32. 二つの青と一人の男


 木の洞に作られたさほど広くない牢の中で、アグモンの腹の音が鳴り響く。
「あー……、腹減ったぁ」
「ちょっと黙っててよ。僕だってお腹すいてるんだから」
「そんなこと言われてもさー」
 背後でそんなやり取りをしているアグモンとファルコモンに、ガオモンとララモンは揃ってため息を吐いた。
 あの光に巻き込まれ、見知らぬこの里の牢に中で目が覚めてから早数時間。おそらく特殊な仕掛けが施してあるのだろうこの牢は、アグモンたちの攻撃ではまったく破れない。
「彼らは私たちをどうするつもりなのだろうか……」
「悪い子たちではないのだと思うけど」
 彼らというのは、この里にいた人間の子供たちのことだ。マサルやトーマと対して歳が変わらないであろう人間たちはガオモンたちを見るなり考え込むような顔をし、「悪いようにはしない」とだけ言い残して去って行った。
 牢の見張りを務めているマッシュモンと言う見慣れないデジモンの話だと、今この世界は他のデジタルワールドからやって来たデジモンたちと戦争状態にあるという。このデジタルワールドを統べる存在であるデジモンキングと人間の子供たちの指揮下で戦っているらしい。
 彼らとしてはアグモンたちは他の世界から落ちてきたと言う時点で警戒しているのだろう。にわかには信じがたい話だが、ガオモンたちも上空に浮かぶ大陸は見ている。そして何より周りのデジモンたちの気配が、自分たちが今まで接していたデジモンたちの物と根本的に違っている事を直感的に感じ取っていた。
「私たちのことよりもマサルだ。此処にいないということは何処かで一人なのだろう」
「まぁ、マサルのことだからデジモンにやられちゃうことはないでしょ」
 究極体とでも拳で渡り合える彼の事だ。余程のことが無い限り大丈夫だろう。
 狭い空間に閉じ込められているのと、空腹で癇癪を起したアグモンが「腹減った――――!アニキ――――!!!」と五月蠅く騒ぎ始める。
 彼の性格を考えればこれでも我慢した方だろう。こみ上げる呆れをとどめもせずに、ガオモンたちは盛大に溜息を吐いた。
「大門マサルなら、スパロウモンが連れてきてくれるわよ」
 聞えて来た声と足音に、アグモンが騒ぐのを止める。見れば先程の人間二人と、初めて見る人間二人とデジモンが立っていた。








