第一章-15「アリシャールさん」
――砦の制圧を完了し無事掴まった人間すべてが解放されたその日の夜、アリシャールやアラジン、モルジアナの世話になっていたキャラバンが合同で集まり宴を催していた。
酒も入り盛り上がる中で一人隅で果実水を口にしていたアリシャールにモルジアナから声が掛けられる。意外な人物からの声掛けに彼女も盃を持っていた手が止まり思わずモルジアナをまじまじと見つめてしまう。
二人の間に微妙な雰囲気が流れ始めた頃漸くアリシャールから体をずらし彼女の座るスペースを作るとモルジアナも安堵したように小さく息を付きその場に腰を下ろした。
「……お酒は飲まないのですか?」
「20歳になるまで飲まないと決めているんです。母からの教えで」
「そうなんですか……」
「はい」
「……」
「……」
再び始まった沈黙にモルジアナは視線を泳がしそわそわとし始める。そんな彼女の様子を横目で見てアリシャールは心の内で首を傾げるが、まだ会って間もないせいかどう声を掛けるべきか分からずちびちびと果実水を口にすることしかできないでいた。
「……アラジンと一緒に旅をなされていたのですよね」
「はい、先程白マギさまからお話された通りあのお方の守護者として御使いさせて頂いています」
彼女の言う通り、宴が始まる数刻前にモルジアナはアラジンからアリシャールの事を簡単にだが紹介も交えて説明をされている。又、その逆も然りだ。勿論それには理由があり、一つは彼女がアラジンにとって友人であること、そして二つ目は数日後にはキャラバンから離れ三人だけでバルバッドへと向かう為だからだった。
故郷へ帰るべくバルバッドと向かうモルジアナとチーシャン行きを予定していたがアリババが既に居らず彼の故郷であるバルバッドへと行先を変更したアラジン。そして彼の従者として供をしているアリシャール。
危険を伴う旅には人数が多ければ多い程危険と遭遇するリスクも低くなる。それらも踏まえ双方の利害が一致したことからバルバッドへと向かうまでの旅路を共にすることになったのだった。
「……あの、アリシャールさんに尋ねたいことがあって」
「なんでしょうか?」
「どうして盗賊たちを助けたのか、気になったんです」
各々が一芸を披露し歓声の響く中アリシャールは目を丸くしモルジアナを見つめる。彼女もまた真っ直ぐに見つめ返せば、数秒の沈黙の後、アリシャールが口にしていた盃をおろし両手で包む様に握ると視線を下に下しながら小さな声で話し始めた。
「見られていたのなら……仕様が無いですね。何故負傷させた盗賊を治療し氷漬けにした男を元に戻したのか、それはきっと白マギ様が望まれるようなことではないかと思ったからです」
「アラジンが、ですか?」
「はい……といっても只の私のエゴですけどね。“守護者”というものは主の為ならば己が身を刃にも盾にもしお守りするのが役目。本来ならあの盗賊たちが白マギ様を傷付ける危険もあった。だから私は彼等を相手に刃を向けました。でも、同時に思ったのです。――きっと人が傷付けばあの方はきっと悲しむと」
「……」
「おかしな話です、今までなら躊躇無く主の為ならばと人を殺めることも厭わなかったのに……あの方の悲しむ顔を想像したら耐えられなくて」
僅かに浮かべたアリシャールの苦笑にモルジアナはそっと肩を叩き首を振る。
「アリシャールさんは優しい人です。……きっと貴方はアラジンの“心”を守ったのですよ」
「!!」
「最初は不安でしたが直接お話が出来て分かりました、アリシャールさんはアラジンが信頼するに値する人であると。だからどうか私にもお手伝いをさせて貰いたいのです」
「どういうことですか……?」
「……私はアラジンやアリババさんが居なければ奴隷の身分のままでした。だからお礼がしたいのです。でもどんな形で感謝を伝えればいいのか分からなくて」
普段からあまり自分自身の感情や思いを口にしない者同士、不器用ながらも互いに思いを口にしようと懸命なのが分かるのだろう。途切れ途切れにだが言葉にしていく相手の声に耳を傾け少しずつだが二人の距離も近づいているようだった。
月を見上げ深く息を吸ったモルジアナは意を決したようにアリシャールへと顔を向け口を開く。
「だから、アリシャールさんと一緒にアラジンを助けたいんです!だから……えっと、その……」
顔を赤らめ視線を下げた彼女に小さな笑い声が聞こえてくる。視線を上げれば口元に手を当て目を細めるアリシャールの姿があった。
笑われたことに頬を膨らませるモルジアナに対し彼女も謝罪を口にしながら徐に手を差し出し、口を開く。
「ではこれからは御仲間……いえ、白マギ様風に言えば“お友達”でしょうか?それになりましょう」
「はい……っ!!」
差し出された手を力強く握り返し、モルジアナは嬉しそうにはにかんだ。
―――
不器用だけど、何だかんだで似たもの同士なので仲良くなるお二人。
これにて第一章完結です!
2012/11/25