30. 頼もしき救世主たち



 そのデジモンは、今まで出会ってきたデジモンたちとは根本的な何かが違っていた。
「別の脅威……?」
『もう手遅れでないといいがのぅ』
 威圧感のある声だけで、ディアボロモンやアーマゲモンと対峙した時以上の恐怖が、自分の精神を支配していくのを太一は感じる。おそらく、これがはじまりの町を襲撃してきたバルバモンというデジモンの物だろうということは察しがつく。
「姿を見せろ!」
 震える体を叱咤して、太一は声を上げる。ゆらりと立ち込めてきた霧の中からバルバモンのしゃがれた笑い声が響いてきた。
『情報通り、威勢のいい子供じゃ』
 相手は姿を見せる気ないのか、声がするだけ。その事に苛立ちを感じて、アグモンを抱きかかえる手に力を込める。必死に心を押し沈めて、太一は前を見据えたまま後方にいるテイルモンたちに小声で呼びかける。
「テイルモンやテントモンたちはヒカリたちの所へ」
 嫌な胸騒ぎがする。何かあったとして、パートナーがついていない今のヒカリたちは自分たち以上に危険な状況になる。太一の意図を酌んでテイルモンはテントモンやホークモンたちと供に、走り出した。
 それを確認して太一はアグモンへと目線を下げる。
「アグモン、まだ戦えるか?」
 その問いに「もちろんだよ」と答えたアグモンはよろよろと立ち上がった。太一はデジヴァイスを強く握りしめる。
「太一とアグモンだけじゃないよな、ガブモン」
「俺達だって!な、ブイモン!」
 太一とアグモンを皮切りに、ヤマトや大輔たちも続く。「いいかげんに姿を現せ!」という大輔にバルバモンはやはり笑うだけだ。周りの霧は、ますます濃くなっていく。
『焦らずとも、まだ戦う時ではない。あと数刻もすれば望まずとも戦いは始まる』
「どういうことなんだ……!?」
 タケルの呟きの直後、再び大きな地震が起きる。始まりの町の地面が割れ、地中から黒い何かが飛び出てくる。いやに見覚えのある黒い塔に、賢が大きく動揺する。
「なんで、ダークタワーが……」
「ダークタワー自体はデータの塊だ」
 小刻みに震えるその声に答えたのはバルバモンとは別の声だった。現れたダークタワーの背後から、フードを纏ったタケル達と同じ体躯の人影が姿を見せる。聞き覚えのあるようでないようなその声は、くぐもっていた。
「データである以上、基礎プログラムさえ掌握していれば複製するのも簡単だろ?」
 かつてのアルケミモンやマミーモンがそうしたようにさ。そんな言葉に、子供たちに戦慄が走る。
「わざわざ用意したんだから大人しくしといてくれよ。まぁ、これを用意したのはバルバモンなんだけどな」








