とにかく私はその日、イライラしていた。
普段だったら只嫌悪感を抱くだけで口に出したり、ましてや本人に向かって直接言ったりはしなかっただろう。
けれど、不運というのは重なるもの。
まさにそれが今の私の状況だった。


今朝、母親の叫び声で5時に起こされた。
その声を聞いて急いで1階へ降りると、ゴキが出たと騒いでいる。
私と同じく叫び声を聞きつけた家族たちも続々とリビングに集まるがみんなそろってゴキがダメな人たち。
唯一平気なのは私だけ。
はぁ。とため息をつくと近くに置いてあった新聞を丸め、カサカサ音を立てて歩き回っているゴキを目がけて

バシン!!!!

丸めた新聞を振り落としたのだった。
ゴキを仕留めてそのまま持っていた新聞で仕留めたゴキを掴み丸めてゴミ箱へ放り込む。
そう。そこまでは良かった。
問題はその後だ。

私は、朝一の迷惑な役目を終えるとまだ2時間は寝れる!といそいそと部屋に戻り布団へと潜り込む。
昨日寝るのが遅かったこともあり、直ぐに寝ることが出来た。
それから1時間後、本来父が起きる時間に私のイライラの始まることとなる。

「おい!新聞はどこだ!!!」
「何言ってるのお父さん、新聞受けに入ってなかった?」
「ないから聞いてるんだろ?」
朝、新聞を読むのが日課な父が起床するとまずすることは新聞を取りに行くこと。
けれど、それがなかったのかどこだどこだと騒ぎたてている。

「あら。新聞屋さんに電話しないとね。お父さん、今、私忙しいんです。電話してくださいな」
母親に言われて父は新聞に電話を掛けた。

「は?届けた?届いてないんですけど。」
「え?確かに届けた?間違いない?」
「あぁ、はい。わかりました」
新聞屋に電話をかけた父は、届けたと言われて不審な顔をしながら渋々了承し電話を切る。
すると

「おい!新聞は届けたっていったぞ!5時ごろだそうだ!!」
「5時なら私は起きてましたよ?」
お弁当に入れるリンゴの皮をむきながら母は父からの質問に答える。
リンゴの皮をむき終えた母は、皮をゴミ箱へ捨てようとすると

「あら?これ、今日の新聞だわ?」
その声を聞いて父もゴミ箱の前に行くと

「こらぁ!!!!名前降りてこい!!!!!」
大声で名前を呼ばれた私は、驚いてすぐさま起きると1階へと駆け下りた。

「おい名前なんだ、これは?!」
1階へ降りたとおもったらすぐさま父にゴミ箱の前に立たされると、父はゴミ箱の中の新聞を指さした。
「なにってさっきゴキを捨てる時に使った新聞じゃない」
私は、何おかしな事を聞いてるんだと思いながらそう答えると

「これは今日の新聞だぞ!!!!新聞が読めないじゃないか!!!!」
と怒鳴られた。

「なによ!そもそもなんで今日の新聞があの時間にあの場所にあるのよ?!いつも新聞取りに行くの、お父さんじゃない!!!」
「そんなのしらん!今日は別の奴が取りに行ったんだろ?よく見てから新聞は使え!!!」
「はぁ?だったらゴキぐらい自分たちで仕留めてよ!大体あんなにぶんぶん動いてんのに新聞の日にちなんて気にしてられないわよ!!!!」

と、朝からこんな大喧嘩をしたわけで。
私はイライラしながら学校へ向かったのだ。

「あーイライラする!!なんでなんにも悪くない私が責められるのよ!!!大体誰よ!今日に限って新聞をあんなところに置いたのは!!!!」
そんなふうにイライラしながら歩いていると、

ペッ

私の靴に白っぽい泡立った液体がついた。
よく見るとそれは唾だった。
そう。いつもだったら不快感は感じるけどまぁいいかと気にしなかったかもしれない。
けど、今日はとにかく機嫌が悪くて私の怒りの琴線にいとも簡単に触れたのだ。

「あんた!こんなところで唾なんて吐いてんじゃないわよ!ここはあんたの洗面所じゃないつーの!!!」
そういい、唾が飛んできた方向に目をやるとそこにいたのはここらで有名な不良だった。

「あ・・・」
ヤバいと思い思わず声を出すと、

「ああん?ざけてんのかこのアマは!!!!」
不良は立ち上がり、私の胸倉をつかんだ。

「・・・すみません」
本当は謝りたくなかったが、こういうタイプには謝らないと後々面倒になると思い渋々謝罪の言葉を言う

「はぁ?それが謝る態度かよ?フザけやがって!!!」
私の態度が気に障ったのか不良はますます怒りのボルテージを上げる。
今日はとことんついてないなと、大変な状況に陥ってるにも関わらずなぜ冷静になる私。
殴られたら傷害で訴えてやる!なんて考えてた私はおかしな人間かもしれない。
すると、不良は私に向かって拳を下してきた。
あーあ、殴られるかと思い拳が落ちるのを頼りない手で防御しつつ待っていると

