入眠 / へしさに

「長谷部はわたしに愛してるって言うけどさ。それはどういう意味の愛してるなの?」
「どういう意味、ですか」
わたしの面倒くさい質問に、隣の布団にくるまったままぱちぱちと目を瞬かせるのは近侍兼恋人……の長谷部。恋人とは言ってもわたしたち、明確に交際しているわけじゃない。今年に入って二度目の雪が降ったある日の朝、唐突に長谷部が「お慕いしております」と言ったから「ありがとう」と返事をした。「わたしも長谷部のこと好きだよ」と応えたら「ありがとうございます」と返ってきた。以上。それだけ。一見何も変わらないように思えたけれど、その日を境に長谷部は「愛しています」と口にするようになったので、きっとわたしたちの間で何かは変わったのだろう。関係に名前をつける作業を省いただけで、恐らく、所謂恋人同士。こうして隣に布団を並べて、下らないこと喋って寝るのが時々じゃなくていつもになったのも、あの雪の日からだった。
「長谷部はさ、わたしによく言うじゃんか。愛してるって」
「ええ」
「愛にも色々あるでしょ。敬愛とか、家族愛とか」
「……主は俺の事をどう思っていますか? 愛していますか」
こいつ、こういうところがある。話の流れをぶった切って、自分の話を進めるところ。
「多分、そう」
「どう思っていますか、言って」
「…………愛してる、と、思う」
「ええ。でしょう?」
薄闇の中で満足気に頷く長谷部。今のくだり必要だった? 暖かな布団の温度をもっとと強請るように背を丸め、両足を抱え込むような寝相に変える。布の擦れる音がやけに大きく聞こえた。
「主にとって俺は、どんな愛を注ぐ対象なのですか」
「質問に同じ質問で返すのどうかと思うけど」
「参考に聞かせてください。俺は自分のこれを、何と言えば良いのか分からない」
向かいの布団に寝そべる長谷部に話の続きを促す視線を送れば、彼は悩ましげに目を伏せた。端正な顔を、煤色の髪がするりと滑り落ちる。有り体な言葉で言うとすごく、綺麗だった。男士以外に神は見たことないが、きっとこの計算され尽くした容貌は、娑婆と一線を画した存在のものに違いない。
「自分の思うままに言ってみればいいよ。参考なんて無い」
不安だったとは言わないけれど、確認したかったのかもしれない。今更自分の質問を他人事のように振り返る。わたしたちって付き合ってるんだよね、恋人同士なんだよねって、つまりはそういう。だってこっちはそれなり、恋みたいな愛をもって好きなわけで。齟齬が起きていたらどうしようなんて今更思いついて不安になろうとしたところで、息を吸いこむ音が僅かに宙を揺らした。
「俺はまだこの感情を上手く表す単語をよく知りませんが、」
長谷部は前置きをして一瞬黙った。ゆっくり言葉を探るような素振りを見せて、もう一度おずおずと口を開く。

貴女と共に歩む杖になりたいと思う一方で、無い藁を求めて藻掻く哀れで可愛らしい姿を眺めていたいとも思います。
勿論苦しむ様子を望んで見たい訳ではありませんし、災厄が降りかかろうものなら何でも斬るつもりです。
そうして貴女に傷一つつけたくないと考えれば考えるほど、殺めるのは俺でありたいと願うし、
高貴で清らかな様子を崇めていたいと思った矢先には、貴女のふとした仕草にどうしようもなく欲情する。

鋭い、けれど心地よい二つのむらさきがこちらを向く。頭の中で低いテノールがわんわんと鳴りながら言葉になっていく。
「すみません、困らせてしまって」
「……ううん、ありがと」
「これはなんだと思いますか。どんな愛ですか。もし愛じゃないなら、なんですか」
多分、恐らく、結局のところそれは。
口を開こうとして、でも気恥ずかしくってやっぱりやめて。さっきの長谷部と同じようなことを繰り返していたら逞しい腕が伸びてきて、もう十分かかっている布団を掛け直された。
「俺は愛の種類も言葉もどうだっていいです。貴女のことがどれだけいとしくて、どれだけ欲しくて、どれだけ大切か伝われば、それで」
いつもより舌足らずな言葉。長谷部の手は自分の布団へ戻ることなく、わたしの頭の横にゆっくり降ろされる。瞼も落ちかかっているように見えた。襖の外はほとんど静まっていて、月明かりの音がしんしんと聞こえてきそうだった。
「もう寝ようか、長谷部」
頭元に置かれた掌に手を重ねると、弱くも確かに力と熱を孕む指がわたしのそれを絡めとる。おやすみ、と呟くと、愛していますとやわらかな音が聞こえた。今まで聞いた中で一番、あたたかい音だった。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -