鑑賞会


07


「おい、トイレどこだよ」
「さっきの説明聞いてなかったのかしら」
「聞いてたっつの!でもあんなもん覚えられるかよ」
「さすが寺田やな」
『もーちゃんと覚えてよね。この部屋出て、右行って、その先の角を左!そしたらわかるから!』
「え、迷子なるわ」
「ちょっとしっかりしてよ」
「忍足一緒に行こうぜ」
「つれションの趣味はないなぁ」
『わかんなかったらメイドさんに聞けば教えてくれるから』
「はぁ!?トイレの場所とか恥ずかしくて聞けるかよ!」
「綺麗なお姉さんに照れてんの?」
「うっせ」
「寺田はお姉さん趣味かぁー。いや、わかんで?ええよなぁ、お姉さんが教えてア・ゲ・ル、みたいな」
『忍足きもい』
「口開かないでくれる?」
「忍足...俺今まじで引いたわ」
「なんでや!!」



....うるさい。非常に。
普段は静かなこの家で、今俺の目の前で、うるさく話をしているのはクラスメイトたち。いつもの2人に珍しく加わっている近衛と寺田。
ああ、うるさい。こいつらはなぜ、俺の家にいるんだろう。どうしてこんなことに...


そう、あれは今日の昼休みのこと−−−




『あっとべー!』
「ん?」
『今日さー、家行っていい?』
「あーん?」
「今日の金ロー、ラピュタやん?」
『もうこれは一緒に見るしかない!って話になりまして』
「絶対おもろいから!跡部も一緒に見よや」
「...」
『いいでしょー?』


今日は金曜日。テレビで、金曜ロードショーというものが放映される日。
先々週の体育の授業中、俺はジブリというものを知った。こいつらのあまりの盛り上がり様に、少しの興味を持ってその日の金曜ロードショーを鑑賞した。あの日の放映内容は「となりのトトロ」
鑑賞し、なにかこみ上げてくるものがあった。なんだ、このなんともいえない懐かしさは。古きよき日本の風景。田舎という存在。そして、日本人を見守ってくれているであろう精霊たち。俺が知らない世界のはずなのに、自分がこどものころに体験したような、そんな気分になった。
なんともむず痒い気持ちになっていたが、は、と我にかえる。少し趣深いものを見ただけだ。俺は決して、ジブリに特別なものを感じたわけではない。そこらに有り触れている一つの作品に触れた、ただそれだけだ。そうに違いない。感性が豊かだな、なんて自分を誤魔化したが、抑えきれない好奇心によって、翌週の金曜ロードショーも鑑賞した。
その日の放映作品は「紅の豚」だった。鑑賞後、確信した。俺は、ジブリが好きだと。
男のある種のバカさ、のようなもの、−−つまりそれは男にとってのロマンであるのだけれどー−カッコ悪くてカッコイイ、男というものを見せつけられた気がした。そしてそれは、俺が持っているようで持っていなかったものだと思った。
持っているようで持っていないもの、心のどこかであこがれを持っているもの。そんな世界を表してくれる作品、それがジブリ。
跡部景吾ともあろう人物がそんなものに憧れを抱いているのかと思われるかもしれないが、育ってきた過去になかった−−今3年A組で、あいつらの隣で、少し感じているが−−未来にはまた傍からなくなる、そんなもののように感じた。
だからきっと、惹かれるのだろう。

ジブリというものを評価した跡部は、もちろん今日の「ラピュタ」とやらを見るつもりでいたし、時間を見つけて他の作品も鑑賞しようと心に決めていた。
だがまさか、鑑賞会に誘われるとは。
ふむ、と跡部は考える。新しい自分を知る、そんな機会に他の者がいては思考の邪魔になるのでは。そう、真剣に思っていたのだが、他の者が見て、どういう反応をするのか。どういう感想を漏らすのか。それを知るのは己を考察する上でも有意義なのではないか?そう判断した跡部は、2人にの提案に対して是と応えたのであった。

その後、そんな鑑賞会の存在をどこかから聞きつけたジブリマニアに違いない寺田と、八坂暴走事件から家が気になっていただろう近衛が加わり、5人での鑑賞会が実現することとなったのであった。


そうだ、そうだった。この目の前の騒がしいヤツらを見て、ついつい現実逃避をしてしまっていたようだ。この俺様に現実逃避をさせるとはお前らやるなぁ、あーん?



「あ、寺田おかえり」
「おう」
「まさかほんまに連れてかれるとは思わんかったわ..」
『場所わかりやすかったでしょ?』
「忍足いらなかった」
「なんやと」
「メイドさんいた?」
「いた。忍足がメイドさんについて語り始めやがるから、八坂かと思った」
「忍足きも」
『ほんと八坂かよ』
「男のロマンやん?」
「お前と一緒にすんな」
「忍足...お前出禁にするか?」
「はぁ!?」
「あれ、跡部くん。」
『またどうでもいいことで悩んでんなー、と思ってたんだけど聞いてたんだ』
「お前らうるせぇんだよ」
「忍足が悪い」
「忍足うるさいから」
『低音ボイスが響くよねー』
「ひどない?」


トイレに行ったらしい寺田とつれションに強制連行された忍足が戻ってきて、また騒がしくなった。いい加減まじるか、と考え事をやめて話の輪に参加する。またどうでもいいことで悩んでた、なんてなにか見通されているようで、どく、と心臓が嫌な音を立てた。



