8.「独占欲」

IH予選が終わってからもIH本番に向け、俺は毎日バスケの練習に励んでいた。
夏休み前にあった1学期の期末試験で赤木以外のスタメン4人が赤点を取るという事態が発生し一事はIH出場も危うかったがなんとかその危機も乗り越え、無事俺は高校最後の夏休みを迎えることが出来、その後すぐ静岡で1週間の合宿が始まった。
合宿で行った試合では、昨年全国ベスト8を相手に1勝1敗1分けという成績を残しこれから初めての全国に挑戦する俺たちに弾みをつけるには十分だった。

静岡の合宿を終えた俺は神奈川に戻ると早速名字に電話を掛ける。
IH予選最終日に約束した夏祭りの話をする為だった。
ねーちゃんがいない隙にこの前の雑誌を樟ねてどの祭りに行くかはもう決めていた。

***

合宿から戻ってきて迎える初めての土曜日、俺は午前中の部活を終えると早々に家に帰る。
家に戻ると早速部活でかいた汗を流すためにシャワーを浴びる。
シャワーを浴び終わると時計はまだ2時を指していて、俺は「まだ、時間あんな・・・」と呟いた。
今日は名字と夏祭りに行く日だった。

それから俺は適当にリビングで時間を過ごしていると、待ち合わせの時間まで後1時間に迫ってきて”そろそろ着替えるか”と自分の部屋へと向かう。
部屋に行きクローゼットを開けると「あー、どれきっかな・・・」と頭を悩ませながら服を選んでいると

「そういえば、名字は何着てくんだろな・・・」と急に気になり考えていると、ここ数日夢にまで出てきた浴衣を着た名字の姿が頭に浮かんだ。
それにより着る服が決まって「よし!」と呟くと服を取り出しそれに着替えた。

着替えを終えると俺は待ち合わせ場所の駅へと向かう。
本当だったら3時くらいに待ち合わせして軽く茶でも飲んでから行こうなんて考えていたが、どうやら名字は用事があるらしく家ではなく駅で待ち合わせすることになっていた。

駅に着くと約束の時間まであと5分といったところ。
辺りを見回すと浴衣を着た奴がうじゃうじゃいて自然と俺の気持ちも高鳴る。
そのままボーっとしながら名字が来るのを待っていると
遠くから「三井君!」と呼ばれてこちらに向かってくる名字を見ると着ていたのは普段着でしかもパンツだった。

「ごめんね。待たせちゃったね」
「いや、今来たとこだ。」

すると名字は、俺の姿を上から下まで見た後に「ごめんね、私も浴衣にすればよかったね。」とシュンとした顔をしてそう言って来た。
そう俺が今日着ていくのに選んだのは浴衣だった。名字が着てくるなら俺もと思って選んだのだ。
正直本音をいうと俺も名字が浴衣だったらなと思ったが、もうこの時間じゃ仕方ねぇし別に浴衣なら誰でもいいってわけじゃなくて名字と一緒に祭りに行くことに意味がある。
だから俺は「気にすんな」といって、名字の頭を撫でた。

「じゃ、行くか」といって俺たちは並んで歩き始めた。
会場に向かう間、IH予選後あった出来事の話をした。
そんな俺の話を名字は笑顔で聞いてくれて俺も自然と笑顔になる。
だけどさすがに赤点の事は話してないけどな。恥ずかしいし。

そうこうしているうちに夏祭りの会場に着く。
道の両側にはずらりと屋台がならんでいてどれにしようか迷う。

すると
「三井君、あれ食べない?」
そういって名字が指さしたのは綿菓子だった。

「たく、綿菓子かよ。ホント名字って口は子供だよな。」
「ひどーい。そんなこと言うんじゃ三井君にはあげないよ?」
俺がからかうと、口をぷくーっと膨らませながら”あげないよ?”という名字の姿に自然と笑みがこぼれる。
見た目は大人になったかもしんねぇが、相変わらず甘党な名字の姿に懐かしさを感じた。

嬉しそうな顔をしながら綿菓子を頬張っていた名字は、急に真面目な顔をして「三井君。誘ってくれてありがとうね?」と言ってきた。
急にどうした?と思いながら言葉を発そう口を開けると、その隙をついて口の中に何かかが入ってくる。どうやら綿菓子のようだ。
すると甘い味が口内に広がった。「ちょ!名字!!」と言うと、今度はいたずらっ子のような顔をして「お礼だよ?」と言ってきた。
口の中に入った綿菓子はどんどん小さくなって無くなっていく。けれどそのけだるい甘さに俺は心地よさを感じていた。

