一人も味方がいないと思っておられるのでは?」
「違うんですか?」
「はは。見かけによらず、せっかちな御方ですね。……ああ、今日はなんて良い夜なんだ。貴女様の夢の中においては、マスターであってもすぐに干渉できない。どうやらその予想は当たっていたようです。いやはや、生身の私では、直接貴女様と相見えることが禁じられております故……参りましたよ」
「……あなたが男性だから?」
「ご明察。私が貴女様と密会していることをマスターに知られたら……考えただけで空恐ろしい」
くすくすと笑いながら言われても、全く説得力がない。胡乱げな視線を投げつけていると、やがてこうもりおとこはいかにもわざとらしく、コホンと咳払いした。
「さて、世間話もここらで仕舞いにしましょう。……貴女様は、マスターにとって己がどのような存在かを考えたことはおありでしょうか?」
「……私が聞きたいですよ、そんなの」
「成る程。それでは話を変えましょう。今から私がする話は、貴女様に深く関わる話です。あの部屋から脱出する方法、とでも言い換えましょうか。……ご興味は?」
脱出という言葉に、反射的に顔を上げた。
この話を誰かと具体的にするのは、初めてのことだった。あの部屋で出会った人達から情報を聞き出そうとしたことは数え切れないほどあった。だけど、はぐらかされたり逆にたしなめられてしまったりで、結局誰一人相談には乗ってくれなかった。
でも、目の前の男は、マスターが干渉できないらしい私の夢に出てきてまで、私に何かを伝えようとしている。こうもりおとこの登場は、マスターも想定外の事態に違いない。私の希望的観測かもしれないけれど、今までとは何かが違う予感がした。
ここで会話を終わりにしてしまっては、また何の変化もない日々に戻ってしまう。
私が黙ったまま頷くと、こうもりおとこは上等そうな帽子を深く被り直して、ギラリと目を光らせた。