29. 絡み始めていく伝説


 闇の大陸にポツリと立っている古城。その中の一際大きい、食堂と思われる部屋に、それらはいた。
「ずいぶんのんびりしているな、ヴァンデモン」
 ふてぶてしくも優雅に席に着き、赤ワインを煽る吸血鬼型のデジモンに、少年はそう嫌味を飛ばす。小間使いのソウルモンが少年の目の前に赤ワインを差し出すが、少年は全く目にとめない。イライラと白いクロスが敷かれたテーブルをトントンと叩くだけだ。
「まぁ、落ち着け。焦っていても狩りは上手くいくものではない」
「そうとは言っても、あと2つだぜ?コアを掌握できてない世界は。しかも憤怒≠フ所はもうすぐだって言うしさ」
 一番作戦の遂行が遅れているのはこの世界だと、少年は不満気だ。少年の中で、本来ならばもう作戦は終わっているはずだった。彼は憎々しげに「十闘士め」と吐き捨てる。
 通常のデジモンと一線引く強さを持つハイブリット体デジモンたち。それが十体、揃いも揃って闇のエリアの……この世界のコアが眠る薔薇の明星の防衛にあたっているのだ。しかも彼ら十闘士は集団戦争に慣れている。物量だけで攻める寄せ集めの烏合とも言っていいこちらの軍では難しい。
「どうせなら全勢力で叩き潰せばいいのにさ。その間に俺が乗り込んでもいいんだぜ?」
「それを行うのにも手順が必要だ」
 下ごしらえは念入りに。食材には調理するための最高のタイミングがある。作戦も同じだ。焦って進めたとして上手くいくはずがない。
「あとは時が来るのを待つだけだ。確実に邪魔な十闘士を葬り去る事の出来るタイミングを」
 それが後どのくらいかかるんだっての、という悪態をついて、少年はソウルモンが目の前に差し出してきた肉リンゴをフォークで突き刺した。ぐさりと生々しい音を立てたそれからは肉汁が溢れる。それを口に運ぶことはせず、手持無沙汰にフォークだけを弄ぶ。
「ヴァンデモン様! ヴァンデモン様―!」
 外から騒々しい声が響く。目を向けると豪奢な扉が勢いよく開き、一体のピコデビモンが飛び込んできた。
「なんだ騒々しい。食事中だぞ」
「申し訳ございません。ただ緊急のご連絡が」
 ピコデビモンはすーとヴァンデモンの傍らへ飛び、ひそひそと何か耳打ちを始めた。いい知らせなのだろう。ヴァンデモンの口角が上がった。
 ヴァンデモンはピコデビモンを下がらせると、立ち上がって少年に「時が来たようだ」と告げる。

「この世界を救った人間の子供が、デジタルワールドにやってきた」







29.絡み始めていく伝説







「いやはや、人間の一年間と言うのはすごいもんじゃい」
「みんな大きくなったね〜」
 ボコモンとネーモンがしみじみと言った言葉に、拓也たちは顔を綻ばせた。
「それにしても拓也はん、具合が悪そうじゃマキ」
「はは、大したことないって。トレイルモンの中で寝たしな」
 炎のターミナルにたどり着いた彼らを待っていたのは、かつての冒険で案内役を務めてくれたボコモンネーモンと、三大天使の生まれ変わりであるエンジェモン、テイルモン、ロップモンだった。
 あの小さかったパタモンが立派な天使の姿になって驚きもしたが、すぐに打ち解けることが出来た。
「でも未だに信じられないな」
 ロップモンを抱え上げた輝一の呟きに、同じようにテイルモンを抱えた輝二が「なんでだ?」と問う。
「だって、あのケルビモンが、今はこんな小さくて可愛い兎なんだよ?」
 前の冒険でもケルビモンの生まれ変わりであるロップモンとは出会っているが、あの時はこうして感傷に浸る余裕はなかった。「確かにあの馬鹿でかい凶暴な兎がなぁ」とぼやいた純平の言葉に、皆は笑う。ロップモンは何で笑われているのかわからないのか、一人輝一の腕の中で首を傾げていた。
 穏やかな雰囲気が流れるが、現状はそんなのんびりしている暇もない。
「十闘士がもうすでに戦っている!?」
 ボコモンからあらかた事の詳細を聞いた拓也は戸惑いの声を上げた。
 拓也だけでない。輝二たちも戸惑っている。十闘士が戦っているということは、自分たち以外の誰かがスピリットを使っていると思ったからだ。だが現状は違う。彼ら自身が個のデジモンとして戦っているのだ。
 前回の冒険で実体化したスピリットの精神と考えるのが妥当だが、あの戦いの後彼らがスピリットに戻ることはなかったらしい。彼らは拓也たちが帰ってからは、ずっとそれぞれの守護するエリアを守り続けているというのだ。
「そもそも、俺たちはスピリットのことを知らなさすぎるな」
 スピリットのことだけではない。十闘士の歴史も、三大天使のことも、拓也たちは知っているようで知らないことを前回の冒険でそのままにしていた。
「とりあえずは、闇の大陸へ行きましょう。なんとか十闘士たちと会わないと」
 自分たちの戦う術はスピリットだけなのだ。十闘士と接触しないことには何も始まらない。
「でも戦いが起こってる場所に、トレイルモン達は大人しく連れて行ってくれるかな?」
 前回の冒険の経験から考えて、答えはノーだろう。また道中で放り出されては敵わない。
「進化できれば飛んで行けるんだけどなぁ」
 純平の言葉は黙殺された。ここにいるデジモンで飛べるのはエンジェモンだけだが、彼は生憎人型のデジモンなのでせいぜい二人を運ぶのが限度だろう。それ以前に、親馬鹿のボコモンが許可を出すはずもない。
 もうトレイルモンで途中まででも行くしかないのかと諦めかけた時だった。
「お困りのようですね」
 背後に停まっているトレイルモンから機械音のような声がした。最初はトレイルモンかと思ったが、声からして違うことに気付き、「誰だ!」と拓也が声を上げる。
 するとトレイルモンの車両の窓に、歯車の影が映った。車両の中にいるのではない。ただガラスに写っているだけのその姿に、一同は唖然とする。
 それはマジックのように窓からするりと飛び出てきた。金と黒の歯車が左右に小さな銀の歯車をつけたデジモンだ。ボコモンはぽつりと「ハグルモンじゃい」と呟く。
「そのハグルモンが何の用だ」
「私は十闘士の命でここに来ました」
 警戒を解かない輝二が鋭く問う。ハグルモンはそんな輝二の態度を気に留めるでもなく淡々と続ける。ボコモンによると、どうやらハグルモン自体は自我を持たないタイプのデジモンらしい。
「十闘士の?」
「でもなんで窓から……」
「十闘士の一人、鋼のメルキューレモン様のお力です」
 その言葉に、拓也たちはそのデジモンが、鏡や金属などの物を映し出すものを使って移動していたのを思い出す。それならばハグルモンが窓から登場したのもわかる。
「で、目的は何なの?」
「薔薇の明星から、貴方方をお迎えに上がりました」


