私は県内の大学に通う学生。
中・高と続けていた陸上部の名残で今でも朝早く起きてランニングしている。
いつもと変わらず朝6時に起きてウェアーに着替えると走り始めた。

今日は、土曜日。
いつもなら学校があるから走ってもせいぜい5キロ以内。
腕時計を見て、今日は時間もあるしといつもより長い距離を走ることにした。
大輪の花を咲かせた桜並木を走ると、時折髪に桜の花びらがひらりと落ちる。
勿論それは走ってるせいで、直ぐに飛んで行ってしまうけどこの季節ならではの出来事に気分は上がる。

大分走ったころ、さすがに休憩しようと自動販売機で飲み物を買うと休憩するのにちょうどいい空地を見つけた。
空地にぽつりと置かれた土管が3つ重なったものの上に登ると腰を掛けた。
先程かったスポーツドリンクを開けて、口をつけるとゴクゴクと喉を鳴らしながら飲む。
土管の上から見る景色は、お世辞にもいいとは言えないけど空の様子は良く見えた。

「さて、そろそろ行くか」
それから5分程休憩した後、行こうかと土管から降りる。

ニャー

するとどこからか猫の鳴き声が聞こえた。
周りを見渡しても猫の姿は見えない。
気のせいかな?と空地から立ち去ろうと歩き始めると

ニャー

再び猫の鳴き声が聞こえた。
耳を澄ませて聞くと、どうやら土管の中から聞こえる。
恐る恐る近づいてみると、目をまん丸にした小さい黒い子猫がそこにはいた。

「わぁー可愛い!」
元々猫好きな上、家でも猫を飼っている私にとって、この子猫の姿はたまらない訳で・・・
思わず、子猫を抱きかかえて、頭を撫でてやる。

すると、甘えてきたかのように顔を私の胸元にうずめてくる猫の愛らしさに思わず嬉しくなる。

「この子可愛いな。うちで飼えないかな・・・・」
子猫を抱えながらそう考えているとあることを思い出した。

今、家で飼ってるシャムネコのあずき。
家に来てからもう5年近くになるだろうか。
あずきを飼い始めてから1年くらいした後、もう一匹猫を飼おうと家族で話をしていた。
それからすぐ、近所で猫の飼い主を捜しているという張り紙を見て、早速その猫を飼おうとしたのだが・・・
新しい猫を連れてきた途端、あずきは機嫌を悪くして新しい猫を威嚇したり、餌を奪ったり。
全くあずきは馴染む様子もなく、仕方なく新しく連れてきた猫を元の飼い主さんに戻したことがあったのだ。

「あずきがいる限りは無理よね・・・」
そういってため息をつくと、名残惜しいが子猫を土管の中へと戻した。

「また来るからね。」
と声を掛けるとニャーという子猫の鳴き声に後ろ髪を引かれつつ空地から出た。

家に向かって再び走り出す。
いちようダメ元で家族に相談してみよう。そう心に決めた。

「ねぇ?ダメかな?」
私は、夕飯の時間家族がそろうと今朝出会った子猫の話をした。

「駄目じゃないけど・・・あずきがねぇ。」
やはり、家族は前のあずきの様子から考えて無理だろうと言う。
私自身も分かってはいたけど、やっぱりか。と落胆する。

ちらっとあずきをみると、私たちの姿をあざ笑うかのように太々しい顔でこちらをジロリと見る。
そのあと、少しすると興味をなくしたのかその場に丸くなって寝始めた。

***

次の日。
私はあの子猫のことが気になって再びあの空地を目指して走り出す。
今日は、激安スーパーで買ってくるあずきのごはんである缶詰めの餌を一つ樟ねて持ってきた。
空地の前にまでつくと、一台の自転車が止まっている。

「誰だろう」

恐る恐る空地の中を見ると、あの子猫が中にいる土管の前で男の人が座っていた。
様子を見ていると、どうやら猫じゃらしみたいなものを手に持ち猫と遊んでいるようだ。

しばらくすると、男の人が立ち上がり子猫の方へ一度視線をやると、空地の外にある自転車の方へと向かってくる。

「やば!隠れなきゃ」
私はそう思い、近くにあった大きな木の後ろに隠れる。

自転車の所に来たその男性は、端正な顔立ちの背の高い切れ長の目が印象的な人だった。

男性が立ち去った後、私は空地に入って子猫の元へと近づく。
ニャーといって私を出迎えてくれた。

「さっきは、遊んでもらってよかったね。おねえちゃんはご飯を持ってきたよー」
そういいながら猫の頭を撫でてあげた後、缶詰めを開けて子猫の前へと置く。
すると、子猫は嬉しそうに食べ始めた。

その様子を見ながら「かわいいなぁ」と癒されるのを感じた。
暫く猫の様子を眺めた後、私は再び立ち上がる。
昨日のように行かないでと言うように”ニャー”と子猫は鳴き声を出す。

再び後ろ髪を引かれる思いを何とか振り切り、
「じゃあ、また次の土日にくるからね!」
そう言い残すと餌が残っていた缶詰めはそのままにし、私は空地を後にした。

***

それから数週間立った後の土曜日。
今日は雨だった。
さすがに雨だから走れないな。と思いランニングは無理だと判断し走るのは諦めた。
猫の様子は気になったけど、土管の中にいるから大丈夫だろうと思いながらそのまま家にいた。
それから数時間たっても雨は止む様子もない。
けれど、なんだか猫のことが気になって仕方がない私は、傘を持つとあの空地へと向かうことにした。

空地に着く。
するとこの前まではなかった看板が置いてあった。
”私有地により立ち入り禁止”
私はその看板を見て、あたりを見回すと恐る恐る空地へと入る。
土管まで近づくと、先週おいていった缶詰めの殻だけおいてあり子猫の様子が見当たらない。
辺りを少し探してみたけど、やっぱり猫の様子はなかった。

「どこいったんだろう・・・。」
心配になりつつもだいぶ暗くなってきたため、私は渋々家へと戻った。
その日から私は、土日になるとあの空地に行き子猫を探した。
けれど、一向に見つからなかった。
誰かに拾われたならいいけど、まさか事故とか・・・。
と嫌なことも考えてしまう。

そして、今日も見つからないなと思いながら家へと帰ろうとした時だった。

「あんた・・・」
振り向くと、以前見たあの子猫と遊んでいた男性だった。

「あの猫探してんのか?」
「あ、はい・・・。」
男性が質問してきたことにコクリと頷きながら答えると、予想外の言葉が返ってきた。

「・・・あの猫、今は家にいる」
その発言に私は、目を丸くした。

話を聞くとどうやらこういう事らしい。
彼は毎日猫の様子を見に来ていて、あの看板が立てられた日も勿論行ったらしい。
それで、ちょうどその看板が立てている所に遭遇した彼は、猫を保健所につれていくといった業者に対し俺が飼うと言って引き取った。
そういう事らしい。

「そうだったんですね。」
「あぁ、何度かあんたが猫に餌あげてたの見てて覚えてたから声かけた。」
「はは。見られてたとは思いませんでした。それより無事でよかったです。あの子猫は元気にしてますか?」

そう私が聞くと、彼は携帯を取り出して写真を見せてくれた。
赤い首輪をつけられたあの子猫はだいぶ大きくなっていた。

「わーだいぶ大きくなりましたね」
「あぁ、大分な。よく餌食ってる」
「あはは。元気そうでよかった。」
そういうと私は笑顔になった。

そんな様子を見た彼は、少し笑うと「今度、家に見にこい。」
そういって連絡先を渡すと急に私の前から立ち去った。

なんだか、猫みたいな人だな。
私はそう思った。

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