32. 二つの青と一人の男








 別次元のデジタルワールドから、デジモンを素手で倒す人間がやってきた。キリハとネネが大真面目な顔でそう言った時、タイキとユウは一瞬自分の耳を疑った。
 しかし、こんな時に彼らは冗談を言う性格ではないこともわかっているので本当のことなのだろう。その人物はスパロウモンが迎えに出向いたらしい。
 聞くとその人間はデジモン数体と一緒にバラバラの場所に落ちてきたらしい。デジモンたちはすでに保護済みだそうだ。
「キリハ……」
「なんだ?」
「これは保護しているというより……」
 捕まえたと言う方が正しいんじゃ、と言う言葉は飲み込む。案内されたのは牢屋で、中には四体のデジモンがいる。その内の一体、アグモンは何やら大きく喚いていた。
「あれアグモンですよね?」
「そうだな」
「なんか大きくないですか?」
 アグモンだけじゃない。中にいるデジモンたちは些か普通のデジモンよりもサイズが大きい気がする。
「大門マサルなら、スパロウモンが連れてきてくれるわよ」
 ネネが彼らに声をかけると、アグモンが喚くのを止めた。大門マサルと言うのは例の人間の名前なのだろう。アグモンは鉄格子をつかむと「アニキが来るのか!?」期待を込めた眼差しでネネを見る。よほどその人間のことを慕っているのだろう。
「じゃあ早くここから出してくれ!アニキに会わせろ!」
 はしゃぐアグモンと対照的に、他のデジモンたちの目には警戒の色が見える。
 アグモンの台詞に「まだ出してやれねぇ」と答えたのはシャウトモンだ。
「まだお前たちが俺たちの敵じゃないと証明されてない」
「なんだと!」
「これは戦争だ。俺は仲間を守らなきゃならねぇ」
 シャウトモンには仲間を、この世界のデジモンたちを守る義務がある。そうやすやすと素性の知れぬものを野放しにすることなどできなかった。
 いきり立つアグモンを中にいるデジモンたちが宥める。彼らはずいぶん落ち着いたもので、大人しくしている方が得策だと考えているのだろう。
「あのデジモンたちがどうなるのかは、全てマサルって人次第なんですか?」
「……そうなるな」
 キリハとネネは戦力としてマサルをスカウトしたがっている。かと言って強引にことを進める気は無いようで、断られたら断られたで目の届く範囲で大人しくしていてもらうらしい。シャウトモンもキリハとネネに同意見だ。
「だが敵になるとしたら容赦はしない」
 キリハはデジモンたちに聞こえない程度の声で言う。
(あのデジモンたちが敵だとは考えにくいな……)
 タイキにはあのデジモンたちに何か企んでいるような様子は見えなかった。あまり警戒しなくても大丈夫ではないかと思う。黙ったまま彼らの様子を眺めていると、不意に地面が大きく揺れた。辺りからは突然の現象に戸惑いの悲鳴が上がり、どこからか地面が割れたかのような音も響く。
「地震か!?」
 ネネは即座にユウを抱き寄せて地面に伏せる。タイキもキリハも立っていられなくなるほど揺れは大きくなった。
 里の中央部の地面が盛り上がる。かつてタイキとキリハ、そしてネネが初めて出会った場所だ。周りにいたデジモンを巻き込みながら、ソレはいきなり現れた。活断層のタケノコではない。黒く、禍々しい一本の塔だ。
 それは20メートルほどまで伸び、止まった。それとほぼ同時に地震も収まる。
「な、なに?」
 突如現れたそれに、デジモンたちは臨戦態勢をとる。言い知れぬ嫌な気配が、この塔から溢れ出ていた。
「リリモン! 戦線へ行った連中を呼んできてくれ!」
「わかったわ!」
 騒ぎを聞きつけてやって来たリリモンにシャウトモンは素早く指示を飛ばす。それと同時に、クロスローダーの中にいたワイズモンがタイキに呼びかける。どうやら出たがっているようだ。
「リロード!ワイズモン!」
 赤いクロスローダーを掲げ、中から出てきたのは赤紫の衣をまとう魔人型のデジモンだ。ワイズモンは塔を恐れ遠巻きにしているデジモンたちを尻目に、興味深げにそれに近づいていく。しばらくそれを眺め触れてから、ワイズモンはどこからか虫眼鏡や本を取り出して色々調べ始めた。
 その様子を些かひしゃげた鉄格子の中からアグモンたちが見守る。彼らもあの黒い塔から言い知れぬ嫌な予感を感じ取っていた。
「ワイズモン、何かわかるか?」
 タイキの問いに、ワイズモンはしばし考えてから口を開く。
「少なくとも、自然現象ではない。もっと人工的なプログラムだ。それもかなり悪質だぞ」
 ワイズモンいわく、この塔からかなり強い闇の力が溢れている。人間であるタイキたちがハッキリと感じ取れるほどに。早急にこれを破壊した方がいいと言うワイズモンの進言に、シャウトモンも頷く。
 シャウトモンが前に出て攻撃の構えを取ると、ワイズモンはささっとタイキの傍まで下がった。それを確認すると、シャウトモンは武器であるマイクを動かす。
「ロックダマシー!」
 シャウトモンが放ったV字型の光は真っ直ぐに黒い塔へと向かう。しかしそれが塔へ直撃する手前で、別の光の球体が真上からシャウトモンの攻撃に直撃した。大きな爆発音と爆風が辺りを覆う。
「なんだ!?」
 突然の妨害に、戸惑いの声があがる。そして羽音と共に「困るなぁ」と聞き覚えのある幼い少年の声が響いた。
「せっかく立てたのにすぐに壊さないでよ」
 12枚の翼を持つ天使の姿をした少年は爆風が晴れた塔の上で楽しげに笑う。
 そして、黒い塔の堅そうな表面が水面のような波紋を立て、中からずるりと一つの影が出てきた。その少年の姿を目の当たりにして、その場にいた全員の目が見開く。闇夜にある樹木を思わせる濃い茶色い髪、冷たい湖の青を写し取ったかのような瞳が、タイキの澄んだ海のような青を見つめる。同じようで全く異なる2つの青。タイキは掠れた声で言葉を紡いだ。

