もし、あの日
あなたに出会えてなかったら・・・

28.『あの日シャッターを切ったのは』

あの日から半年近くが立とうとしていた。
秋が過ぎ、冬が過ぎそして卒業の季節となっていた。

今日は3月9日。
流川はあの日以来、名前には会っていない。
いや、実際には会っていないだけで、何度も家に行こうとしていた。けれど、向かおうとすると足が止まる。行って話をして拒否されてしまったら。と考えると怖くなった。
あの時なぜすぐに彼女を追いかけなかったのだろうとずっと後悔していた。


あれから流川は今まで以上にボーっとすることが多くなっていた。
バスケは集中してやっていたつもりだったが、ミスすることが多くなっていて先輩や監督に良く怒られるようになった。

今日は、午前だけの部活で午後は休みになっていた。
これまでなら練習をしていたが今日も調子が上がらず帰ろうと駐輪場に向かおうとすると
仙道に呼び止められた。
なんだよと嫌そうに答えると、ちょっと話がある。こいと言われ2人であの公園に向かった。

「流川。今日は何の日か知ってるか?」
なんの話かと思えば今日は何の日かだって?おかしなことを聞いてくるなとあきれた顔をすると

「なんだ、お前しらないのか。」
そう笑われてイライラした。
今日が何の日だってゆーんだ。ただの土曜日だろ?というと、

「今日は、展示会の日だ。名前ちゃんの」
そう仙道がいった瞬間、流川は目を見開いた。

「やっぱりな。お前、まだ名前ちゃんの事好きだろ。」
仙道は流川に一枚のハガキを渡した。
そこには、桜明美術大学卒業制作展示会 
日時:3月9日〜3月14日 11:00〜17:00(最終日は16:00) 
場所:OO百貨店 7階 特設会場 と、そう書かれていた。

「そこにな、ずーっと撮ってたお前の写真が展示されてるってよ。もし、まだ名前ちゃんのことが好きなら行ってこい。きっと・・・」
すると、流川は仙道の話を最後まで聞かずに走り出した。

「まったく、名前ちゃんも流川も素直じゃねーんだからな」
仙道は困った顔をしてから、ふわりと微笑んだ。

流川はとにかく走っていた。着ていたのが学校のジャージだったことなんてこの際構ってはいられない。
百貨店へと入ると真っすぐエスカレータに向かいどんどん人を抜かしていく。
それほど流川は早く行きたくて仕方がなかった。

会場に着くと受付で名前を書いてくれと言われ芳名帳に名前を書いた。
早く名前の写真を見たい。その気持ちでいっぱいで、書き終わりすぐに行こうとすると
「あなた、海南大の流川楓さんですか?」と受付の人に声を掛けられた。
「そうですけど」と答えると受付の人から封筒を渡される。なんだ?と不思議な顔をしていると「これ、名字名前さんという方からです。あなたが来たら渡してくれと頼まれました」それを聞き封筒を受け取ると、頭を下げてごゆっくりどうぞと一言いわれて流川は展示を見ようと歩き出した。
途中一度止まって手紙を読もう。そう思い手紙の封を開けようとしたが、なぜか思いとどまり開けるのをやめた。

そのまま展示を見ていくと、展示会場のなかでも一番広い部屋に入った。
そこに飾られていたのは、流川の写った写真だった。
すかさず撮影者の名前をみると、

「あの日シャッターを切ったのは」 名字名前
名前の作品だった。

公園に転がったボール。それを拾う流川。ボールを広い何かを思い浮かべるような顔をする流川。体育館で高校の時のユニホームを来て仙道とマッチアップする流川。公園でドリブルする流川。ゴールに向かって飛び上がる流川。そしてダンクする流川。
流川はそれを1枚1枚じっくり見ていった。
いったい、俺の写真を撮りながら名前はどんなことを考えていたのだろうか。
とダンクをする写真の目の前にきて、立ち止まり「名前」と小さく呟くと。


「あの。この写真に写っている方ですか?」
と50代位の女性に流川は声を掛けられた。
流川はコクリと頷くと、「私は、この写真を撮った女性の知り合いの母親です。」と言ってきた。
最初は誰だかわかなかったが、なんとなくこの女性が名前の亡くなった彼の母親だということに気が付いた。

「彼女、あることがあってから人を撮ることが出来なくなっていたんです。けれど、こんなに素晴らしい写真を撮ってらしてとても驚きました。今日は、彼女から手紙をもらってこちらに来たんです。ずっと気になっていて。すごい才能がある方だと聞いていたからその芽をつぶしてしまったのではないかと。けれど、今日ここに聞いてもう大丈夫だと。そう感じました。見に来て本当によかった。これでもう安心です。」
そうにこやかに微笑みながら言い終えると、ありがとうございます。と、流川に頭を下げてその場を去っていった。
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