30.頼もしき救世主たち








「憤怒≠ニ嫉妬≠熏s動開始か。こっちの時間軸からすれば順調にいって半刻ってとこか」
「それはよかったわ。いい加減飽きて来たもの」
 少年は横抱きにしたヒカリを木の根元に横たえ、空を見上げつつ呟き、リリスモンは光の塊から視線を外さぬままそう返す。
(憤怒と嫉妬……?)
 何かのコードネームかと光子郎は首を捻る。それが何にせよ、動き出したということは彼らの目的が果たされるまで時間がないということだ。どうにか阻止できないかと策を考えるものの、こっちはあまりにも無力すぎる。
「……さっきから空の大陸がぶつかり合っている音が、激しくなってる気がします」
「これ以上ぶつかり合ったら、みんな壊れちゃうんじゃないのか?」
 伊織と丈の言葉に、光子郎も空を見上げる。地震も上空の爆発音も、起こる感覚が狭まってきていた。このままではデジタルワールドそのものが吹っ飛んでしまうのではないかという嫌な仮説をたてて、冷や汗が流れる。そんな光子郎たちに、空を見上げていた少年は淡々と「まぁ、壊れるだろうな」と返す。
「それがわかってて、世界衝突を引き起こしてる訳だし」
「わかってて!? デジタルワールドが壊れたらみんな死んじゃうじゃない!」
その言葉に京が噛み付くが「死なねぇよ」と少年はさらっと流した。
「皆死んじまったら、計画も何もねぇだろ?」
 けらけらと笑う少年に、リリスモンが「喋りすぎじゃないか」と叱咤するが、少年は「知った所で今更何もできねぇよ」と口を閉じる気はないようだ。
「デジタルワールドなんて所詮データの集合体。壊れたとしてもいくらでも直せる。それが俺たちの目的だ」
 わざと世界という膨大なデータ同士を衝突させ、壊し、新しく作り変える。それが彼らの目的。それを聞いて光子郎たちは憤りを隠せない。
「そんなことのために人間界まで巻き込んで……?」
「君は神にでもなったつもりですか!?」
 こんな大規模なことを、そんな自分勝手な理由で引き起こす彼らの神経が信じられなかった。伊織の怒声にも少年は動じない。
「とんでもないな。俺なんかよりも神にふさわしい人……!」
 突然少年は言葉を切った。瞬間、光子郎たちを取り巻いていたピコデビモンの内の一体が悲鳴を上げて炎に包まれる。
 何事かをその場の者たちが理解する前に、茂みの中から数対のデジモンが姿を現す。赤い体躯の恐竜型デジモンと、長い耳を持った獣型のデジモン二体だ。
「ファイヤーボール!」
「ブレイジングファイア!」
「ブレイジングアイス!」
 赤いデジモンは火の玉を、緑のデジモンは熱気弾を、茶色のデジモンは冷気弾を。それらはイビルモンと残り二体のピコデビモンを襲撃した。
「敵襲か!?」
「なんですって!?」
しかし、それだけでは終わらない。慌ててヒカリに目を向けた少年に向かって、赤いデジモンが放ったのとは別の火の玉とミサイルが行く手を遮る。少年はすぐさま身軽な動きで身を引く。
 気を失ったままのヒカリを庇うように、小悪魔の姿をしたデジモンと茶色の大きな体を持つデジモンが現れる。
「ど、どうなってるの?」
 戸惑う京の眼前に、小さな体の妖精型デジモンがふわりと現れる。
「ぴぷぷ〜」
「味方、なのか……?」
「おそらくは……」
 光子郎は素早くパソコンを開き、デジモンのデータを探り始める。
「マリンエンジェモン 究極体 必殺技はオーシャンラブ……」
「え!?究極体!?」
 言っている間に最初の三体の戦闘も終わったようだ。
「ギルモン、テリアモン、ロップモン。三体とも成長期。あっちはインプモン。同じく成長期。そして成熟期のガードロモン……」
 助けてくれたということは味方で間違いないのだろう
「! ヒカリちゃん!」
 ハッと我に返った京は慌ててヒカリに駆け寄る。どうやら怪我は無いようだ。
「よかったっ!」
「よかったでクル〜」
「……誰?」
「クル? クルモンはクルモンでクル!」
 なにはともあれヒカリは取り返した。戦ってくれるデジモンもいる。形勢逆転となりえるかもしれない。この状況に少年はギリッと歯を食い縛る。
「話は聞かせてもらったなり。汝らは、この大騒動を引き起こしている元凶の一端と見て間違いないと確信する」
「悪者には容赦しないぞ!」
「ギルモン、わるものゆるさない!」
 三体のデジモンは威勢よく声を張り上げた。いささか子供っぽく気が抜けるが、光子郎たちにはその姿が頼もしい。対して少年は予想外の事態に戸惑っている。
「おいおい。なんでこんなにデジモンが集結してくるんだ?」
「ちっ。あんまり図に乗るんじゃないよ!」
 リリスモンが援軍を呼ぼうかと右手を振り上げたその瞬間、

「狐葉楔!」

 突然姿を現した狐型のデジモンが、リリスモンに向かって攻撃を仕掛けた。




- 32 -


[*前] | [次#]
ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -