17. 導くは姿なき者の声


 人気の少ない住宅街の道を選んで進んでいくタイキの耳に、声が届いた。
聞き覚えのありすぎる声に辺りを見回すと、この先の階段を降りた場所にある広場に森田と二人のクラスメートがいるのを確認した。
 彼らは広場のベンチに座り、なにやら話し込んでいるようだ。
「あ、工藤じゃねーか!」
 クラスメートがタイキに気が付いて手を振る。タイキも階段を駆け下りて彼らの元に駆け寄った。
「何してるんだ、こんなところで」
「それがさ、とんでもないことがわかったんだ!」
 問うと、森田が興奮気味に先程会議室で盗み聞きしていた内容を語り始める。タイキは森田たちが盗み聞きをしていることを知っていたので、対して驚くでもなく話を聞く。自分もその場にいたことは決して口にはない。
「ここで俺たちが華麗に事件を解決したら、一躍有名人だぜ!」
「テレビの取材とか来たりしてな!」
 そうはしゃぐ森田たち。それを見て、ここまでの話を知っていてそんな能天気な会話ができるものなのかと、タイキは頭を抱えたくなった。
 己も人のことを言えた義理ではないが、少なくとも危機感は持っているつもりだ。だが、森田たちは面白半分に事件に首を突っ込もうとしている。それがタイキには不安でならない。
「タイキも一緒に行こう! ヒーローになれるかもしれないぜ!」
「馬鹿野郎!」
 差し出された森田の手を払い、タイキは怒鳴る。
「何がヒーローだ! なにが有名人だ! 森田たちは先生たちの話を聞いて何もわからなかったのか!? ただの中学生が首を突っ込んでいい問題じゃない!」
 タイキの剣幕に森田は一瞬怯んだが、すぐにタイキを睨んで言い返す。
「お前はクラスメートたちが消えてなんとも思わないのかよ! それに首を突っ込もうとしているのはお前だって同じだろう! 今の時間にこんなところをうろついてんのが何よりの証拠だ!」
 図星をつかれてタイキは言いよどむ。他の二人はおろおろと遠巻きにタイキと森田を傍観している。
「確かにお前はなんでもできる。だからって俺たちの行動に口を出す権利がどこにあるんだ? ……お前さ、自分のことが特別≠セと思っているんじゃないか?」
「そんなこと……!」
「思ってなければなんなんだよ! いいさ! もうお前には頼らない! 俺たちは俺たちで勝手にやらせてもらう!」
 行くぞ! と森田は戸惑う二人をつれて踵を返した。
「森田! ……っ」
 慌てて追いかけようとするものの、ふらりと視界が揺れた。タイキはとっさに水飲み場に手をつく。目眩だ。
 森田たちの背中が遠ざかる。

「……こんな時に……」

 彼の最大の欠点は「自分の限界がわからない」ということ。そしてその欠点をすぐに忘れてしまうことだ。
 生徒が消えていくなか、それに比例するようにタイキには助っ人の依頼が増えていた。最近、ろくに休んでいなかったことを、今更ながら思い出す。今倒れるわけにはいかないとタイキは折れそうになる膝に力を入れて耐えるものの、身体はもう限界だった。
 ふらり。
 視界が反転する。このまま倒れてしまったら、地面へ強かに頭を強打するだろう。「あ、まずい」 そう思っても身体は重力にはさからえない。瞼が落ちて視界が遮られる。
 一瞬だけ頭部への衝撃を覚悟した。しかし、意識が沈みきる直前に感じたのは柔らかい綿の塊、そして自分の名を呼ぶ二つの声だった。







