第二章-05


「シンドリアとの交易を打ち切った……?」

 普段動き見せない眉がぴくり、と動き話を聞いていたアリシャールは目の前に座るシンドバッドへと視線を向けた。彼も彼女をからかっていた先程までとは違い深刻な表情を浮かべ頷く。

「ああ、それも突然な。……シンドリアは島国だ。船舶貿易なしには立ち行かん」
「特にバルバッドは主要貿易相手。このままではシンドリアにも相当な打撃が来ます」
「ええ存じております。これでも数年ジャーファル様の元で文官として働いておりましたもの。……なにより両国の関係が崩れてしまうことが大きな痛手ですね……」

 皆が顔を見合わせ吐いた深い溜息が静かな室内に響いた。どうします?いやそうは言っても……などと零しながら茶を啜るジャーファルとシンドバッドを見ながら、アリシャールも茶器を手にすると遠慮がちにに口を開く。

「……ということは皆様はサルージャ国王陛下に謁見、交渉をするためにバルバッドまで足を運ばれた、ということですか?」
「そうだ。まさかこんな所でアリサと会うとは思わなかったがな!」
「まさかこんな所で金属器を盗まれるとは思っていませんでしたけどね」
「ジャ、ジャーファル様……」

 朗らかに笑うシンドバッドとは逆に半ば自棄気味に笑うジャーファルに対しアリシャールも慰めるように背中をさすれば、マスルールも同情じみた視線を彼に送る。……そういえばシンドリアにいた頃も仕事で手一杯になった彼を手伝ったり邪魔してくる人たちを追い払ったり。はたまた自棄になりかけているところを慰めたりしたな、と昔のこと思いだしアリシャールは若干涙目になっているジャーファルに手を握られながら思わず苦笑を浮かべてしまった。

「明日会うことは決まっているんだが、どうもきな臭くてな。アリサは何か知っているか?」
「最近盗賊が出ている、ということは耳に挟みましたが詳しいことは何も。直接国王からお聞きになった方がよろしいかと思いますよ」
「そうか。うーん……そうだ、だったらアリサも一緒に行こうじゃないか!お前も詳しい話が気になっているのだろう?」

 シンドバッドからの突然の提案にアリシャールは驚きで目を見開く。が直ぐに行けません、ときっぱり口にし首を振った。

「確かに以前の私はシンドリアに属する者でした。ですが今は違います。……それに王族の方々に謁見するなど、私には身分不相応です」

 僅かに苦笑の表情を浮かべ手に持った茶器へと視線を落としたアリシャールを見つめシンドバッドは一瞬何か言いたげな表情で口を開くが、目を伏せ静かな声で話し始めた。

「アリサ、お前が自分の血筋や出生に関して触れて欲しくないのは知っている。だがそれでは彼女が……君のお母様が悲しむだろう。それでいいのか?」
「……」
「俺はアリサには自分自身のことにきちんと向き合って欲しい。それにジュダルと今離れているということは“契約”が切れたのだろう?……あの“組織”とも離れられたのだからこそ……いや、それとも一緒にいた少年と何か関係があるのか?」
「貴方様が私を気遣って下さることにはとても嬉しいですし、感謝もしています。でも……変な探りはやめてください」

 茶を飲みほし立ち上がったアリシャールは目の前に立つシンドバッドを見つめ、弱弱しく呟く。その目には戸惑いの色がありありと写っていた。
 ――まるでこれ以上自分の心を見ないで欲しい。という思いと同時に……どうやって自身の感情を表現したらいいか分からない、怖い。そう彼女が心の内で悲鳴を上げているように彼には感じられた。
 
2012/12/16
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