それから俺たち2人で店を巡っていると「三井君、私ちょっとお手洗い行ってくるね?」と名字に言われその近くで一人で立って待っていると

「あれ?ミッチーじゃねぇか」と桜木軍団に声を掛けられた。

げ、桜木と水戸達・・・。たく、なんつータイミングなんだよ。と心の中で悪態をつく。
先程までは”名字、早く戻ってこないかな”と考えながら待っていたのに、桜木軍団と遭遇して逆に”まだもどってくんなよ”と願っていた。
けれどその俺の願いは「三井君、お待たせ」という名字の声に簡単に打ち砕かれることとなる。

「あら、洋平君達じゃない!久しぶりね。」
「あー名前ちゃんじゃん!久しぶり!」

名字は、水戸達がいるのに気づいて笑顔で声を掛ける。
つづいて他の奴らとも楽しそうに会話を始めた。
するとまだ直接会ったことのなかったのか桜木は不思議そうな顔をして水戸に問いかけた。

「おい、洋平!誰だ?この美しいお方は。」
「あ、そっか。花道は会うのは初めてだったな。ほら、前に話しただろ?観客席で仲良くなった子の話」
言われて桜木は考え込むと「あー!!!!」と叫んだとおもったら話していた他の奴らを押しのけ名字の前に立ち手を取ると
「わ、わたしは桜木というものです。あなたのお名前は?」と顔を赤くしながら聞いている。
そんな姿を見ていた俺はそうじゃなくても名字のことを名前で呼んでるは、楽しそうに話してるはでイライラしてたのに、桜木のやつときたら赤くなりながらフツーに名字の手を取りやがってさらに俺のイライラを増長させる。

もう我慢できねぇと思った俺は桜木の手を払うとそのまま名字の手を掴んで歩き始めた。

「お、おい!ミッチー!!!!」と桜木たちの声が聞こえたが構わずどんどん進んでいく、その時の俺は頭に血が上っていて、名字の様子を気にする余裕がなかった。

***

急に手を掴まれたかと思ったらそのまま手を引きながらどんどん進んでいく三井君に私は驚きを隠せなかった。
なんとか足を止めてもらおうと”三井君”と呼んでも全く気付かないのかそのままどんどん突き進んでいく。
このままだとまた足に影響がでる。そう考え、先ほどより大きめな声で三井君!と声を掛けると漸く気づいてくれたのか立ち止まってくれた。

「三井君。どこいくの?」そう私が聞くと「あ、わりい。俺・・・」と三井君は一瞬ハッとした顔をしながら立ち止まり私の方をみてバツの悪そうな顔をしながらそう言った。
どうやら反省しているようだ。そう感じた私は特に気にする素振りも見せずに「そろそろ花火が始まるよ?見なくていいの?」そう笑いかける。
するといつも通りの三井君になって、「いいとこあるからいこうぜ」といい2人並んで再びゆっくりと歩き出した。

俺は歩きながら名字の言葉に心底ホッとしていた。
あんな嫉妬丸出しの子供じみた行動をしたってのに名字は俺のことを責めようとはしなかった。
俺が何て言おうか困っているとそれを察してくれたのか花火を見なくていいのか?と言ってくれた。
本来だったら怒って帰られてもおかしくない状況なのに、それもせずに笑いかけてくれた名字に、俺は有難さとそして自分の気持ちが彼女に向き始めていることを自覚した。

歩いて行くと俺のお勧めスポットである高台まで来る。
穴場だから周りには誰もいないし見るには丁度いい場所だった。

「へーすごいね!!誰もいないし、良く見えそう!!」と名字はその場所を気に入ったのかはしゃぎ始めた。
時よりヒヤッとした行動を仕出かすから見てられなくて「おいおい、あぶねーぞ!大人しく座れよ!!」と注意するとシュンとした顔をして大人しくなった。
「ほんと、変わんねーよな。名字はさ。」俺がそういうと少し寂しそうな顔に変わったのが気にかかったが丁度そう思った時、花火が始まっちまって俺はすっかりその事を忘れてしまった。


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