「おいおい、朝っぱらからなにしてんの?」
なかなか拳が落ちてこなくて、思わず顔をあげるとリーゼントっぽい髪形をした、いかにもヤンチャそうな男の子が不良の腕を止めていた。
すると男の子が小声で「早く行きな」と私に言ってきて、申しわけないなと思いつつも「ありがとう」と言うと私はその場から走り出した。

暫く走った後、ふと助けてくれた男の子の顔を思い出す。
「彼、大丈夫だったかな・・・」
そう呟いた私の声は虚しく空の彼方へと飛んで行った。

***

そんな災難があった日から1カ月くらいたった頃だろうか。

「それじゃ、バイバイ」
講義が終わり友人と別れて家への道を歩いていた時の事。
横断歩道で信号が青に変わるのを待っていると後ろから肩を叩かれ振り返る。

「おうおう!この前のねーちゃん。世話になったなぁ」
そこにいたのはあの時の不良だった。
あれからこの道を一度も通ってなかったが、さすがにもう大丈夫だろうと油断していた私が馬鹿だったのかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。

不良を見た瞬間、すぐに逃げようと走り出したが、さすがに逃げきれず腕を掴まれ人気のない路地裏へと連れ込まれてしまった。
さすがにこんな所、誰も通るわけないよね・・・。と、前回奇跡的に助けられただけで同じことは起こるまいと、落胆の顔をせざる負えない。
機嫌が悪かったとはいえ元は自分で蒔いた種。明らかに向こうが悪くても相手は話の通じる相手じゃない。

「ちょっと放してよ!!!」
私がそういい暴れると、肩を掴んで不良は壁に私の事を押し付けて
「さぁーて、この前は邪魔が入ったからなぁ。今回はたーっぷりお礼をさせて貰うからな」
不良はそう言って、ニヤッと笑うと私の頬を汚い手でなぞった。

私の体に悪寒が走り震える。
不良はそんな私の様子を気に留めることもなく
「よく見ると可愛い顔してんじゃねーの」
そういうと顎に手を掛け上へと向けさせる。
あーあ。私のファーストキスは、こんな小汚い不良に奪われるのか。
そう思うと恐怖よりも悔しさのが勝る。
逃げ場もないんだ、目をギュッと瞑っていればきっといつのまにか終わるはず。
そう思い目を瞑った瞬間だった

私の顎に掛かってた手がなくなり、恐る恐る目を開けると不良は道路の上に吹っ飛ばされていた。

「たく、こりねーなお前も」
倒れた不良を睨みつけながらそう言い放ったのは、この前助けてくれた彼だった。

「おねーさん大丈夫?」
彼の仲間だろうか。3人組の男の子たちが私の周りを囲ってくれた。

倒れた不良は立ち上がると、

「なんだ、てめぇ!また来たのかよ!!!」
そういい拳を向け彼へと向かっていく。

「だめ!!!!!」
私はそう、叫んだ。
助けてくれた彼が、あんな不良にぶっ飛ばされる姿何てみたくないと咄嗟に叫んでいた。
けど、私の言葉は無意味だったかのように彼は不良の拳を軽くかわす。
すると、私を囲っていた3人組が言った。

「洋平はまけねーよ。あんな卑怯もんには」
「そーだそーだ。洋平は花道の次に強いからな。」
「ま、俺たちも負けてねーけどな」
「そういうことだからさ、おねーさん。心配しないで見てなって」
そういって3人は笑ってた。

彼らが言う通り、洋平と呼ばれている彼は不良の次々くる不良のこぶしを楽々交わし、逆に相手を殴る。
そうこう繰り返しているうちに、さすがに相手も観念したのか尻尾を巻いて逃げ出した。

「もうこの人にかかわるんじゃねーぞ」
不良にそう言葉をかけると、私たちの元へとやってきた。

「あ、あの。ありがとう。」
「たく、ほんとおねーさん血の気が多いんだもんな。困っちゃうよ」
洋平君はへラっと笑う。
恐らく、前回の事も含めて言っていることに気づき、
「・・・返す言葉もございません。」
「はは、よろしい。怖かっただろ?遅れてゴメンな」
そういうと洋平君は私の頭へと手を伸ばし撫でくれた。
洋平君はなにも悪くないのにそう謝ってきた。

