第一章-02


 草木のそよぐ音と頬を撫でる心地の良い風にアリシャールは固くなった体を解すように腕を伸ばし小さく息を付いた。馬に長い間揺られていたからだろう、まだいくらか体が揺れている感覚がする。
 ――ジュダルとのあの一件から数日経過した現在、彼女はとある西部の草原へと赴いていた。理由は勿論、白瑛から要望された征西部隊の同行をする為だ。

「……本当に良かったのですか?」

 進行を続ける部隊の近辺に居住を構える集落がいるらしい。そこへ外交を行うという白瑛に従う形で部隊を進める中、多くの兵たちの足音や武器の擦れる音に混じりアリシャールの一歩前を歩く白瑛から気遣わしげな声が掛けられる。
 要望通り共に来たのに何故そんなに気を使うのだろうか、と疑問に思いながらもアリシャールも慕う白瑛に心配を掛けまいとしてか僅かに口角を上げ答えた。

「はい。黒マギ様からは“守護者”としての契約破棄の言葉を頂きましたから」
「それは……多分、貴方の勘違いだと思うのだけれど……」

 そう言って苦笑を浮かべる白瑛は首を傾げるアリシャールの頭を優しく撫でる。幼い頃から変わらない彼女の性格がとても愛らしく感じたからだ。――彼女の弟である白龍は以前にも増して心の面で年齢に沿わない大人びた姿になって来ている。無理をしているようなその姿に不安と寂しさを彼女自身心の隅で感じていたのだろう。アリシャールとも久しぶりにゆっくりと話すことが出来たので、余計にそう思えてしまったのだった。
 彼女の手にくすぐったそうに首をすくめたアリシャールは目の前に広がる広大な草原を踏みしめ、深く息を吸い込んだ。
 建物もない自然豊かな場所だからだろう空気が澄み渡っているような気がして、少しだけ心が落ち着く。……それに今日はルフが活発に飛び回っている気がする。物心がつく頃から見えるその不思議な鳥達はまるで何かに喜んでいるようだと、彼女には思えた。

「誰か馬を止めろ!そのガキが死んじまうぞ!!」

 馬の一声高い嘶きと共に前方から叫ばれる声に意識を戻せば、暴れる馬に飛び乗り制止させる白瑛の姿がアリシャールの目に入る。どうやら素人である小さな男の子が好奇心半分で乗ってしまったらしい。
 ――彼らの周りを取り囲む人々とは違う衣服に身を包んだ少年にアリシャールは何故だか言いようのない懐かしさを覚え、白瑛の部下である青舜に声を掛けなければ恐らくずっと放心したように立ち尽くしていただろう。そんな自身の変化に内心戸惑いを覚えながらも、無意識の内に強く握りしめていた手に輝く指輪を見つめアリシャールは小さく息を飲んだ。

2012/10/06
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