19. 託す為の覚悟と決意


 それは直樹の想像していた以上に、壮大な冒険物語だった。
 事実かどうかを脳内で判断する前に、直樹は思わず「そうだったのか」と納得してしまった。というのも、直樹にも一年前の変哲なメールには覚えがあり、友樹という人間がいきなり成長した過程としては、十分な説得力があったからだ。それ以上に、自分の知らないところで世界なんて大きなものを背負っていた弟に何もしてやれなかったことが、直樹にとってとても歯がゆく思えた。
「頑張ったんだな、友樹」
 そう言うと、友樹は照れ臭そうにはにかんだ。
 そして今も、再びその小さな背にとてつもなく大きいものを背負って戦いに行く弟を、見送ることしかできない。その事実が直樹の胸を締め付けた。
(俺にできることを、しないと、な)
 見たことも無いデジヴァイスやスピリットなんかなくとも、友樹を守ってやれる術はあるはずだ。せめてこの世界にいる間だけでも。
 そう決心を固めていると、地面が少し大きく揺れた。その地震に驚いたのか、遠くから小さな悲鳴が聞こえる。
「この先に拓也お兄ちゃんたちがいるみたい」
 直樹がさっと地図を確認する。確かにここを真っ直ぐ進めば、予定していた合流地点だった。







19.託す為の覚悟と決意







「みんな!」
 道の先に見えた光に、友樹は声を上げて駆け寄った。
 そこには直樹から見れば、友樹とたいして年が変わらないであろう五人の子供たちがいる。話に聞いた通りの子供たちの姿だ。だが、その全員がそこらにいる子供たちとは、何か違うものを持っているのを直樹は感じた。
「久しぶりだな! 友樹!」
「元気にしてた?」
「お、身長伸びたんじゃないのか?」
 その子供たちの中にすんなりと入っていく友樹を見て、直樹は安堵に似た感覚を覚えてホッと息を吐いた。
「あなたは……」
 そんな彼を見て、輝一が口を開く。その声で拓也たちも直樹を見る。その様子は戸惑いと警戒を含んでいた。
「紹介するね! 直樹兄ちゃんだよ!」
 友樹はそんな空気を意に介さずに子供たちに直樹を紹介した。自分たちよりもはるかに年上の彼に、子供たちはおずおずと挨拶をする。中にはなんとなく納得したというような表情をした者もいた。
「えっと、はじめまして。俺たちはその……」
「話は友樹から聞いている。それよりも早く進んだ方がいいだろ」
 慣れないことを言おうとする拓也を遮り、直樹は苦笑しながら拓也たちを促す。確かに、時間はもうない。
 子供もたちはそれもそうだと、直樹の言葉に従って歩き出す。
 時折揺れる地面に立ち止まりながらも足を早める。自衛隊が渋谷駅内に突入する前に、なんとしてでも地下ターミナルにたどり着かなければならない。そのためには一五分ぐらい前に到着するのが理想だろう。五時まであと二〇分たらず。目的の出口まではすぐそこなので心配はない。
「?」
「輝二、どうかしたのか?」
「……いや」
 不意に立ち止まって訝しげに背後を伺う輝二に、輝一が首を傾げる。しばしそうして「気のせいか」と独り言のようにぼやいてから、輝二は再び足を進める。輝一は首を傾げるが黙ってそれに続いた。
「……ここだな」
 地図を眺めていた直樹が梯子の前で足を止める。ここからなら渋谷駅内の地下に出られるはずだ。そこからなら外で待機している自衛隊に見つかることなく、エレベーターまで行けるだろう。
 先陣切って上がっていく輝二と、あとに続いた輝一が上へ姿を消していく。少し間を置いて「大丈夫だ」という声が降ってきた。その言葉に純平、泉、友樹が上に上がっていく。
「……あの、直樹さんは、いいんですか?」
 その様子を見守りつつ、拓也はたどたどしく直樹に話しかけた。直樹は拓也に首を向けて「何がだ?」と問いを返す。
「友樹を、その……デジタルワールドに行かせて……」
 拓也も弟を持つ兄だからわかる。もし自分が直樹の立場だったら、反対もせずに弟を危険だとわかっている冒険に送り出すことなど、とてもできないと思ったからだ。
 直樹は一回目を閉じて息を吐いた。
「行かせたいと思う兄が、いると思うか?」
 その言葉に拓也はかぶりを振る。自分だったら絶対にできない。
「だけど、友樹は自分で決断して、自分で行くと決めたんだ。それを止める権利は、俺にはない。だから……」
 ここで直樹はいったん言葉を区切る。上へと登りきった弟を見てから、再び口を開く。
「だから、君に友樹を任せる。前の冒険で、もっとも友樹を気にかけてくれていた、君に」
「え……」
 直樹の横顔を見て、拓也は呆けた声をだす。その時に上から「早く上がってこい」と輝二の声が降ってきたので、拓也は促されるまま慌てて梯子を登る。直樹もそれに続く。

