16. 疑心暗鬼とすれ違い


 かつて自分のパートナーが住んでいた場所は、分厚いコンクリートに覆われていた。四つのアークが示した赤い矢印は間違いなく、このコンクリートの中を指している。
「ここって……」
「ギルモンホーム、だよな」
 健太と和博がコンクリートの壁を叩きながら言った。
 ここはかつて、啓人のパートナーであるギルモンが住んでいた場所であり、デ・リーパ事件が終わってから唯一デジタルフィールドが確認された場所でもある。
 そのデジタルフィールドはごく小さなものだったが、山木がコンクリート詰めにして立ち入り禁止にしてしまったのだ。その後の山木の話では、今はもうデジタルフィールドはないはず。しかし、何故アークはこのギルモンホームを指し続けているのか。
「やっぱり、デジモンが関連しているのかな?」
「この一年半動かなかったアークが反応したんだ。そう考えるほうが妥当かもしれない」
 啓人の言葉にジェンが答える。
「とりあえず、このことを父さんや山木さんに話したほうがいい。もしデジモンがリアライズしたら、パートナーがいない僕たちじゃ何もできない」
 ジェンの正論すぎる正論に、和博たちは頷いた。
「……ギルモン…………」
 些か舌足らずな音で自分の名を呼ぶパートナーの姿が脳裏に思い描かれ、啓人はアークを握る手に力を込めた。







16.疑心暗鬼とすれ違い







 そこは荒れ果てた荒野とは対照的な、緑豊かな場所だった。それはかつて彼らがよく訪れ、または住みついていた自然あふれる公園とよく似ている。違うのは、緑の合間に伸びる灰色の高いビルの代わりに、先ほどと同じ大陸が浮かんでいることや、整えられた道が見えないこと。そしてあちらこちらに大量のデジモンの気配があることだ。
「人間界、ではないな」
 レナモンがあたりを見回して呟く。もしかしたら人間界に飛ばされたのでは、と期待していた他のデジモンが残念そうに肩を落とす。
「デジタルワールドなのかなぁー?」
「にしては妙だな。ダストパケットもデジノームも一切見当たらねぇ」
「遠くの地にいる神の存在すら、感知できぬ。これは異常なり」
 テリアモンが耳を揺らして辺りの音を探りながら呟くが、それにインプモンが首を傾げる。ロップモンも分かり辛いが、インプモンに同意していた。彼らはこの一年半もの間デジタルワールドを放浪してきたが、こんな場所は見たこともない。カードロモンが以前住んでいた場所が近いが、それにしてはゲコモンやオタマモンたちの歌声が全く聞こえてこないのもおかしい。当のガードロモンも疑問符を浮かべていることから、彼の故郷ではないのだろう。
 それぞれが頭を捻る中、じっと空に浮かぶ大陸をじっと見つめていたギルモンが声を上げる。
「あの空に浮かんでいるの、ギルモンたちがいたところに似てるよ〜」
 そう無邪気に笑うギルモンに他のデジモンたちは驚く。すぐさまレナモンが辺りでも一際高い木の上に登って確かめに行った。
「ここ、デジモンの気配が一杯でクル」
 先ほどまでの様子が嘘のようにはしゃぐクルモンの声を聞きつつ、テリアモンたちも空に浮かぶ大陸に目を凝らす。東西南北に浮かぶ四つの大陸のうち、西南北に浮かぶ大陸は遠目から見てもここのように水があり、緑豊かな大地なのだろうということは容易に分かった。残りの一つ、東に浮かんでいる大陸は緑が全くなく、全体的に茶色の荒れ果てた土地が目立つ。
 先ほどまで荒野で見上げていた空の大陸は、東西南北すべて豊かな緑色と青だったことを思い出した。
「……言われてみれば、そんな気もしてきた」
 インプモンが呟くと同時に、レナモンも戻ってきた。テリアモンがどうだった? と尋ねれば「あれは間違いなく私たちがいた荒野だ」とレナモンが断言する。
「見た限りだが、私たちがいた荒野にとても地形が似ていた」
「じゃあギルモンたち、空の上に来たってこと?」
「クルモンたち、空を超えたでクル! すごいでクル」
「ぴぷぷ〜」
 レナモンの言葉に、ギルモンとクルモンが喜ぶ。どう考えても喜ぶべきところではないだろう。
「喜んでる場合かこの能天気コンビ! どうやって元の場所に帰れっつんだよ! いや、そもそもクルモンのせいでこうなったんだろうが! 勝手にふらふら出歩きやがって!」
それにインプモンが怒り、二匹は一転叱られて落ち込んだ。
「それくらいにしろ。起こった出来事にとやかく言っていても始まらない。今はここがどういう場所かを把握し、確実に帰れる方法を探すのが先だ」
「そうそう。ここでクルモンに怒ってもどうにもならないよ、インプモン」
 レナモンとテリアモンに宥められて、インプモンは気まずそうに口ごもる。確かにここでカリカリとしても何の解決にならないどころか、時間と体力の無駄だ。
 それに、この大陸のデジモンがはたして自分たちと同じような存在であるのかすらわからない。
 こうやって自分たちが別の大陸にやってきたということは、逆に自分たちの大陸に他のデジモンが紛れ込んでいる場合もあるかもしれない。もしかしたら、あの荒野の先で起こっていた戦いは、別の大陸からやってきたデジモンと交戦していたという可能性も十二分に考えられるのだ。
「どのみち、この大陸のデジモンと接触してみなければ詳しいことはわからないだろう」
「でも危険じゃないかー?」
 ガードロモンの言葉はもっともだが、ここでただぼーっとしていてもどうしようもないだろう。
「とりあえずこの近くにいるデジモ……」
 言いかけて、レナモンは言葉を切り、近くの茂みを睨み付ける。一拍遅れてギルモンたちもデジモンの気配を察知したのか身構える。
「そこに潜むもの! 姿を見せるなり!」
 先陣切って声を上げたのはロップモンだ。その言葉に応じて、ガサリと茂みを揺らしながら二匹のデジモンが出てくる。
 青の小さな竜と、それよりも一回り大きい黄色の恐竜型デジモンだ。姿からみるに二体とも成長期のデジモンだろう。二体とも明らかにギルモンたちを警戒していた。
「ここらでは見ないデジモンだな! お前たちもバルバモンの仲間か!?」
 青い竜が一歩進み出て警戒心も隠さずに問いかける。インプモンが挑発するように「だったら?」と問いを返す。その様子にレナモンが「挑発するな」と窘めてインプモンを下がらせる。
「バルバモンという名は知らない。それに、私たちには君たちと戦う意思も理由もない」
 レナモンの凛とした声に、青い竜は警戒心を和らげた。黄色い恐竜も、じっとレナモンを見つめた後、害はないと感じとったのか警戒心を解く。
「……その言葉に嘘はないね。だったら警戒する必要もないや。ブイモン、戻ろう」
「え!? 待ってよ! アグモン!」
 くるりと踵を返して、恐竜……アグモンは再び茂みの奥へ。青い竜、ブイモンもその姿を追いかけて茂みの向こうへと消えていく。
「なんだったんだろう?」
「あやつら、酷く警戒していた」
 テリアモンとロップモンがそうぼやくと、今度はマリンエンジェモンが声を上げた。
「ぴぷー!」
 マリンエンジェモンは空を指さしていた。みんながそれに視線を向けると、遥か向こうの山の一角が遠くからでもわかるほど大きく光り輝いている。
「今度はなんなんだよ!」
 嫌気がさしたのか、インプモンが大声で喚いた。



