11.「2人の距離感」

夏休みは終わり学校が始まると名字は時々湘北に来て、俺のバスケを見るようになった。
陸上は去年の夏で辞めており、度重なる怪我により名字はもう激しい運動は出来なくなってしまったそうだ。
だからせめて、俺が夢を掴むところが見てみたいんだと笑顔で言った名字に俺の部活を見に来るよう勧めたのだ。

放課後、体育館に行くと既に名字の姿があった。
”あいつらいつの間に仲良くなったんだ?”桜木や宮城たちと楽しそうに話す名字の姿に俺はまた嫉妬をしてしまう。
ほら、俺が来たことにも気づかねーの。
あーなんかイライラすんなー。

そう思いながら入り口に立っていると、後ろからきた彩子に「三井先輩邪魔です!」と言われてちまった。
あーもーみんな俺に対する扱いがひどくねぇか?お前らより長く生きてんだから少しは敬えよ!と心の中で悪態をついていると

「あ!三井君!待ってたよ?」と俺が来たのに気づいた名字は駆け寄ってきた。
名字の笑顔をみたら先程までの嫉妬心なんかどこかへ吹き飛んでいって柄にもなくニヤついてしまう。
まぁそんな顔してたもんだから奴らが黙ってるわけもなく俺の聞こえない所で
「あーミッチーニヤついてやんの!」
「三井さん、ホントわかりやすいな。」
「・・・隠すのヘタ」
こんなことを言われていた。


「早かったな。どうしたんだ?いつもは部活の途中でくんのに」
「あ、うん。なんか先生たちの重要な会議があるとかで1時間早く終わったんだ!だから今日は特別!」
と、とびっきりの笑顔を俺に向けながら言ってくる。
ったく。なんかかなりかわいくねーか?よく考えたら名字は、中学の時はショートカットで陸上でずっと外にいたから年中日焼けして真っ黒だった。
今では、髪を伸ばし外に出る機会が減ってか肌も白い。
俺にあの夜、傷を見られてから周りのやつらに見せるのが平気になったらしく普通にTシャツに短パン姿だ。
くそ。他の奴らになんかみせたくねぇ。浴衣なんかよりもだんぜん見せたくねぇ姿だ。

そう考えていると
桜木の「ミッチーいちゃついてねーで早く着替えろよ。練習始まるってよ!!!」という声に現実へと引き戻される。
「はぁ?何言ってんだこの野郎!誰もいちゃついてねーよ」と桜木に悪態をつくと、名字の頭をポンと触ってから着替えるために部室へと向かった。

***

私は三井君が呼ばれて部室に行くのを見ていると彩子ちゃんから声を掛けられた。

「名前さん、本当に三井先輩と付き合ってないんですか?」これで彩子ちゃんに聞かれるのは何度目だろうか、お馴染みの質問をされ、私もいつ通りの
「うん。付き合ってないよ」とお馴染みの答えを言う。すると、彩子ちゃんは怪しいと言いたげな顔をして去っていく。ってのがいつものパターンだったが、今日はどうやら違うようだ。

「名前さん、本当に三井先輩と付き合ってないんですか?」
「うん。付き合ってないよ」
「私いつも思ってたんですけど、どうみても三井先輩は名前さんの事、好きだと思いますよ?さっきだってリョータ達と話してるのをみてイライラしてましたもん。」

例え三井君が私の事を好きだと思ってくれたしても、三井君は側にいるといってくれただけで別に私のことを好きだと言ったわけじゃないし、告白をされたわけでもないもの。
付き合ってなんかいないんだよ・・・。と彩子ちゃんの言葉に対し私は心の中で本音を言う。

「まぁ、例えそうだとしても三井君がなにか言ってきたわけじゃないし本当のことは三井君にしか分からないわよ。」
「確かにそうですけどね。」

彩子ちゃんは納得いかなという顔をしていたが、その時宮城君の”始めるぞ!”という声を聞いて急いで自分のいるべきポジションへと彩子ちゃんは戻っていった。
私だって三井君の事は好きよ?でも、もし違ってたらこの大事な関係が壊れてしまう。だから下手気なことはしたくないの。"三井君のそばにいたいから・・・"と彼の背中を見つめながら人に聞き取れない位の声で私は呟いた。