*******


「いったいどういうことだ?」
 苛立ちを一切隠さずに、アグニモンは仲間である鋼の闘士に問う。彼の怒気にも動じず鋼のメルキューレモンはあくまで「言った通りです」と淡々と答える。ただの銀板のように揺らがない声音と瞳は、アグニモンをさらに苛立たせる。
「人間の子供が何者かの手によって招き入れられました。奴らに悪用される前に子供たちを保護する。その為にハグルモンを使いに出しました。それだけのことです」
 人間はこの世界において未知の力を秘めている。彼らが敵の手に堕ちれば、どう悪用されるかわかったものではない。
 敵が動く前に先手を打った。ただそれだけのことだ。
「そもそも、誰が子供たちを招き入れたんだろうか」
 口を開いたのはアルボルモンだ。いつもののんびりとした声音は、張りつめた空気のせいで硬質なものに変わっている。
「唯一、人間界のゲートを開くことのできたオファニモンはもういません。そしてあのターミナルは破壊されている。事実上は不可能なはずなんですが」
 生身の人間が、そのままゲートを潜ることはできない。ゲートを潜るにはトレイルモンの存在が不可欠であり、トレイルモンをゲートに向かわせるよう指示を出せたのもまた、この世界においてオファニモンただ一人だ。
「他の世界の何者かが関与しているとなれば、あり得ない話ではないのかもしれないな」
 ヴォルフモンが呟く。4つの大陸は、こことは違うデジタルワールド。オファニモンと同等の力を持つデジモンが存在しないとは言い切れない。
「何にせよ、子供たちを招きよせた目的がある事は確かです」
 アグニモンはギリッと拳を握る。敵とは膠着状態で、それぞれ疲労がたまっている中での新たな問題ごとに苛立ちを覚えるのは皆一緒だ。ヴォルフモンは「苛立っていても始まらない」と今にも爆発しかねないアグニモンを諌める。
「ここも安全とは言えないんだぞ」
 敵の狙いはこの城だ。正確には、この城の地下深くに眠る、この世界のコアだ。あれを死守することが、十闘士たちの最優先事項。いざという時に子供たちを保護するために余力を回せるとは限らない。
「それでも、他よりは安全だろう?」
「それはそうだが……」
 現状で子供たちを送り返す術が分からない以上、敵が動く前になんとしてでもこちらで保護しなくてはならない。しかし、これが敵側の罠である場合も想定する必要があるだろう。「安全を確保し、子供たちから詳しい事情を聞き、これからのことを考えましょう」とメルキューレモンは話を纏めた。
「じゃあ、私はブリッツモンたちにこのことを伝えてくるわ」
 フェアリモンは返事を待たず、長い菫色の髪を揺らして、開け放たれた壁の穴から、暗い空へと飛んで行った。
(……子供たちの存在が、こっちの不利益にならないといいが)
 話し合いの流れを黙って静観していたレーベモンは、そんな不安を感じつつ目を閉じた。脳裏にはかつて自分と供に戦った少年の姿が映し出される。
 アグニモンはこの未曾有の事態に子供たちを巻き込むことを避けていた。それも十闘士の中の誰よりも過剰に。戦闘の疲れもあるだろうが、苛立ちの理由はほぼそれだろう。
(まだアグニモンがあのこと≠引きずっているというのなら、それは……)
 レーベモンのその思考は、敵の気配を感知したことで中断された。




- 31 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -