ノット・イコール



「あ」
「、おう」
「や」

先に声をかけたのは私、ぞんざいな返事をよこしたのは向こう、片手を挙げて応じたのはまた私だった。
ほどほどに緩めたネクタイとくたびれたカーディガン、傷んだ茶髪は少し切りそろえられただろうか。エナメルを肩に、ポケットに手を突っ込む友人の傍の姿を見つけたのは職員室前。

「珍しいね、用事?」
「部室の鍵返しに来た」
「え?引退したんじゃなかったっけ」
「体鈍らせると後がメンドイんだよ」
「…ああ!推薦だもんね」

一瞬考え思い当たる。こいつはとかく主語や前置きを省くから話についてゆけなくなるのだ。
そこまで聞いてふと落ちる影にぎょっと上を見上げた。いつの間にそこにいたのか、ばちこん、噛み合った眼差しに息が詰まった。

驚くほど色素の薄く、透けるようでいて、まるで底の見えない強い瞳。完全に上から覗き込む上背とそのガタイの良さに思わず怯む。瞬きすらせずこちらを凝視するその意図がわからずも、既視感がつついた脳味噌は確かに彼を覚えていた。名前は危うい、だが彼はうちの男子バレー部の。

「ちょっと、いたいけな文系ビビらせてんじゃないよ猛禽類」
「なぬっ!?何もしてねーじゃん!」
「威圧感ダダ漏れなんだよ。もっと普段のアホ面してな」
「シッツレーだな!見ねー顔だなって思っただけじゃん!あっ、もしかして前言ってた進学の?超頭イイってヤツ!」
「おっ?」

突如向けられた興味の矛先にたじろいでしまう。助けを求めんと友人を見れば、返事は眼だけで返ってくる。訳としては「諦めろ」あたりか。いや待てアンタの知り合いじゃないのか。

「えーっと…?」
「へーっ、へーっ、コイツ超ブアイソだから女子の友達いんのかなって思ってたけど、いるんだな!」
「どっちが失礼だこのアホ面」
「あっやっぱ普通科でもそうなんですか、コイツちゃんと友達います?ぼっちしてません?」
「おい名字アンタも表出な」

びっくりするほど明け透け過ぎる彼に一周回って冷静になった。冷静になり過ぎて真面目に聞き返せば友人に思い切りメンチ切られた。いちいち仕草がヤンキーだと思う。

「あーいたお前どこで油売ってんだ!後輩待たせんな!」
「油なんか売ってねーよ!鍵返しに来たんだ!」
「現国の慣用句やり直せ!」

これまた愉快なやり取りは職員室の廊下を抜けた先、部室棟に繋がる出口から。彼と同じ練習着を纏った男の子たちが覗き込ませた顔に、条件反射で軽く会釈する。しかし彼らがそれに反応するより早く、「じゃー先行ってんぞ!」という挨拶を残した彼はその長い脚で見る間に遠ざかっていった。

そのやり取りからしてこの後約束があるらしい。見やった友人は面倒そうな顔を隠さないが、しかし本心から嫌というようには見えなかった。

「賑やかだな。この後ご飯でも行くの?」
「…後輩拉致られてるからね」
「へえ」

じゃあ下駄箱まで一緒に行こうか。誘えば返事はなく、けれど歩き出す彼女に並んで昇降口を目指す。
しかし後輩か、珍しい単語を聞いたものだ。年齢立場関係なく、基本的に他人に興味を持たないこの友人にも少なからず気をかける後輩がいるらしい。ただこの友人ももちろん後輩さんもバレー部ではない。男バレとの接点は基本ないはずだが、何の繋がりで仲良くなったんだろう。
そこまで考え、ふと思い出して口にする。

「あ、男バレって言えばさ」
「なに」
「春高予選っていうの?地区大会、あれいつ始まるんだっけ」

男バレとは某かの関係があると見える友人なら知っているだろうか。そんな私の気軽な推測はしかし、怪訝そうに眉を潜めた友人の、こちらもそこそこに色味の乏しい瞳を前にしぼんでゆく。

「今やってんじゃないの?まあうちはシードだろうし、一次には出ないかもね」
「え、一次予選って終わったよね?」
「…?ついこの間始まったって聞いたけど」

噛み合わない認識にこちらもまた眉を潜める。だが友人の方も不可解そうに私を見やるので、たまにかましてくる気まぐれな冗談でもなさそうだった。

「いや、けど…予備校の知り合いが、その人も男バレなんだけど、来週から二次予選だって」
「…、じゃあそいつ県外なんじゃない?」

思いもよらぬ想定に一瞬呆気に取られた。県外?学校名は確か―――アオバジョーサイ。思えば互いの友人やチームメイトの話はよくしていたけれど、岩泉と学校そのものの話をしたことは殆ど無い。

ああでも、私立の強豪でエースを張る実力となれば、県外からの引き抜きも珍しい話ではないな。うちも全国区の部活には地方から来た寮住まいの生徒が少なくないし、進学科でも結構な距離を電車通学している人がいる。学校から塾に来るのも割と時間が要るみたいだし、県外としてもおかしくない。

「ま、勝ち上がればいずれ話題にも上がるでしょ」

言いながら辿り着いた昇降口、下駄箱から取り出したスニーカーを地面に放る友人が何気ない口調で言う。それにならってローファーに足を突っ込み外に出れば、校門脇に連なるジャージの一団の中、私たちを見つけたさきほどの彼の姿を見つけた。

「アレでも全国五本指に入るってエースがいるからね、ウチには」

呆れたように友人が見やる先、随分目を引く青年の名をようやく思い出した。普通科はおろかスポーツ科の情報にもめっぽう疎い私を含め、このマンモス校でその名を知らぬ者はいない、全国屈指のスパイカーは、待ちきれないと言いたげに私の友人の名を呼んだ。

逆立てた色味の薄い髪の彼の隣には、その対比も相まってひどく小柄で華奢に見える少女の姿もある。一団のものとは違う白と水色のジャージには見覚えがあった。隣の友人の部活のそれと同じものだ。恐らく拉致られた後輩というのは彼女のことなのだろう。

「じゃ、行くわ」
「うん、楽しんどいで」
「やかましいだけだよ」
「ホントにやかましいだけなら行かないくせに」

嫌そうに顔をしかめた友人は私の肩を軽く殴った。不機嫌な横顔に笑って、履き潰したスニーカーを擦りながら気だるげに歩み去ってゆく友人に呼びかける。

「またね、篠崎」

ひらり、返事は雑に上がった片手と、風に舞うざんばらの傷んだ茶髪。

愛想が無いのはいつも通りで、けれどその横顔にいつかによく見た酷く退屈そうな色はない。それが嬉しくて、ほんの少し寂しく思った。

とりあえず帰ったら春高予選の日程を調べなければ。あと、試合会場までのアクセスも。切り替えるように心に決めて、私は自転車置き場へ向かって歩き始めた。


180406
「ノット・イコール」。
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