 ホームの中は照明がうっすらあるだけで、薄暗かった。
 地震のせいで非常用の電源に切り替えられているのだろう。遠くからはうっすらと騒音が聞こえる。
「こんな状態で、エレベーターは動いているのかしら?」
 泉の疑問はもっともだ。しかし、探してみないことには始まらないだろうと、みんなが進もうとしたその時だ。

「そこにいるのは誰だ!?」

 低い男の声に、拓也たちが自衛隊員だと認識する前に動いた影があった。輝二だ。
 左足で地を蹴って、浮いた反動で体を捻って男の持っていた通信機を右足の踵で落とす。右足が地に着くと同時に、今度は右足を軸にして男の鳩尾に左膝を叩き込む。
 油断もあったのだろう。男が地に伏すまで、あっという間だ。
 あまりにも流れるように鮮やかなその動きに、拓也たちだけでなく、直樹までも称賛の拍手を送ってしまった。
「たぶん先行で突入した奴だろうな」
「異常に気付かれて他の隊員が来たら厄介だね。早く地下ターミナルの入り口を探そう」
 輝一の言葉に頷いて、足早にこの場を離れる。


 とりあえず拓也たちは入り組んだ駅のデパートを突っ切って、以前に地下に通じていたエレベーターにやってきた。
 やはり電気が通っていないのか、ボタンを押してもウンともスンとも言わない。それを見て拓也はガックリと肩を落とした。
「どうすんだよ、もう一五分もないぞ」
「せめてあのメールがくればね……」
 純平と泉の言葉に、全員が良い案はないかと頭を捻る。
「いっそ階段から落ちてみる?」
「却下」
 おどける輝一を素早く拓也が切った。
 そして思い出す。そもそも、前の冒険でターミナルは無茶苦茶に破壊されてしまっている。その状態のままだったらどうやってデジタルワールドに行くというのか皆目見当もつかない。
「……思ったけど、矛盾の多い話だな……」
 唐突に、直樹が口を開く。
「矛盾?」
「地下ターミナルのことにしても……その、十闘士とやらの伝説についてもな。俺は実際にあっちに行ったわけじゃないからなんとも言えないけど」
 拓也たちがあまり気にしなかった点を、直樹は気にしているのだろう。言われてみれば、たしかに以前の冒険でも矛盾してしまう話がおおかったような気がした。
 そもそも何故デジタルワールドし人間界に繋がりがあるのかからして謎なのだ。
何故渋谷の地下にターミナルが作られたのか。何故本人ですら知らなかった輝二と輝一の関係を、オファニモンが知っていたのか……。上げ始めればキリがなかった。しかし、そんなことを今議論していても仕方ない。
 どうしたものかとエレベーターを眺めていると、薄暗い空間に強い光が浮かび上がった。
「携帯が……?」
 それは六人の子供たちの携帯電話から発せられていた。各々がそれを手に取った時、光に包まれたまま携帯は形を変えた。
「デジ……ヴァイス?」
 一年ぶりのそれの感触を確かめて、拓也が呟く。その時、動かなかったエレベーターの扉がガコンと鈍い音を立てて開いた。
 薄暗いエレベーターは、まるで拓也たちを呼んでいるようにも思える。
 これで地下ターミナルには行けるな、と子供たちが安堵した時だ、
「輝二!」
 男の怒声と、輝一の悲鳴と同時に輝二の身体が地に伏せられる。輝二のデジヴァイスが輝一の足もとに転がった。見ると、さっきの自衛隊員が輝二を押さえつけていた。
「ぐっ……」
「動くな」
 大の大人に押さえつけられ、輝二は苦しげな呻き声を上げる。後ろ手で腕を固定されている上、足も封じられて身動きもできない。