すると
「おい洋平。俺たちの前でイチャつくんじゃねー」
「いったいどこで会ったんだよ。洋平ばっかりずりーぞ」
「そうだそうだ。こんな可愛い子と知り合いなんて!さっさと俺らに紹介しろよ!!」
3人組は次々洋平君に問いただす。

「いや、俺も名前とかしらねーんだよ。前もこの辺であって助けてやっただけだから。」
「そーなの?」
「まさかそうとはな・・・」
「そうなのか。」
と4人で話が盛り上がり始めた所で私は声を掛けた。

「あのー。助けてもらったお礼にご飯でもどうですか?奢りますから」

***

私たちは近くのファミレスへと入る。

「あの、ホントに大丈夫ですよ?俺たち自分で払いますから」
洋平君はそう言ってくれたけど
「いいのよ。助けてもらったお礼だから気にしないで?」
さらさら彼らに払わせる気なんてなくて私はそう答えた。

「ホントにいいんですか?コイツかなり食いますよ?」
そういうと、3人組の中で一番小柄で太った子を指さすと

「おい!なんだ洋平!指さすんじゃねぇ!」
「お前が食いすぎるだろうから、おねーさんに言っといたんだよ。」
「なにおー」
と口論を始める。
その様子がおかしくて私は大きな声で笑ってしまった。

「ひどいよ。おねーさん。」
「あはは。ゴメンゴメン!つい面白くて笑っちゃった。」
「それより自己紹介しない?俺たちお互いの名前知らないしさ。俺は水戸洋平です。」
「高宮望!」
「俺は、野間忠一郎」
「大楠雄二だ。よろしくな!」
「水戸君、高宮君、野間君に大楠君ね!私は名字名前っていいます。本当に今日はありがとう」
そういい私は頭を下げた。

すると
「いーってことよ。ここ1カ月姿が見えなかったから別の道通ってんのかと思ってたのに今日現れて驚いたよ」
そう洋平君は私に言って来た。
「え?私が歩いてたの知ってたの?」
「はは。ストーカーとかじゃないよ?俺達の学校この辺だからさ。」
「え?この辺って・・・」
そう。この辺にあるのは高校だけだ。

「・・・あのさ、間違ってたらごめんね。もしかして君たち高校生?」
「そうだよ。」
えー!!!!!うそだぁ。と店内で叫びそうになる所を隣にいた洋平君に口を塞がれてなんとか声に出さずに済んだ。

「ごめんね。助かった」
「ははは。ホント名前さんはおもしれーや」
そういい洋平君は笑った。

そんなやり取りをすると注文していたものが続々届き私たちは食べる。
なかでもここに来て直ぐに洋平君が話してた通り、高宮君の食べっぷりは尋常じゃなかった。
ファミレスと言えどさすがに請求金額がどうなるかと少し怖くなった。

食事を終えてファミレスから出ると。

「「「「ごちそーさまっした」」」」
「いえいえ。いいのよ?お礼なんだから気にしないで?」

そう皆に声をかける。

「じゃぁここで解散しましょう。ホントにみんなありがとうね。」
そういい頭を下げて私は歩き出した。

それから5分してからだろうか。
後ろからバイクの音が聞こえてくる。
避けなきゃと思い端によるとバイクは私の前に来るとゆっくりになった。

「名前さん」
声を掛けられ見ると、バイクに乗っていたのは洋平君だった。

「水戸君、どうして?」
「いや。送って行こうと思ってさ」
そういう洋平君に私はありがとうといって笑顔を向けた。

二人ならんで私の家へと歩き出す。

「へー名前さんって弁護士になるのか。俺、てっきり警察官にでもなりたいんだとおもってた。」
「あはは。そう見えるって友達にもよく言われるよ。」
そう、私は、法科大学院に通う学生。
先日あった司法試験に合格し、既に就職先も決まっていた。

「水戸君には夢とかないの?」
「え?俺?んー俺は、バイクの整備士になりたいんだ」
「バイクの?」
「うん。だからバイトして専門いく金を貯めてんだ」
「そうだったんだ。」

話していると家の前へと付く。

「あ、私の家ココだから」
「そうなんだ。俺んちと近いんだ」
「え?どこなの?」
「あーその角曲がって少し行ったとこ」
「あはは、結構ご近所さんだったのね。じゃぁまた会うこともあるかもね」

そう私は言うと
「・・・名前さん、また会いたいんだけど。いいかな?」
「え?・・・うん」
洋平君の言葉に少し驚いたけど、私はその言葉がすごくうれしかったんだ。

災難から始まる運命的な恋

「実は、初めて助けた時から気になっててさ」
「私も、ずっと気になってた」

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