- ナノ -



エアコンのフィルター掃除からカーテンレールの埃取りまで、高い場所におけるユガミさんのポテンシャルがとにかく凄い。
今日は気になりつつもできなかった、物置の上部分の整理を手伝ってもらっているところだ。ブツブツ言いながらも付き合ってくれる所からして、ユガミさんはかなりの綺麗好きと見た。

「しっかし、何でこんなゴチャゴチャしてるんだァ?空間を有効活用出来てねェじゃねェか」
「ハシゴを広げるのが面倒で……」
「ヘッ、それを言うならキャタツだろ……何だァ、これは?」

言い返そうとした私を遮って、奥まで手を伸ばしていたユガミさんが引きずり出したのは、埃を被った小さな段ボール箱だった。
今まで存在を忘れていただけに中身も思い出せず、首を傾げながらガムテープを剥がすと、オリエンタルな絵柄入りの紙箱が姿を現した。箱の表面には"クライン王国産ビスケット"と飾り文字で書いてある。

「あー、そうだビスケットだ!お隣さんに沢山もらったんですけど、1箱しか食べきれなくて……賞味期限は、まだ大丈夫みたいです」
「ヘッ、それなら良いモン作ってやらァ。八つ時までに食えるヤツをよォ」
「……ユガミさん、使える〜!」
「他に言い方あンだろうがァ、おい」

ギロリと睨まれるのにも慣れてきたけれど、作るのはここを片付け終えてからだァ、と厳しいお達しに、慌てて片付けを再開した。
◇◇◇

ビスケット以外の材料が生クリームと牛乳とお砂糖なんて、美味しくならないわけがない。
うっとりする程の甘い香りが台所に漂う。柔らかくツノが立つくらいにクリームを泡立てるユガミさんの傍らで、私は開封したビスケットを牛乳に投入した。

「ビスケットは牛乳に結構浸すんですか?」
「少しでいい。土台にするからな……っと。そんじゃァなまえ、俺が塗ったら次のビスケットを重ねなァ!」
「まかせてください!」

ユガミさんがクリームを塗っていくと同時に、私もビスケットをくっつけていく。20枚くらい使ったところで、外側に塗る用に取っておいた生クリームをユガミさんは更に泡立てる。
そのあと、冷蔵庫から取り出したチョコレートチップを投入して、今度はさくさくと切るように混ぜ合わせていく。

「あれ?うちにチョコレートチップなんてありましたっけ?」
「俺が仕入れてきた」
「実はここが誰の家だか忘れてませんか……?」

ユガミさんは聞こえないといった風に、パレットナイフでムラなくクリームを全体に塗ってロールケーキのような形に整えていく。
綺麗に塗られたケーキはふわりとラップをかけられて、魅惑的な香りを空間に漂わせながら冷蔵庫へと姿を消した。

「しばらく寝かせておくとビスケットが柔らかくなる。スポンジ生地よりも歯ごたえのあるビスケットケーキの出来上がりって寸法さァ」
「ホント器用ですね、ユガミさん」

いい主夫になりそうだ、と続けようとした言葉は、胸の内にしまっておくことにした。だって絶対怒るし。
その言葉の代わりに、先程遮られた会話を思い出した私は、道具を片付けながら彼の背中に捨て台詞を吐いた。

「でも、キャタツとハシゴは似たようなものですよ。もっと本質を見ましょうよ、ユガミさん」
「食わせねェぞ、コラ」
「……ゴメンナサイ」

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