AM6:30 / へしさに未満

「主!」

私の一日は、決まってこの3文字から始まる。もっと正確に言うならば「主!起きてください!」の二言。私がお布団の穏やかな温もりに包まれながら「あと五分」と強請ればものの数秒足らずで「はい、もう五分経ちました」と返し、「もう少し待てない?」と愚図れば「俺は十分待てが出来る刀ですよ」と返すのは、今日も今日とて優秀な、近侍のへし切長谷部である。待てが出来るなんて嘘だ。書類仕事中私がトイレに行くと言って執務室を出て、厨で行われていたお菓子作りに足を取られて30分程戻らなかった時には凄い勢いでとっ捕まえに来たことを是非とも思い出してほしい。…………確かにあの時は過去最高に納期ヤバかったけど。
そもそも長谷部は私を幼い我が子が何かだと思っているのか何かと世話を焼きたがる。主さんじゅっさい。おはようもいただきますも、いってきますもおやすみなさいも十分1人でこなせる歳だ。それなのにやれ脱いだ寝巻きは洗濯籠へだのやれ出したものは元あった場所へ戻せだの。「近侍ってここまでする役柄ではありませんよね?」なんて、そんなの私が言いたいわ。誰のせいで。誰のせいでこんな干物に。残念ながら紛れもなく自分のせいである。
朝は特に起きて起きてって余りにもしつこいもんだから、大体私が「煩いなぁ!」と顔を上げ、寝起きの浮腫んだ顔で精一杯長谷部を睨むことになる。すると目に入るのはきまって、あなたどこの事務所入ってんの?みたいな、朝にはちょっと心臓に悪いくらいの冴えたスマイル。
「起きましたね、おはようございます」
その甘いマスクと優しい声音とは裏腹に、掛け布団をひっぺがす手はなんと無慈悲なことでしょう。カソック着てるくせしてとんだ詐欺だ。
「主ももう良い大人でしょう。演練でよくお会いするあの元服にも満たない審神者ですら、お1人で寝起きされるそうですよ」
引き摺られるようにして這い出ると、長谷部はまだ温もりの残る布団をテキパキと畳んで押し入れへ入れてしまう。自分でやるのになぁと思いながらその所作を眺めるのももはや日課のひとつだ。
そして、極めつけは彼の口癖。
「いつになったら俺がいなくても、ご自分でできるようになるんですか?」

けれど私は知っている。
世話焼きな近侍のへし切長谷部が実は私よりも朝に弱いことも、私を起こす時間を加味して早く起きていることも、部屋に向かってくる足音に時折鼻歌が混じることも、障子を開ける前に決まって、どこか緊張した様子で小さく深呼吸をすることも。
寝転びながら時計を覗くと、丁度彼の起こしに来る時間を指していた。
ほら、廊下の板が鳴る音がする。

「主!」
今日も私の一日は、彼の紡ぐ三文字から始まるのだ。



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