ソーダ水の裏側


「名前、今日練習見に来る?帰りご飯行こって話してたんだけど」
「おお、いいね。…でもごめん、今日は帰って家事するよ」
「…そ?お母さん大変なの?」
「、うん、まあ」

日差しが熱い。夏がくる。傾き始めた初夏の太陽の光に、目を眇めて思う。

今日でバレー部に顔を出さなくなって三週間になる。それでも友人は思い出した頃にふと私を誘い続けてくれる。決まって言葉を濁して断る私に理由を尋ねることもなくだ。

申し訳ないと思う。本当は何があったか話すべきなのかもしれない。けれど彼女はバレー部のマネージャーで、彼とも当然面識がある。
赤葦くんに告白された、伝える全てはその一言に集約される他ないが、感情の整理が追い付かないのだ。結局私は黙って待ってくれる友人に甘えている。

「ヘイヘイヘーイ!マネージャー、テーピングきれて…あっ、名字!」
「あ、木兎」
「木兎くん」

既に体操服に着替えた木兎くんが急ブレーキ音を立てながら教室のドア前に停止する。上履きが、というか人間が出せる音を完全に逸脱していると思うのだが、最早誰も気にしないあたりが木兎クオリティと言うべきか。

思索に耽っていたら、木兎くんが突然頬を膨らませずんずん歩いて来た。どうかしただろうかと眺めていたら、彼は何故かマネージャーではなく私の前に立った。

「名字!」
「うおっ!?な、何でしょう?」
「お前、なんでバレー部見に来ないんだよ」
「え」

予期していた台詞を予想外の人物から向けられ、一瞬思考が吹っ飛んだ。思わず友人を見る。尋ねられるならまず友人か、赤葦くんだろうと踏んでいたのに。…赤葦くんに関しては、踏んでいたと言っても対応策は皆無だったが。

「いや…普通にタイミングが合わないだけっていうか…予習したり、家事しに家帰ったりしてただけだけど…」
「え、そうなのか?」
「…うん」

きょとり、木兎くんは先ほどまでのやや険しい顔を一瞬で消して目を瞬かせる。
…自慢じゃないが私は嘘をつくのが決して得意じゃない。必要不可欠なら地味力全開で欺くこともあるが、自分の為につく嘘は頗る苦手で、簡単に見破られる。後ろめたさが見て取れるらしい。自覚はある。
だが間違いなく後者のケースである今、

「なんだよー!俺なんかしちゃったかと思って焦ったじゃん!木葉が俺がうるさすぎたせいだとか言うからさあ、」
「あ…はは」

…あっさり納得してしまった木兎くんに、私は凄まじい申し訳なさと共に非常な不安を覚えた。私は彼の将来が大変心配である。
この純粋無垢な彼を騙すことに対する罪悪感もハンパじゃない。いっそ切腹したくなってくる。これだから小心者は。これだから豆腐メンタルは。

「…いや、実は…うん。忙しいっていうか、忙しくしてるっていうか」
「んあ?何、どういうこと?」

罪悪感に負けて自分で墓穴を掘りに行ってしまった。でもこの真っ直ぐ過ぎる人を前に私が嘘を突き通せるわけがない。
どこまでオブラードに包めるだろうか。そんなものがこの実直な彼に通用するかどうかという地点から怪しいが、私は慎重に言葉を選んで口を開いた。

「…本当は、わけあって、今はちょっと見学に行くのを控えてるんだ。嫌な思いしたとかじゃない。全部私の問題なんだ」
「……、」
「…あー…それにまあ、元々私部外者だし、うん、去年は委員会の関係でお邪魔してただけで、本来いなくても問題ないというか、」
「何だよそれ」

瞬殺だった。何が彼の琴線に触れたのか私にはわからなかったが、彼の特徴的な髪と同じ色をした瞳に、穏やかでない光が宿ったのはわかった。
上背があり体格の良い彼がぐっと眉間に皺を寄せ立ちはだかる様は威圧的で、思わず体が強張った。今まで黙っていた友人がついに口を開くが、彼は構わなかった。

「ちょっと木兎、」
「いなくても問題ないとか、誰がそんなこと言ったんだよ。俺はそんな風に思ったことねーぞ!」
「え、…え、いや…」
「むしろ、名字は来るといろいろ手伝ってくれるから助かるってうちのマネもよく言ってる。猿杙も小見もお前のこと邪魔とか言ったことねーし、赤葦はー…わかんねーけど最近ちょっとビミョーなトスが増えた!」
「ちょっと、なんか脱線してるよ木兎」

胸を張って言い切る木兎くんを、友人は呆れた面もちで見やる。二人に取り残され、私は呆然と突っ立っていた。情報の収集がつかない。

特別なことをしていたとは思わない。迷惑にならないように、いつもそれだけ忘れずお邪魔していた。部員の人達とは休憩に少し話す程度で、友人たちのお手伝いだって大したことはしてない。

ああ、でも。私だって、もしいつも来る人が来なくなれば、気になるくらいはするかもしれない…

「…木兎くん」

自分を卑下しすぎれば時に相手に失礼になる。バレー部の人たちは冷たい人達なんかじゃない。考えれば当たり前のことなのに。

「ありがとね」

…余裕ないなァ、私。

「お?おう…?まあ何か知らねーけど、解決したらまた来るんだろ?」
「…、だと思う」
「そうか!ならいい!」

頷くのには力が要った。でも心は穏やかだった。何一つ解決していないのに心臓が凪いでいる。木兎くんは怪訝な顔をしていたが、最後はいつものように笑ってくれた。
私は鞄を肩にかけ、前を向き、教室の入り口に向かう。窓からの眩しい日差しが四角く落ちる廊下に踏み出した。

このまま何も起きないでいてほしい。

心の底からそう願う。そうすれば、このどうしようもない堂々巡りから抜け出せる。
私はこの時、確かにそう思っていた。

141010
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