17. 導くは姿なき者の声








「ほんと、助かったよ」

 タイキは自分を救った幼馴染に朗らかな笑顔を向ける。対してその幼馴染は口元を引き攣らせながら、頭に手を当てる。それは「呆れてものも言えないわ」と言わんばかりの表情だった。
 そんなアカリをユウは苦笑しつつも宥める。
倒れきる直前、タイキの頭にクッションをスライディングで滑り込ませたのは、幼馴染であるアカリだった。ユウと共にタイキを探して町内を走り回っているところに、偶然森田と言い争いをしているタイキを発見したのだそうだ。
ユウは安堵しつつも、自分とネネの身に起こったことを話し、タイキもまたユウの話と先程の話を聞いてある仮説を立てていた。
「その声は確かに見つけた≠ニ、そう言ったんだな?」
「はい。間違いないです」
 再度確認をとって、タイキは顎に手をあてて考え込む。
しばしそうして、タイキは唐突にアカリに携帯の有無を確かめる。
「今ゼンジロウに連絡取れるか?」
「え、あ、うん。でもなんで?」
「ゼンジロウの学校に変わったことがないか教えてほしいんだ」
 その言葉に、アカリは首を傾げつつもゼンジロウにメールを打ち始める。ユウはそれを見て「さすがタイキさん」と小さく嘆息する。
「三校のうちの一校は、都内でも有数のエリート中学だと言っていた。もし仮説が正しければ、キリハも……」
「ほぼ間違いないですね」
「え、なに二人して謎が解けたような……」
 頷きあう二人に、アカリが戸惑う。そんな彼女に苦笑しつつユウは丁寧に説明を始める。
 いま大量に行方不明者が出ている学校は、タイキの学校を含め五校。そのうち二校は小学校、ユウとアカリの学校で埋まる。ネネは今留学準備のために休学しているのでノーカウント。残りの中学三校の内一校はタイキの学校。ここでもしゼンジロウの学校も同じ状態だったら、ある仮説がほぼ確定される。
「……全部デジタルワールドに行った仲間たちが通っている学校」
「そういうこと」
 やっと合点がいったアカリは手を叩く。そこで丁度ゼンシロウからの返信を知らせる着信が鳴る。手早く携帯を開き、内容を確認して携帯を閉じる。
「……二人の仮説。合ってたみたい」
 その言葉だけで、答えは確信できた。
「この一連の事件……狙われているのは、ユウとネネだけじゃない。俺たちもだ」
 直接タイキたちを狙ってこないところを見ると、犯人はおそらくタイキたちの学校と名前を知っているだけで、正確な居場所はわからないと推測できる。だから無差別に生徒たちを連れ去ったのだ。
タイキとユウは頷き合ってベンチから立ち上がる。
「このままだと森田たちも危ないな。アカリも家に戻った方がいい。大人がいれば……むっ!」
 大丈夫。そうタイキが言い終わらいところで顔面にクッションが当たる。アカリが投げたものだ。
「じょーだん! 私もいくに決まっているでしょ!」
「だけど……」
「四の五のいわない! 行くわよ!」
 ごもるタイキとぽかんとするユウの手をアカリは引いていく。アカリに引きずられる形で二人は広場を後にした。


*******


「なぁ、いいのか?」
 薄暗くなってきた山道を歩きつつ、一歩後ろをついてくる友人に森田は苛立ちを隠そうとせず「なにがだよ」と噛み付くように返す。
「タイキの言ってたこと、間違ってない気が……」
「そもそも事件なんてどう解決すれば……」
 日は暮れかけ不気味な山道にびくびくと進みながら二人は訴える。
「じゃあ帰ればいいだろ!」
 髪を掻き毟りながら森田は怒鳴って歩くペースを早める。二人がついてくる気配がない。
 それでもかまわずに森田は進み続ける。
(根性なしがっ!)
 心の中でそう悪態をつきながら、足元の小石を蹴る。蹴られた小石が木の幹に当たって落ちたその瞬間、
「うわぁあああああああ!」
 静かな空気を震わせる悲鳴に、慌てて進んだ山道を駆け下りる。
 数十秒もかからぬ位置で、異様な光景を目の当たりにした。避けた空中から溢れ出たスライムが、友人二人を呑みこまんとしているその光景に、ぞわりと鳥肌がたった。
「な、……んなん、だよ」
 掠れた声で呟くのと同時に、1人が完全に飲み込まれた。その様子を間近で見てしまったもう一人は恐怖で上ずった悲鳴をあげながら、自由な右手を目の前で凝視している森田に手を伸ばす。
「た、助け……!」
 彼がその手に答えることはできなかった。ただ恐怖で棒立ちになりながら、友人が飲み込まれていく様を目に写すだけだ。
 友人が視界から完全に消え去ると、スライムはゆっくりと鎌首を森田の方に擡げる。「次は自分の番」そう頭の中で理解した瞬間、森田は悲鳴を上げて逃げ出す。しかし、スライムの方が動きは早かった。森田はあっという間にスライムに捕えられて、友人たちと同じように避けた空間の向こうへ引きずられる。

――またハズレかぁ……

 退屈そうな声は、叫ぶ森田には聞こえない。

「森田!」

 絶望的なこの状況下で声が響いた。必死に声のした方に首を動かすと、タイキが森田に向かって走り寄ってくるところだった。反射的に彼に向かって手を伸ばす。タイキも助けようと手を伸ばすが、距離が遠い。その手をつかむことができぬまま、森田は完全に呑みこまれた。
「何、……アレ?」
 アカリが震える声で呟く。タイキとユウは彼女を後ろに庇いながら、スライムと対峙する。
「お前が一連の事件の犯人か!」
 タイキが大声で問うがスライムは答えない。
「ネネや森田……さらったみんなをどうするつもりなんだ!」
「姉さんを返せ!」
 声を荒げるとどこからともなく、くつくつと押し殺したような笑い声が返ってきた。

――赤のクロスローダーの所有者……やっと見つけたよ。さっき逃げた黄の所有者も一緒なんて、運がいい。

 その言葉に驚きもせずに二人は身構える。

――さぁ、一緒に行こう。デジタルワールドに!

 その途端、タイキとユウにスライムが襲い掛かった。



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