「君たちは、いったい何をしようとしているんだ?」
 輝二を押さえつける手はそのままに、男はゆっくりと子供たちに問う。携帯がデジヴァイスに変わるところから見ていたのだろう。動かないはずのエレベーターと、子供たちが持つデジヴァイスを交互に見詰めている。
「もうすぐに調査隊の本隊が突入する。どの道君たちに逃げ場はない」
 ちらりと直樹が時間を確認すれば時間はあと一〇分ぐらいだ。これは万事休すか? と誰もが思った時に、予想外の出来事が起こった。
「エレベーターの中に走るんだ!」
 聞いたことのある声が叫んだ。そしてその直後、不意打ちにあった男の身体が大きく横に飛ばされる。
 いきなり現れた二つの人影に友樹は、黒い瞳を大きく見開いた。
「勝春に鉄平!?」
 二人は唖然とする友樹たちを見て鉄平は声を上げる。
「急げ!」
 その言葉に、考えるより先に全員の身体が動く。輝一は輝二のデジヴァイスを拾い、拓也たちと供にエレベーターの中へ。飛ばされた男が頭を押さえながらゆるりと起き上がり、焦ったように動き出す。同時に起き上がった輝二と勝春、鉄平がエレベーターに向かって走る。扉が閉まり始め、三人の体がするりと中に飛び込んできた。男の手が扉に届く寸前、大きな音をたてて、扉はしまった。
 エレベーターは猛スピードで下降を始める。まさに危機一髪の出来事に、何人かはずるずると座り込んだ。
「……もう、駄目かと思った……」
 友樹の言葉に勝春と鉄平以外が同意するように頷く。輝二が「助かった」と控えめに言えば、勝春と鉄平は「気にすんな」と笑う。
「でもなんで勝春たちがここに?」
「メールを見たからに決まってるだろ。んで、たまたま近所の川沿いで友樹と友樹の兄ちゃんが下水道に入っていくのを見て、後を追いかけたんだよ」
 そんな鉄平の言葉に「あの時の気配はお前たちだったのか」と一人納得する。
「なら言ってくれればよかったのに!」
「最初から出て行ったら、前の冒険みたいに戻れって言ってただろ?」
「でも結果的に助かったからいいじゃないか。どうせ俺たちはお前らを見送りに来ただけだし」
 二人の言葉に否定できずに、拓也たちは苦笑する。
再びガコン! と音がしてエレベーターは止まり、扉が開く。
 扉の先には地下ターミナルの原型は殆どなく、エレベーターから数メートル離れれば、レールが一本だけ引いてある黒い空間だけが広がっていた。
 空間と足場の境目には白いトレイルモンが、ただ静かに拓也たちを見据えている。近づくと、トレイルモンは静かに扉を開ける。「乗れ」ということだろう。
拓也は促されるままに乗り込む。
「兄ちゃん……」
 不安気に兄を見上げる友樹に、直樹は持っていた小さなカバンを手渡す。持って行けという事だろう。
「行ってこい。後悔しないよう、自分の思うままに進めばいい」
 直樹は「デジヴァイスのない俺が行っても足手纏いだから」と、無理をしているのか辛そうに微笑む。
 その言葉に、友樹は力強く頷いて、トレイルモンに乗り込む。
「頑張れよ」
「ビビって帰ってきたら承知しないからな!」
 乗り込んだ六人に勝春と鉄平が声をかけ、トレイルモンの扉が閉まる。
 動き出す。先の見えない暗い空間へ向かって。

「俺はここで待っているから……絶対に、帰ってこい」

直樹たちはただそんなトレイルモンを見えなくなるまで見つめていた。


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