八坂くんの暴走


04

『ねえ、八坂ー。』
「なんだよ」
『あのさ、八坂のメイドさんへの熱意を聞いてて思ったんだけどさ。』
「メイドさんがどうしたって!?」
『い、いや、だからさぁ、』
「おう!」

ふと気になったことがあり、近くにいた八坂に声をかける。苗字の話を話半分に聞いていた八坂だったが、メイド、という単語にががっと反応する。八坂氏、今までに見たことがないぐらいの、とても良い笑顔である。


『あのさ、八坂のいうメイドさんって、秋葉原にいるようないわゆる流行りのメイドさん?それとも、跡部んとこのメイドさんみたいなのを言ってんの?』
「・・・・・・・・・」
『や、八坂?』
「・・・・・・・・・」
『おーい』


反応がない。死んでいるようだ。なんて比喩はさておき、苗字の質問を聞いた途端、八坂は死んだように動きを停止した。


『やべえ、八坂が息してない』
「どしたの?」
『あ、近衛ちゃん!やばいよ、八坂が固まった!』
「え。うーわほんとだ。苗字ちゃんなにしたのー」
『いやいやなんもしてないよ!メイドさんトークだったからさっきまでがっつり反応してたのに!』
「え。いやそれはそれできもいんだけど」
『いやそれ私も思ったけどさ!?』


「なんだってええええええええええええええ!?」


近くを通りかかった近衛ちゃんに声をかけられ、現状を説明する。八坂は普段から人の話をあまりちゃんと聞かないタイプなのだが、メイドトークとなるとすごい。それを八坂の個性として認めているクラスメートたちだが、引くには引く。固まっていた八坂の横でそんな話をしていると、八坂から奇声が発せられた。びくぅ!と体を揺らして驚く苗字と近衛。そっと八坂の方をうかがう為に体を向けた途端。


「おい苗字まじで言ってんのかよ!」
『え!?え!?!?』
「まじで言ってんのかって聞いてんだよおおお!」
『え!?ごめんきもいって思ってごめん!だから揺らさないで!』
「ちょっと八坂なにしてんの!?」


苗字の肩をがしっと掴んだ八坂は、激しく揺さぶりながら大声をあげる。周りの静止の声など耳に届いていないようだ。


『っ、いい加減にっ、しろぉおおお!』
「いってえええええ!おい苗字なにすん、あれ?」


がつん!と音を立てて八坂は地に沈んだ。というのは言い過ぎだが、その一撃は八坂を正気に戻したようだ。


『なにすんだはこっちのセリフ!なんなの!』
「あー・・・わりぃ。跡部ん家にメイドさんがいるなんて知らなくて暴走しちまった」
「え、いるだろうとは思ってたけどまじで跡部くん家ってメイドさんいるの!?」
『いるよー。跡部ん家いくとさー、私もお嬢様扱いされるんだよねー』
「え、え、おかえりなさいませお嬢様、とか言われんの!?言われちゃうの!?」
「八坂うざい」
『あー・・・言われるねえー』
「まーじーかーよー!!!」


八坂の暴走の原因は、跡部の家にメイドがいるということだったようだ。近衛も初耳な情報に驚く。氷帝学園の生徒はお金持ちが多いが、メイドが必要な程の家に住んでいる生徒は少ない。そのため、八坂は目を輝かせていた。


「俺も本物のメイドさんにおかえりなさいませとか言われてー!」
『跡部に頼んでみたら?ほらちょうど帰ってきたし』
「お、ほんとだ!あっとべぇー!」


だだだ、と走って跡部のもとへ向かう八坂。大きな声を上げながら跡部にまとわりつき、鬱陶しそうにしている跡部にへこへこと頭を下げる。最終的に跡部がため息をついた。その瞬間、八坂の目がきらきらと光った。


「あ、跡部くん折れた。」
『八坂まじはんぱない』
「ほんっと自分の欲望に忠実よね」
『ねー』
「そーいえば今日ひま?」
『今日はどーしても見たいドラマの再放送があるの!』
「あ、前言ってた苗字ちゃんのお気に入りのやつね。」
『そう!もう、たのしみでたのしみで!』


女子2人は八坂と跡部の様子を観察していたが、どうやら承諾してもらったようだと分かり、話を変えた。


「おーい苗字ー!」


近衛と話を続けていると、きらきらした目のまま、八坂が苗字の元に走ってきた。まるで子犬のようである。


『なに』
「跡部くん折れてくれてよかったわね」
「それなんだけどさー、」
『ん?』
「跡部が、苗字付きだったら今日家行っていいって!」
『却下』
「なんでだよー!」
『今日はドラマの再放送があるもん』
「ドラマと俺とどっちが大事なの!」
『ドラマ』
「ひでえ!」


なー、苗字いいだろー?とすがりついてくる八坂。鬱陶しいことこの上ない。跡部あのやろう・・・さては今日が楽しみにしてた再放送の日だとわかった上で、この鬱陶しい八坂押し付けやがったな!?
純粋に自分の欲望に忠実な八坂を怒ることができず、苗字の怒りが跡部へ向かう。


『おい跡部ぇぇぇえええ!』
「あーん?」
『てっめぇ、今日再放送あるってわかってて言ったでしょ!』
「当たり前だ。八坂に余計なこと教えやがって」
『ちょっと気になったから聞いてみただけだもん!』
「うるせぇ、言い訳すんな!」
『だって今日、』
「だいたい、再放送ならうちで見ればいいだろ?いつもの部屋使えよ」
『いいの!?』
「特権だからな」
『やーったぁあー!』


殴りかかる勢いで跡部に食ってかかった苗字であったが、跡部の提案に一瞬にして表情を変える。ここでいういつもの部屋、とは跡部宅にあるシアタールームのことである。映画やドラマが好きな跡部や忍足、苗字は、よくシアタールームで様々なジャンルの映像を見、語り合っている。そのシアタールームにある大きなスクリーンで再放送が見れるとあって、苗字の機嫌も良くなった。

『八坂ー』
「おー?」
『いいよ、今日、いこっか!むしろ行きましょう!』
「よっしゃあ!」

こうして、うるさい八坂を苗字に押し付けることができた跡部、メイドを見ることができる八坂、大きなスクリーンで再放送が見れる苗字の三者とも幸せな結果を得ることができたのだった。

『跡部!お菓子買って帰ろ!』
「あーん、買いすぎんなよ」
『おうともよ!』



「俺、誘われてへんのやけど...」

遠目に呟く忍足の肩を、富永が同情するようにぽん、と叩いた。


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