6.「過去への後悔」

試合はどうみても陵南ペースだった。
祈るように見ていた試合に衝撃的な出来事が起きた。
それは残り時間2分、陵南7番のシュートが決まり赤木君の4つ目のファールを取られたその時、

ピーピピピピー!!!
審判の笛の音が鳴り響いた。

「三井君!!!!」

三井君がコートで倒れた。
審判や選手たちは三井君い声を掛けるが反応がない。
私は立ち上がると三井君を見つめる。
大丈夫なのだろうか。どこか痛むのであろうか。
距離があってなんで倒れたのかは私にはわからなかった。
するとすぐに担架が運ばれてきて三井君はそれに乗せられるとコートを去っていった。

私はその様子をみて居ても立っても居られず観客席を飛び出して控え室の方へと走り出した。
水戸君達に何か言われたけど今の私には聞いている余裕などなかった。

***

俺は1年に支えられ医務室へ向かう。医師の診断を受けたあと部屋を出るが、そのまま会場にはいかず階段へと腰かけると持ってきてくれたスポーツドリンクを飲み干す。
それだけじゃ喉の渇きが取れなくて俺についてきてくれた1年に”もうないのか?”と問うと買っていますといって走り去った。

一人になった俺は手のひらを目の高さまで上げ、握ってはみたがどうも力が入らない。
分かっていたことだが、俺に中学以上の体力がある筈もねぇか。中学の財産だけでやっているようなもんだからな。と落胆の色を浮かべると、
1年が缶ジュースを抱え俺の元へと戻ってくる。

「おお。そこ置いといてくれ。サンキュー。もういっていいぜ?タイムアウトも終る頃だろう。俺もすぐ行くからよ」
床に飲み物を置く1年にそう伝えると「はい」といって俺に背を向け会場へと走り出す1年を見送る。
すると1年は途中で立ち止まり振り返ると、ガッツポーズをしながら「絶対勝ちましょうね!先輩」そういうと再び背を向け走っていった。
その姿を見えなくなるなるまで眺めた後、床に置いてもらった缶ジュースを取ろうと手を伸ばす。
ジュースを掴んだはいいが力が入らず、床に落としてしまいそのままジュースは転がってゆく。
仕方なくもう1本に手をかけ持ち上げたはいいが今度は開けることが出来ない。
なんとか力を入れ開けられたが、そんな情けない自分の姿を目の当たりにしほんの数週間前までの自分の姿を思い出すと涙が流れる。
「なぜ俺は、あんな無駄な時間を・・・」と今の自分の不甲斐ない姿に嫌気がさし悔しさで体が震えた。

すると遠くから足音が聞こえてきて俺の前で立ち止まる。
俺は急いで涙をふき取り顔をあげるとそこに立っていたのは転がった缶ジュースを持った名字だった。

「名字・・・」とバツの悪そうな顔をして俺は彼女の名を呼ぶと「ごめんね。医務室にいったらここだって言われたから。」
と申し訳ないと言いたげな顔をしながら名字はそういうと俺の座っている隣に缶ジュースを置く。
「とりあえず三井君の顔が見れて安心したよ。・・・私、会場に戻るね?」
俺に気を使ってなのかそう言って背を向け歩き出そうとする名字に「名字、ここにいてくれねーか?」と俺は引き留めた。


引き留められ三井君の隣に座わると2人の間に沈黙が流れる。
少し立ってその沈黙を破ったのは三井君だった。

「俺さ、ほんのちょっと前まではバスケをやってなかったんだ。
1年の時、膝をやっちまってさ。それで入院して。ちゃんとその時直してれば、今俺はコート立ててたかもしんねぇ。
けどそん時の俺は周りの奴らに置いて行かれるのが嫌で練習したくて病院を抜け出して、まだ完全に治ってねーのに退院してバスケ部に戻ったら、逆に怪我が悪化しちまってよ。
結局ちゃんと直してれば出れるはずだった試合も出ることが出来なくなっちまったんだ。
それで試合の日、病院を抜け出して観客席から湘北の試合を見てた。
試合に出てる赤木の姿をみたらさ、あいつは前へ進んでんのに立ち止まってるのは俺だけじゃねーかって妙に疎外感を感じちまって。
俺の居場所が無くなっちまった気がしてそれ日以降、俺はバスケを辞めた。それでどこに思いをぶつけていいかわかねぇ俺は落ちるとこまで落ちた。
バスケって言葉を聞くだけで腹が立ってしょうがなくて、ちょうど名字と再会する数週間前なんてバスケ部をぶっ潰してやろうと襲撃までしたんだ。
けど、そんなダメな俺をあいつらは受け入れてくれてよぉ。俺もその期待に応えたいって思ってたのにこの様だ。
ほんと何やってんだろな、俺。あの無駄な時間がなければって思うと悔しくてたまんねぇよ・・・」

