20. 滑り落ちていく先は


 森の中にある一台のテレビ。真っ暗のままだった画面に突然明かりがついた。
「うわぁ!」
 画面の中から大輔が放り出されるように飛び出る。続いて丈が、ヤマトが、太一がというように次々と子供たちが出てきて、山のように折り重なっていく。そして最後に伊織が放り出され、テレビは電源コードを引っこ抜かれたかのように真っ暗になり、沈黙した。
「! これは……!」
 子供たちの一番上で空を仰いだ伊織が声を上げる。木々の葉から見える空には、大陸が浮かんでいる。なんともおかしな光景に、伊織は呆然とした。
「驚くのはいいが、降りてから驚いてくれ!」
「女の子下敷きにするなんて……!」
「あー! 大輔君がー!」
 その声にハッとした伊織は慌てて上から降りる。不幸にも、一番下の大輔はダウンしてしまったようだ。







20.滑り落ちていく先は







「大輔、大丈夫か?」
「これくらい平気っすよー。ははは」
 太一に心配され、大輔は空笑いをもらす。実は三途の川を渡りかけましたなど、誰が言えるものか。
「……でも、いったい何が起こっているのか……」
 そう呟きながらパソコンを持つ光子郎の手は忙しなく動いている。
 大陸が浮かぶ空に、遠くから聞こえる戦いの音。そして揺れる大地。デジタルワールドがこんな状態であれば、人間界に影響が出るのも頷ける話だ。
 パートナーも近くにいないこの状況は正直不安でしかない。ホメオスタシスも接触してくる気配はなかった。
 ここでじっとしていても仕方ないのだが、下手に動くのもかえって危険だ。しばし考えあぐねていると、光子郎が「あ!」と声を上げる。
「ゲンナイさんからメールです!」
 その言葉に、子供たちは光子郎へ視線を向ける。太一の「読んでくれ」と促すと、全員が聞き漏らすまいと息を潜める。
「はい。えっと……『至急、はじまりの町まで来てほしい。戦いはすでに始まっている』……え!?」
 内容を聞いたとたん、子供たちに戦慄が走った。それはもう自分たちのパートナーも敵と戦っているということだろうか?
「アグモン!」
「おい太一!」
 そして間髪入れずに森の出口の方へ走り出したのは太一だ。その後をヤマトが追いかける。
 その様子を見て光子郎はわたわたとパソコンを閉じ、立ち上がった。そして走り出そうと足を踏み出した時、
「え?」
 大きな地響きと、木々が倒れる音が広がった。それが大きな地震だと子供たちが気づく前に、大地に皹が入った。
「じ、地震!?」
 先に進んでいた太一たちが轟音に振り返えり、叫ぶ。丁度光子郎立っている地面が崩れた。
 一瞬の浮遊感。森の茂みに隠れていた崖が崩れたのだと認識する前に、光子郎と、彼の近くにいた丈と伊織、そしてヒカリと京の体が宙に投げ出される。
 ガラガラと岩が崩れ去る音に、彼等の名を呼ぶ叫びと悲鳴が掻き消された。





 十メートルといった所だろうか。急な斜面を滑り落ちていった光子郎たちは、各各打ち付けた場所を擦りつつ起き上がった。
「皆さん、無事ですか……?」
「な、なんとか、大丈夫です」
「私も……」
「いたた……あれ? メガネ、メガネ……あ、あった」
「背中いったーい……」
 全員地面に体をぶつけたものの、大した怪我はないようだ。
 それにホッとしつつ、光子郎は辺りを見回す。辺りは崖の上より薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出していた。
 崖の上から太一たちの「大丈夫かー!?」という声がした。その声に丈が「皆大丈夫だー!」と答える。
「上がってこれそうかー!?」
 そう言われて登れそうな場所を探すが、急な斜面なので崖の上にも戻れそうもない。パートナーがいれば問題はなかったのだろうが、これは迂回して行くしかないだろう。
「ここからじゃ無理だ!僕らは迂回するよ!」
「太一さんたちは先に行ってください!」
 もう戦いが始まっているのなら、こんなところでぐずぐずしている訳にもいかない。太一たちは渋ったが、遠くから響く爆発を聞いて不本意ながらも了承する。
「無理だけはするなよ!」
「太一さん達も!」
 その言葉の後に、太一たちが走り去っていく。
 光子郎は息を吐くと、再びパソコンを開いた。地図を頼りに、迂回してはじまりの町へ行くための最短ルートを探り始める。その合間に、ゲンナイからのメールに返信を送った。
「すぐに出そうですか?」
「……5分ぐらいかかりそうですね」
 今の地震で、少なからず変わってしまった地形もあるだろう。慎重に行動するに越したことはない。
「それにしても……不気味ねぇ」
 京は肌寒いのか、腕を擦りながら呟いた。確かに薄暗く、よく見ればうっすらと霧がかっている。
 しかも、崖の上に比べればあたりの騒音も小さいため、どこかシン…としている。
「こんな時にホークモンがいてくれれば……」
「言っていても仕方ないですよ」
 それより、一刻も早くはじまりの町へ行くことを考えなければならない。
 光子郎がキーを叩く音の合間に、ヒカリの「あ」という小さな声が重なる。
「ヒカリくん?」
 ふらふらと歩き始めたヒカリに、丈が声をかけるが、彼女は構わず更に森の奥へ進んでいく。
「ヒカリちゃんどこいくの!?」
「ヒカリさん!」
「あ! 皆さん待ってください!」
 ヒカリを追いかけ始める面々に、光子郎はパソコンを持ったまま立ち上がって走り出した。

「……」
 光子郎たちが行ってしまったあと、彼等からさほど離れていない茂みが、がさりと動く。
「今のは、人間の子供か?」
「間違いないだろう」
 茂みから出てきたインプモンの問いに、ゆらりと姿を消していたレナモンが答える。
「このデジタルワールドの人間なのかな?」
「パートナーの話をしていた。おそらくは、このデジタルワールドのテイマーであると考えられる」
 テリアモンとロップモンはそう言いながら、押さえつけていたクルモンを解放した。
「ひ、酷いでクル!」
 解放されたクルモンは不満をもらすが、二匹はスルーした。後方でガードロモンに押さえられていたギルモンは、何で押さえられていたのか分からないのか首を傾げる。
「あの人間たち、さっきの光の方に言ったがどうすんだ?」
「追いかける。タカトのこと、知ってるかも」
「あ、オイ! ギルモン!」
 言うやいなや、走り出したギルモンにインプモンが焦った声を上げる。レナモンは一つため息を吐くと後を追いかけた。
 クルモンも楽しそうに後に続く。
「行くしかないのかー」
「それも必然なり」
 残されたテリアモンたちも歩き出す。インプモンはそんな彼等を見て、観念したように後に続いた。


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