「金ローまであと10分!」
「なんかどきどきしてきたー」
『毎回のように見てんのに、さすがジブリだわ』
「あ。」
「ん?」
「跡部って、ラピュタ初見なんとちゃう..?」
「あ。」
『ほんとだ..』
「じゃあ鑑賞中は騒ぐのなしな」
「しっかり見てね!」
「あぁ」


こいつらの思いやりってやつに感謝して、しっかり見ようじゃねぇか。そう思ったのが5分前。


「てめぇら、あと5分で始まるってのに、静かにできねぇのか?」
「落ち着かなくて...」
「あ、じゃあ、ラピュタ名言ものまねやろうぜ」
「は?」
『それ面白いかも』
「ほんなら俺からな。...見ろ!人がゴミのようだ!」
「うっわ似てる!!!」
『忍足なにそのクオリティ』
「この間のも似てたもんね」


突然始まった名言ものまね。忍足のものまねが高クオリティで、場は非常に沸いている。
こそこそと相談している2人を忍足と近衛がにやにやした顔で見る。


「よーし」
「お、なにやるんや?」


すぅ、と息を吸う寺田。


「シーーターーー!!」
『パズーーー!』
「うっわ似てる!」
「こいつらやりおるで..」
「リーテ...え?....リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール」
『うわ、子供の頃と声を使い分けるなんて!かわいい!』
「近衛さんもやるなぁ」


じゃあ次と、次々に披露されるものまねたち。


『40秒で支度しな!』
「読める、読めるぞぉぉおお!」
「私の継いだ名は、ルシータ。..ルシータ・トエル・ウル・ラピュタ...」
「ラ、ラピュタ!?そ、それじゃ...」

「うわ苗字おばさん声似合うな」
『喧嘩売ってる?』
「忍足まじムスカ」
「自信あんねん。近衛さんもシータの静かに語る声上手いな..」
「ありがと。私は寺田がまさかそんなパズー上手いと思わなかった」
『ほんと、びっくり!あ、じゃあ寺田忍足あれやろー』


「『バルス!!』」
「目がぁ、目がぁぁぁああ」


2人が繋いだ手を前に突き出しながら声を揃える。それに反応した忍足が手で顔を覆いながらふらふらとする。近衛は感動のためか、ぱちぱちと拍手をしている。


「お前らうるせぇんだよ!!」


跡部の堪忍袋の緒が切れた。
えー。と言った声や跡部心狭いで〜というにやけた忍足が視界に入り込んでくるが無視をする。


「おら、もうすぐ始まんぞ。」
『あ!ほんとだ!』
「ジュースの準備もお菓子の準備もできてるぜ」
「そうこう言ってる間に金ローのおじさんでてきた!」
「電気消すで?」
『お願いしまーす』


そこからは、静かな鑑賞タイムだった。跡部にとって3度目の金ローおじさんとやらは、カタカタカタと映写機を回しているだけだが、素晴らしい世界へ自分を導いてくれる案内人のような存在になっていた。
そこから約2時間半、ひたすら夢中でラピュタの世界に飛び込んだ。間のCMが鬱陶しい。うちでスポンサーやってCM削らせるか...?CM中はそんなことまで考えた。


「いやーほんまラピュタは良作やなー」
「Twitterのタイムラインもバルスで溢れかえってるぜ..」
『ほんと日本人の心の故郷...』
「これちょっと削られて放映されてるのがほんと残念よね」
「ほんまやなぁ。CMとか色々都合があるんやろな」
「残念だ。DVD借りてこればいいんだろうけどさ、やっぱこの日本中が同じ時間にお祭り騒ぎしてるのがいいんだよなー」
『ほんとそれね!みんながラピュタのこといってて、私たち同じ空の下にいるんだなぁ、なんて』
「急にロマンチックになったなおい」
「でも言いたいことわかるかも」
「なんとかなんねぇかなー」
『ねー跡部ーなんとかなんな...跡部?』
「跡部どした?」
「跡部くん..?」
「あかん固まっとる」


鑑賞後の感動に任せてわいわいと会話をする。なんだか大きなことを言っている気がするし、いつもなら言わないようなことを言っているような気もするし、無理難題について話している気もする。それでも、なんでもできるような気持ちになっている今だからこそ、話せること。盛り上がる中、ふと跡部を見ると、テレビを食い入るように見つめている。いや、テレビに向かっているだけで見てはいないのか?4人が声をかけるが、一向に反応がない。
忍足が跡部の肩をゆさゆさと揺さぶる。は、と気づいたように我にかえった跡部は突然笑い出した。


「俺様の時代だ!」
「「「『...は?』」」」


意味のわからない跡部の言動に、取り残された4人はお互いに顔を見合わすしかなかった。




「ところで忍足」
「どしたん?」
「バルスさせろ」
「は!?」
「あ、跡部...?」
「おい、バルスやんぞ」
『はぁ!?』
「あ、跡部くん..?」

真顔になり2人に向き合った跡部は真剣な顔をして2人に告げた。そのまま苗字の手をとると、忍足に向かって手を突き出す。そのまま、バルス!と大きなの声で叫ぶ。バ、バルス..と小さな声で言う苗字に対しておいもっと真剣にやれ、と言い忍足を睨む。


「ぷ、跡部まじ跡部」
「跡部くんさすがだわー..」


やけになったようにバルスと叫ぶ苗字と、同じくやけになったように激しくムスカの真似をする忍足。やりきって、非常にご満悦な表情の跡部を見て、一同は心の声が揃った。
あぁ、やりたかったんだな...と。


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