第一章-12


 ……幼い頃の記憶何て正直言って殆ど無いに等しい。覚えていることといえば母が亡くなって気が付けば今まで暮らしていた国元とは違う国に連れて行かれ泣きわめいたことと今までとは違う建築様式をした建物に連れて行かれ、見知らぬ老人から己がお前の祖父だと聞かれされショックを受けたことくらいだろうか。……今思えばあれが私が涙を零した最後なのかもしれない。

「お前に選ぶ権利などない。お前は只宿命に従っていればいいのだ」

 そう言って冷たく見下ろしてきた祖父が酷く恐ろしいものに見えて仕方がなかった。……だが同時にこうも思ったのだ、
 嗚呼、私には“色”は必要ではないのだ。私は“無色”であるべきなのだ、と。

―――
――


「……お姉さん、アリサお姉さん!」

 肩を揺する小さな振動に意識を取り戻したアリシャールは額に手を当てながらゆっくりと起き上がる。強く頭を打ったのだろう断続的に波が来る痛みに眉を寄せながら辺りを見回せば、共に旅をしてきた数人のキャラバンの団員たちと大勢の人間がいることが分かった。
 同じ薄暗い室内にいるせいか皆の顔はよく見えないが啜り泣く声や弱音を吐く小さな声があちらこちらから聞こえてくる。明らかにどんよりとした暗い雰囲気にどうやら自分たちは不味いことに巻き込まれたのだな、と彼女は額に手を当てながら溜息を付いた。

「ここは、どこなのでしょうか……」

 かすれ気味の声で呟かれた言葉に周囲にいた団員から自分たちは盗賊たちから襲撃に遭い、落石により気を失ったアリシャールたちは捕まりアジトに閉じ込められているということを聞かされる。加えてどうやら盗賊たちは奴隷商人らしい。このまま行けばここに居る全員が奴隷になってしまうと聴き、アリシャールは思わず言葉を失ってしまった。
 ……言われてみれば私の手にも皆さんと同じ金属製の手枷が掛けられている、とじっと自分の手枷を見つめる彼女にアラジンも団員たちも落ち込んでいるのだろうと気遣わしげな視線を送る。……が、当の本人はというと落ち込む所かこんな目に遭うなんて初めてだ、と楽しむ位にはマイペースに考えていた。

「奴隷ですか、それは困りましたね」

 口調からして大して困っている様には思えないアリシャールだが笛を奪われ落ち込むアラジンを見て思うことが合ったらしい。彼と目線が合う様に跪くと静かな声で口を開いた。

「白マギ様、私の魔法ご覧になりたいですか?」

 徐に立ち上がったアリシャールにアラジンが驚きつつも同意するように頷けば承知いたしました、という声と共に彼女はスタスタと廊下に繋がる壁際の方へと歩いて行く。突然のことに狭い部屋の中で大勢の人間がいるにも関わらず器用に人込みの間隙を縫い進む彼女の姿を何を始めるのだと言わんばかりの表情を受かべた人たちが不安げに見つめた。

「魔法って、ど……どうやってやるんだい?」
「これを使います」

 そう言ってアラジンへ見せたのは黄牙の村でシャマンを治療したあの指輪だった。既に魔力を送っているらしく指輪は八芒星の印を浮かばせ煌びやかに輝いている。アラジンの様に杖を使用しないことにもそうだが、アリシャールの手を取り囲む様に集まるルフたちにアラジンは口をあんぐりと空け、その様子に見入ってしまった。

「幸いなことに二つの金属器共に無事でしたが、武器を操るには場所が狭いですし何より手が拘束されている為お約束していた武器化魔装は出来ません。お許しください」
「……」
「ですが此方の方は使えますので今回は魔法の方を使わせて頂きますね。――さあ、御出でなさい我が眷属たち。我が主の願いを適えるため我が身に力を……!!」

 彼女の呼びかけに呼応し集まった光がアリシャールの手の内で大きく膨れ上がり球状の光の塊を作り出す。ルフのざわめく音と共に強い光を放つそれを壁へと彼女が押し付ければ吸い込まれるように消えてしまった。一瞬にして静かになった部屋内で皆が固唾を飲んで見守っていると、不意に壁に大きな亀裂が入ったと思えば直後――爆発をする。
 ……大きな音を立て崩れ落ちる壁は綺麗に人一人が通れる様な形になっており、土埃を巻き上げながらアラジンの方へと満足そうに振り返ったアリシャールの顔は少しだけ汚れていた。彼へと一瞬微笑みかけアリシャールが口を開いた瞬間、今度は扉が鈍い音を立て壊されてしまう。
 再び巻き上がった土埃に皆が咳き込みながら扉を見れば、姿を現したのは赤髪の少女――モルジアナだった。

―――
描写的にはあれですが、二人はほぼ同時に壁と扉を壊しています(笑)
そして恐らく「「……あっ、」」とか言って気まずくなっている。

2012/11/05 修正2012/11/08
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