28. 黒い霧は不安を煽る



 黒い霧はイグドラシルまでをも包み込み、広がり続けていた。
 強大なイグトラシルの中腹にて、開いた幹の隙間から1つの人影が入り込んだ。それなりの高さがあったが、それはストンと軽やかに着地すると辺りを見回す。
「案外簡単に潜入できたな」
 パシリ、と拳を手のひらに打ち付ける乾いた音が、木目の壁に反響した。
「さて、と。この世界のコア……イグドラシルのプログラムが眠るのは、天辺だったよなぁ」
 そう呟くと、甲高い警報音のような音と供に、琥珀色の水晶体があちらこちらから浮かび上がってくる。

「イグドラシルの防衛プログラムか……おもしれぇ!」

 ニヤリ、とフードに隠れた口が弧を描き、深い緑の双眸は不気味な赤い光を宿した。







28.黒い霧は不安を煽る








「デーモン」
 クレニアムモンの呟きに、トーマたちは息を呑んだ。赤い衣をまとった、明らかに異質な気配を持つこのデジモンに背筋が凍る。スレイプモンの叱咤もあって気丈にふるまってはいるが、正直足がすくみそうだった。
「こうやって対峙するのは初めてだな、ロイヤルナイツ」
「望んではいないがな」
 楽しげなデーモンの声に、スレイプモンは冷たく切り返す。
 辺りの黒い霧は、どんどん濃くなりつつある。それに比例して、気温が下がっていく。思わず身震いしてしまうほどだ。
「この世界のコアは渡さん」
「ふ……。どのみち時間の問題。それより今はその人間たちを始末する方が先……」
 その言葉にトーマたちは身構える。
「デジタルワールドにおいて、人間は特別な存在だ。特に、デジモンをパートナーに持つ者たちは」
「さぁ、人間を引き渡せ」
 目的はトーマたちだとすると、今現在パートナーが不在のトーマたちには抗う術がない。
「デーモン……究極体・魔王型・ウイルス種……」
 遼のアークがデジモンのデータを映し出した。それを読み上げた遼は目を鋭くして、紺色のアークを手に取る。
「こんな時に究極体か……サイバードラモン!」
 構えた遼とサイバードラモンを、クレニアムモンは槍で制した。「ここは私に任せてほしい」そう言ったクレニアムモンにサイバードラモンは不満げだったが、すぐに遼とともに一歩引く。
「私相手に一人で挑もうと? 大した自信だ」
「我はユグドラシルを守護するもの。貴様ごときに押し通せるものか」
 瞬間、業火が舞った。身を焼くほどの熱風が、黒い霧を、森を呑み込み遼たちに迫るが、それをクレニアムモンが持つ魔楯アヴァロンが防ぐ。
「クレニアムモン! 大丈夫なのか!?」
 叫ぶトーマにクレニアムモンは「問題ない」と返す。
 デーモンの攻撃は、イグドラシル周辺をあっという間に炎の海に変えた。単に究極体と言えど、そこらにいる究極体よりも格上の能力だ。威力が違い過ぎる。
「ここは危険だ。君たちはスレイプモンと供に安全な場所へ」
 たったの一撃でこの威力なのだ。ロイヤルナイツと言えど、トーマたちを庇いながら戦う余裕などないだろう。
 間髪入れずに第二波が襲ってくる。それを防ぐとクレニアムモンは炎の中に突っ込んでいく。
「安全って、こんな火の海の中で隠れられる場所なんてあるわけ……」
人間界に戻るとしても、生憎時空爆弾のような即席移動できるものは危険なため持っていない。彼らが変えるには現実世界でデジタルワールド座標を正確に把握し、ゲートを開くしかないのだ。それには時間がかかる。この火の海でそれは非常に難しい。せめて安定して身を守れる場所を探さなくては。
「イグドラシルの中ならば、凌げるだろう」
「え!? あれは木でしょ!?」
「そのように単純ではない」
 人間界の常識は、デジタルワールドでは通用しないことの方がはるかに多い。イグドラシルはこのデジタルワールドのホストサーバーの役割を担っている。おいそれと壊れるほど柔にできていないだろう。
「ここから入れる!」
 イクトが蔦をかき分けて入り口を発見する。
「でもクレニアムモン一人じゃ……」
「あいつなら大丈夫だ。奴に後れはとらぬ」
 遼はともかく、トーマたちは足手纏いにしかならない。ぎりっと悔しさに歯を食い縛りながらも、中に入っていく。遼とサイバードラモンもそれに続く。中は一ヵ月前とほぼ変わらずに、小さな森の中にいるような構造をしていた。
 スレイプモンはクダモンに退化してトーマの肩に飛び乗る。スレイプモンのままでは身動きがとれないのだろう。
「薩摩。聞こえているか? すぐにイグドラシルの頂上付近にデジタルゲートを開いてほしい。コアに近いあの場所ならば、比較的安定してゲートが開けるはずだ」
 トーマの通信機に向かって、クダモンは語りかける。あちらでの短い応答の後、「わかった」という短い返事が返ってきた。
「僕らはパートナーがついていなければ、何もできないのか……」
 人間はデジモンに比べれば無力に等しい。誰もが誰も、マサルやその父親のように素手でデジモンと渡り合えはしないのだから。
「ほんと、マサルがいてくれればね……」
「……言っていても仕方がない。状況が落ち着いて来たら別次元のデジタルワールドに、マサルやお前たちのパートナーを探しに行ける。それまでの辛抱だ」
 諭すようにクダモンは語りかける。しかし、淑乃たちの表情は晴れない。
 ふとイクトが声を上げた。
「……何か、聞こえる」
 その声に全員が押し黙る。確かに外の爆発音に混じって、何かの警告音のような音が響いていた。
「上からだ!」
「イグドラシルの防衛プログラムが作動している?……? 奴の仲間が侵入したのか!?」





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