「俺に……そっくり?」

 その言葉にタイキに瓜二つな容貌のその少年は、タイキなら絶対に浮かべないであろう表情で笑った。


*********


「断る!」
「「「え――!?」」」
 清々しいほどキッパリと、マサルはスパロウモンに向けて言い放った。その言葉に盛大に焦ったのはスパロウモンではなく、頭に大きなたんこぶを1つずつ拵えたモニタモンズだ。
 スパロウモンは焦るでもなく、ただマサルの生命力溢れる緑の瞳を見据える。
「それはどうして? 君にとっても悪い話じゃないと思うんだけど」
 スパロウモンはネネに言われたように、マサルを微笑みの里まで連れて行こうとした。しかし、マサルはそれを拒否したのだ。
 彼の言うように、マサルにとっては悪い話ではなかった。まったく馴染のない異世界のデジタルワールドで同じ人間がいて、アグモン達を保護している。しかも元のデジタルワールドに戻れるように協力もしてもらえるかもしれない。それだけでも幸運なはずだ。
「確かにありがたい話だけどな、気にくわねぇんだよ」
「一体何が?」
 問うと、マサルはモニタモンズを横目で見る。瞬間、モニタモンズたちは情けない声を上げて咄嗟に頭を押さえた。
 どうやらモニタモンズのこそこそしたやり方がお気に召さなかったようだ。
「こいつらもそうだけどよ、お前らのパートナー? たしかネネって言ったか? 俺はそいつのやり方が気にくわねぇ」
 モニタモンズにマサルを偵察させ、その上でスパロウモンを迎えによこす、しかも自分自身は一切出てこないこそこそしたやり方。それがマサルをイラつかせていた。
「せめてそのネネって奴と話をさせろ。お前らについていくかはそれから決める」
 モニターってくらいだから通信できんだろ?とマサルにしては珍しく冴えていた。確かにモニタモンズはネネと通信可能だ。
 マサルの気迫に負けたのか、モニタモンズたちはすぐさまネネの傍についているであろう先輩モニタモンに連絡をとる。しかし、何故が繋がらない。おかしいと思い、別の場所にいるモニタモンズにも連絡をしようと試みる。しかし、どのモニタモンにかけようとも反応が返って来ない。
「通信が遮断されてますな」
「できませんな」
「電波が届かないですな」
「……お前らホントなんなんだよ」
 呆れたようなマサルの呟きと共に、遠くから爆発音が響いてくる。スパロウモンは音を聞くなり、様子を見に空へと飛んだ。
「なんだ? どっかで戦ってんのか?」
 ぐらぐらと揺れ始める地面に、相当大規模な戦いが始まったのだろうと推測できる。間もなくスパロウモンが戻ってきた。
「大変だ! 微笑みの里が敵に囲まれているよ!」
「「「なんですと!?」」」
 一旦は休戦状態だった敵の軍がまた攻めて来たらしい。様子を見る限り、スパロウモンたちの軍が劣勢なようだ。
「どうやら余裕はないみたいだね。マサル、ネネには必ず会わせるから今すぐ僕と来てほしい」
「と言ってもよ……」
「これはネネの指示じゃなくて僕の意志だよ。今皆が大変なことになっているのなら君の助けを借りたいんだ」
「…………」
 沈黙。マサルとスパロウモンはしばしの間見つめ合う。

「……わかった」

と先に折れたのはマサルだった。



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