悔しさに顔を歪めながら話す三井君の顔をみていたら、どうにも居た堪れない気持ちになって思わず私は三井君を抱きしめた。
突然の行動に三井君は驚いていたけど、私はそんなのお構いなしだった。
そしてずっと黙って話を聞いていた私はついに口を開いた。

「三井君。大丈夫、みんな三井君の気持ち分かってくれてるはずだよ?それに今、三井君は前を向いて歩いてるじゃない。
確かに無駄な時間だったかもしれないけどその時間があったからこそ、今の三井君がここにいるんでしょ?
遠回りだったかもしれないけどこれから頑張ればいいじゃない。だから後悔するんじゃなくてそれを糧にしていこう?ね?」

俺は彼女の言葉を聞いて再び涙が流れ始めた。
それに気づいたのか名字は、俺のことをギュッと抱きしめて顔を見ないようにしてくれた。


俺が落ち着くと回していた腕を離し名字は立ち上がり「それじゃ。私、観客席に戻るね?」といい元来た道を歩き始めた。
涙で濡れた顔を俺はタオルで拭いていると”名字にあんな姿を見られちまったな・・・”と急に恥ずかしさがこみあげてくる。
けれど、むしろ見られたのが名字でよかったと思い彼女の後姿に”ありがとよ”と言うと俺もその場から立ち上がり会場へと向かった。

***

観客席に戻ると水戸君達は「おー名前ちゃん。ミッチーは大丈夫なのか?」と聞いて来た。
「もう大丈夫だよ」と伝えると安心した表情をする。
私は席に座り電光板をみるとラスト2分を切ったところだった。
試合も後少しか・・・と思っていると「ラスト2分を切ったぞ!この1点差を守り切るんだ!!」という三井君の声を聞きコートへと目をやる。
するとベンチにいる三井君の姿が見えた。
戻ってきたんだと、私は安堵の顔をすると急に足首が痛み始める。
恐らく先ほど走ったせいで症状が出たのだろう。そのままじっとしていれば時期に収まるだろうと再びコートに目を向け試合観戦に集中した。

それから激しい陵南の攻撃に耐え、湘北はなんとか点数を守っていた。
そして1点差をキープしたまま残り1分を切った時だった。
桜木君から小暮君へとパスが通りフリーだった小暮君はそのままボールを放つ。
ボールはゴールへと吸い込まれていき4点差となった。
その後、陵南の7番にシュートをされ残り38秒2点差。
残りわずかとなった時、赤木君がシュートにいったが陵南の13番のプレッシャーに押されて外れた。
しかし、そのボールを桜木君が奪い取りそのままシュートを決める。
そのまま時間は刻々と過ぎていき、先程の桜木君のシュートが湘北の勝利を決めたのだ。

試合終了を告げるブザーが鳴るとベンチいた三井君たちは一斉にコートへと飛び出していく。
私は仲間と嬉しさを分かち合っている三井君を見つめると”勝ったね。おめでとう”と呟きそのまま会場を後にした。


俺は試合終了のブザーがなるとコートへと飛び出す。
皆と喜びを分かち合い赤木達が整列する姿を見守っている時、観客席の方へと目をやると試合中にはあった名字の姿は既にそこにはなかった。
帰ったのか?と思いつつも整列を終え、閉会式に使われるコートから早々に出なくてはならず名字のことを探すことはできなかった。
閉会式を終えると俺たちは安西先生が入院する病院へと足を運ぶ。
俺たちが先ほど勝ち取った”準優勝”と書かれた表彰状を見せると安西先生の嬉しそうな表情に俺達も自然と笑顔になる。
それから病院の中だというのに先生を胴上げし、今日の試合の話を一通り終えると病院の前で解散となった。
俺は帰り道一人歩きながら「今日の夜でも名字に電話すっか。」と決めるのであった。


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