部活が始まり邪魔にならない場所に移動し腰かけると三井君の部活姿を見つめていた。
凄くキラキラしててカッコいい。
純粋にバスケが好きで、好きでしょうがないっていうのが見ているだけでもよく伝わってくる。
時々皆とじゃれ合ってたりして凄く楽しそうだ。

そんな姿をみて微笑ましいなと思う反面、羨ましいなという気持ちになる。
どうしても三井君と以前の自分の姿を重ねてしまうのだ。
戻れるものなら戻れればいいのになって。
けれど三井君と違って私にはもう戻れないのだ。
あの頃の自分には。

だからこそ私は三井君の姿を近くで見ていたいのかもしれないな。
自分にはもう戻ってこない時間を、三井君を通して過ごしてみたくなったんだろうな。
いい仲間と勝利の為に努力をしてる三井君の姿は本当に眩しかった。

***

部活が終わり部室に着替えに行く三井君を待つ間、私は基礎練習をしている桜木君とそれに付き合っている晴子ちゃんの姿を眺めていた。
桜木君は高校に入ってからバスケを始めた為、部活が終わった後毎日基礎練習をしているそうだ。
ドリブルの練習は嫌そうにしてたのに、シュートの練習になったら急に元気になったのか楽しそうに練習をしている桜木君の姿に思わず笑みがこぼれる。
そうこうしているうちに

「名字、帰るぞ!」

着替えを終えた三井君が私の元へとやってきた。

「三井君、お疲れさま。」
「なんだ?まーた桜木見て笑ってんのか?」
少しふくれっ面しながら聞いて来た三井君の顔をみて思わずかわいいなんて言いそうになったけど此処はぐっと堪えて

「ん?いや、楽しそうに練習してるなってね。」
「あいつは素人だからな。あれくらい練習しねーと俺には追いつけねーよ」
と自信満々げに三井君は言った。
三井君らしい言いっぷりに笑うと少し照れたような顔をした三井君は「ほら!腹減ったし早く帰るぞ!!!」とせかされて体育館を出た。

校門を抜けると2人並んで歩く。
8時回った道は既に真っ暗だった。

「もうそろそろテストだね。うちの学校は再来週だけど、湘北はいつからなの?」
「・・・テスト? そうか!!!テストか!!!!」
三井君は急に思い出したかのように、カバンの中から分厚いノートを出した。
それをペラペラと捲ると納得したような顔に変わる。
なにがなんだかわからず呆然としている私に三井君は、顎を書きながら言った。

「あ、わりい。そういや赤木と小暮が俺のクラスに来てブツブツいってたのはそれだったかと思ってよぉ」
話を聞くと、どうやら湘北もそろそろテストらしい。
赤木君と小暮君が三井君のクラスに来て分厚いノートを置いていったらしいが、寝ぼけて聞いていたらしく何が何だかわからなかったそうだ。

「それでいつからなの?」
「あー話聞いてなかったからわかんねぇ。もしかしてこのノートに書いてあったり・・・・おっ!あったあった!!」
ノートをめくりながら話す三井君は、日程が書かれたページを見ると固まった。

「どうしたの?三井君。」
「・・・」
おかしいなと思いつつノートを覗き込むとそこには、来週の水曜 4科目テスト(古典、現代社会、数学V、化学)そう書かれていた。

「・・・マジかよ・・・。」
三井君の顔が見る見るうちに真っ青になっていく。
すると、三井君はジロッと私のことを見た。

「ど、どうしたの?」
三井君の様子に圧倒されて一歩下がると三井君は言葉を発した。

「名字さ、一緒にテスト勉強しねぇ?」

まさか何気なく聞いたテストの話でこんなことになるとは思ってもいなかった。


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