31. 微睡みの淵に揺蕩う




 先程とは正反対の真っ黒な空間を抜け、幾重にも重なった電子回路が描かれたレイヤーを突き抜け、啓人たちは真っ逆さまに落ちていく。
「なんであんたはいつも余計な事ばかりすんのよ!」
「あれは不可抗力だっての!」
「今は喧嘩してる場合じゃないってばぁぁぁぁあ!」
 この感覚は以前にも体験したことがある。前の冒険でデジタルワールドに旅立った時と同じような感覚だ。ということは、このまま落ちていけば前回と同じように地面と正面衝突だろう。啓人たちの悲鳴を聞きながら、ジェンはやけに冷静な頭でそう考えていた。
 雲のような物が眼下に広がる。記憶違いでなければ、この向こうがデジタルワールドだ。
 最後のレイヤーに突っ込む。視界が一瞬真っ白に染まり、その直後には茶色く荒廃した大地が視界を染めた。耳元で風が唸り、空気に煽られて体が回転する。
「え!?」
 空を見上げる形になった留姫は声を上げる。彼女の視界に入ったのは記憶に残るリアルワールド球ではなかった。いくつかの巨大な大陸が互いを押しつぶそうと犇めき合っている、どう見ても嫌な予感しか浮かばない光景だ。
「何よ、これ」
 大陸たちがだんだんと遠ざかっていく。おそらくあれが別世界のデジタルワールドだろう。落ちていく不安定さの中、頭の隅だけは妙に冷静に今の状況を整理していた。
 ふと啓人たちの体が白い霧のようなものに包まれる。それが何か理解する前にふわりとした雲に変わり、啓人たちはそれに受け止められた。

――何の因果か。汝らはまた巻き込まれることになるのか。

 彼らが何か言葉を発する前に低い声が轟いた。その声には聞き覚えがある。
「チンロンモン……?」
 啓人の小さな声に、チンロンモンは答えるように「久しいな」とだけ言った。








31.微睡みの淵に揺蕩う









「この世界のコアはすでに掌握されている」
 チンロンモンの作った雲の間から顔を覗かせている彼等の視界に飛び込んできたのは、激しい爆発音が響く、かつてデ・リーパが進行してきたあの場所だ。四聖獣たちが守護する四つのエリアの中央。その地下はクルモンが捕えられていた場所でもある。山木たちの推測とチンロンモンの証言では、この世界のコアはこの地下に安置されていた。
 それが三日ほど前。丁度空の大陸が世界を覆う数刻前に、突如現れたデジモンが地下に続く大穴を巨大な結界で囲ってしまったらしい。
「掌握されたって、ずいぶんとあっさりだな!?」
「取り返そうとはしないの!?」
 博和と健太が声を上げるがチンロンモンは「無論、取り返そうとはしている」と冷静に返した。
 かなり離れた場所からでも確認できるほどの巨大なドーム状の結界は、様々な場所から攻撃を受けているがビクともしない。
「そのデジモンって一体なんなの?」
「名はわからぬ。ただ別次元のデジタルワールドからやって来たというのは間違いないであろう」
 四聖獣たちの攻撃を防ぎきるほどの、強力で大規模な結界を作ることのできるデジモンだ。究極体デジモンと見て間違いはない。少なくとも四聖獣たちはそう分析しているようだ。
 下手をすればデ・リーパに匹敵するほどの難解な敵やもしれぬ、とチンロンモンは言う。
「もしかして、ギルモン達もあそこで戦ってるの?」
「……否。彼らの気配はすでにこの世界にはあらず」
 チンロンモンの返答に啓人たちは目を見開き、驚愕の声をあげる。どうやらチンロンモンの配下にいるデジモンが、彼らが光に呑みこまれていく様子を見たというのだ。
「汝らのパートナーはこの異変の詳細を尋ねに、我らの元へ来ようとしていた。その道中での出来事らしい。おそらく、他のデジタルワールドに飛ばされたと考えている」
 それが全て真実だとすれば、この世界において啓人たちに戦う術はない。
「悪いことは言わぬ。この世界は我らに任せて、このまま人間界に帰還するがいい」
「そんなことできるわけないでしょ!」
「留姫の言うとおりだよ!ギルモンたちがどうなってるかわからないし、コアの事だって放って置けない!」
 啓人と留姫は即座に反論する。ジェンも「リアルワールドに影響が出ている以上、このまま帰る訳にもいかない」と冷静に返した。
「せめてあの結界の場所に連れて行ってほしい!自分の目でちゃんと確かめたいんだ!」
 足手纏いになるとわかっていても今更帰ることなどできるわけがない。
 チンロンモン自身も最初から諭したところで彼等が帰還するわけがないとわかっていた。しばらく考え込んだ後、チンロンモンは結界の方角に向かって動き出す。

「その願いは聞き届ける。しかし、それなりの覚悟を決めておくことだ」



*******



 件の結界の遥か地下にふよふよと漂うデジモンがいた。
 それは一見して可愛らしいぬいぐるみの様にも思えるが、その体を取り巻く目覚ましのようなものが付いた鎖や、頭に着いた黒い翼と角、そしてその身に纏う禍々しい気配が恐怖を掻き立てる。
 デジモンは穏やかな寝息をたてて眠っている。だが、寝息ですら手痛い攻撃であることをどのくらいの者が知っているのか。
 この地下の空間の中央に、台座がある。そこに乗せられているのはピラミッド型の赤い宝石のようなものだ。
「たーだいまー」
 突然、地下の薄暗い空間に間延びした声が響く。
 デジモンの真正面の影から紫色の機械的な姿のデジモンが現れた。その頭上には人間の子供と思われる人影が乗っている。
 少年は身軽に地面に降り立つと、眠っているデジモンを見上げた。
「え? ここでじっとしているのも暇だって?」
 眠っているそれに、少年は話しかける。まるで眠っているはずのそれと会話する少年はぬいぐるみに話しかける幼子の様にも思える。
「だって仕方ないよ。君も僕も、まだ覚醒できるだけのエネルギーはないし、あの人からはここでコアを確保してるように言われているんだから」
 少年は言いながら宝石を手に取る。神々しい光を放っていたそれは、少年が触れた途端に濁りをおび、禍々しい光に変わった。それがだんだんと強くなっていく様子を見て、少年は楽しげに目を細めた。
「まぁ、でももうすぐじゃないかな。本当はめんどうだから、ここでじっとしている任務のほうが楽なんだけど」
 と言いつつ、少年は暇すぎてもつまらないけどね。と笑う。

「さて、そろそろあいつ≠烽竄チてくる。暇つぶしくらいにはなるかな?」

 上空から爆発音が響いてくる。少年は台座に宝石を戻し、再び紫のデジモンの頭上に飛び乗って、闇色の影に溶け込むように姿を消した。







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