*******



 霧は、昼間よりもさらに濃く深くなっていた。それらは夜の闇と同化して、落ち着いた闇色の霧へと姿を変える。月も星も、街明りの外灯すらも、霧に阻まれておぼろげにしか確認できない。
 そんな街を、照明も付けてない部屋の窓越しに眺めていた啓人は、きつく唇を噛みしめた。
「……どうしてなんだ」
 昼間の出来事を思い出して、啓人は苛立たしげに自分の前髪を掻き上げる。
 数時間前、アークに導かれるままに啓人たちはギルモンホームへと向かい、そのことを山木やジェンの父親に伝えた。彼らは一時間もしないうちに公園にやってきて青ざめた顔をした。
その様子は知られてはいけないことが暴かれた人間の表情そのものだ。それに気づかない子供たちではない。すぐさま大人たちに問いつめるが、彼らは「家に帰ってじっとしているんだ」の一点張りだった。やがて連絡を入れられたのか、親の手によって子供たちは自宅へと強制送還させられたのだ。
「啓人……」
 扉を開いて、母親が啓人を呼ぶ。その声はどこか啓人に遠慮しているようでもあった。おそらく、大人たちは昼間の出来事について自分たちに何か隠し事をしているのだろう。それは確実にデジタルワールドに関係しているものだろうということは容易に想像できる。

「母さん……僕たちに何を隠しているの?」

 この数時間で幾度となく口にした問いを、再び投げかけた。
母は頭をふって、何も答えずに黙って啓人を抱きしめる。
「ねぇ、母さん……」
啓人の背に回された手は酷く震えていた


 

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