2.「彼の背中」

授業が終わると部活を休んで俺はある場所へと向かっていた。

「バスケやっても大丈夫。もう治ってるよ。安心してプレイしたまえ」

訪れたのは、膝を怪我したときに入院していた病院だった。
これから強豪と当たることを想定し念のため見てもらうために訪れたのだ。
この病院に来るのも実に2年振り。
俺は完治する前に勝手に病院を退院してしまいそれからすぐにあんな状態になっちまってもうここには来ることはないと思っていた。
そんな考えだったから担当医に怒られるのを覚悟で病院へと足を踏み入れたのに笑顔で迎えてくれたことに俺はホッとする。

「ありがとうございました」
俺は担当医に頭を下げると病院を後にする。完治しているという担当医の言葉に心底安心した。
来たときは明るかった空はすっかり暗くなり帰ろうと俺は歩きだした。

***

それから俺たちは順調に勝ち進み、いよいよ名字が見に来る4回戦の日を迎えた。
相手は昨年のIH予選2位の翔陽。
今までの相手は正直大したことはなかったが今回ばかりはそうもいかないだろう。
これまでバスケの試合でほとんど緊張なんてしてこなかったのに今日はいつもと比べ物にならない程緊張していた。

***

私は試合会場に着くとあまりの込み具合に驚いていた。
昨晩三井君から電話を貰って無事に勝利し今日試合になったことを教えて貰った。
電話を切った後、試合が楽しみ過ぎてまるで遠足前の子供のように燥いだせいか全然眠ることが出来なくてお陰で予定より会場に着くのが遅くなってしまいこの様だ。
どこか空いている席はないかなとキョロキョロして探すと最前列の1席だけ空いていることに気が付いた。
もしかして誰か来るのかな?とも思ったけど聞いてみるだけ聞いてみようと私はその席へと近づいていった。

「あのーすみません。この席って誰か来ますか?」
空いてる席の隣に座ってた人にそう声をかけると、その隣にいた人たちも一斉に私に視線を送ってくる。
あれ?もしかして不味いこと聞いたのかな?と考えていると、そのうちの一人が「どーぞどーぞ。空いてますので座ってください」と言ってくれた。
見ると他の3人もうんうんと頷いている。私は「ありがとうございます」とお礼を言うと空いている席へと腰掛けた。

コートを見るとまだ三井君の姿はない。
試合はまだかな?とワクワクしながら待っていると隣の人たちから”湘北”という単語が聞こえてくる。
もし翔陽と聞き間違いでないなら一緒に応援出来たらなと思い、恐る恐る声を掛けてみることにした。

「あのーもしかして、湘北の応援の方ですか?」
「そうだけど・・・」
「よかった!私も湘北の応援で来たんです。もしご迷惑じゃなければご一緒させて貰ってもいいですか?」
「どーぞどーぞ」と快く受け入れてくれた。

「ほー、あの藍蘭女子!通りで可愛いわけだ!」
「あはは。そんなことないよ。」
簡単に自己紹介をすると皆は10番の桜木君という選手を応援しに来たらしい。
「それで名前さんは、誰の応援で?」
「あ、うん。三井君っていうんだけど知ってるかな?」
「「「「え?!」」」」
そう私がいうと4人は驚いた顔をした。

「あのミッチーが・・・」
「ミッチー隅におけないな。」
「どこでこんな可愛い子と会ったんだミッチー」
「ずるいぞミッチー」
皆、口を揃えて言い始める。
ミッチーというのは三井君のことだろうか・・・。

「ミッチーって、三井・・・「来たぞ!!!!」
疑問に思い聞こうとした時、選手たちが入ってきたのか会場がザワザワし始めた。
私も話すのを止めてコートを見ると三井君の姿が目に入った。

***

コートに入ると俺はすぐさま辺りを見回して名字の姿を探す。
見ると、水戸達と同じ列に座り楽しそうに話している。
アイツら知り合いか?と思って名字をみていると、俺の姿に気づいたのか手を振ってくれた。
俺も手を上げ返すと口だけ動かして何かを言っているようだ。
たぶん”頑張ってね”そう言われた気がした。

試合が始まる。
今日勝って絶対決勝リーグに行くんだ。と気合を入れて臨んだつもりだった。
だけど、試合早々に気づかされる。
身長差により上へのパスが全く通らないのだ。
俺のマッチアップの相手も5センチほど相手の方が高いし、宮城なんて10センチも差がある。
パスやシュートをするのにも、守るのにもすべて身長差を考えて動かなくてはいけない。
それに今までの相手とは違う初めての強豪相手に、動きの固さもなかなか取れず隙をつかれてどんどん敵チームは点数を重ねていく。
どうにかしないと・・・。と、考えている時に俺へとボールが来る。
スリーポイントを決めれば追いつくじゃねぇか。そう高を括って打とうとするが見事にシュートコースを塞がれ断念する。
パスを回せと言う声が聞こえきたが、そんな言葉を無視し隙をついて入れてやる!とその場でボールをついていると、逆にデカいやつらに囲まれてしまいシュートは難しそうだ。
渋々出したボールは桜木の顔面に当たるとサイドラインへと転がっていく。
その時、俺には余裕ってもんがなかったのかもな。流川に挑発されようやく固さも取れた。
さぁ、ここからが本番だ!と気合を入れなおし試合に励んだ。


「よかった。三井君、冷静になったみたい」
試合開始早々の湘北の面々をみて不安を感じていた私は、11番のプレイでなんとか盛り返した様子を見てホッとした。
それから、7番の活躍で一気に湘北ペースになりかけたと思ったその時、敵チームがタイムアウトを取った。

「ああ!んもう。いいところだったのに・・・」
とせっかく掴みかけたペースを崩されたようでそう呟くと、隣でみんなが話している声が聞こえてくる。
その中でも、”仮にも神奈川bQと言われた相手だ。そう簡単にこっちの思い通りにはいかないかもしれないな。”
と水戸君が発した言葉がどうもにも気にかかってプレイを続ける三井君の背中を、私は唯々見つめていた。

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