第一章-10


「神官殿!何処におわすか神官殿!」

 頭巾を目元まで深く被った男の声に神官――ジュダルは果物を頬張っていた手を止め不機嫌そうに声の主へと視線を向けた。矛先にいる男はというと見つかるまいと宮殿の屋根にいた彼を見つめ小さく溜息を付く。
 アリシャールが姿を消してからジュダルを見つけるのも一苦労だと胸中で思いながらも、彼の立場を分からせる為神官ではなく“マギ”と声を掛けた。この声に嫌そうに僅かに顔を歪めるが渋々といった様子でジュダルも屋根から飛び降りる。

「皇帝陛下への拝謁を怠るな、怒りに触れるぞ」

 ――つい先ほどまで白瑛率いる征西軍の侵攻状況を皇帝へ報告していた男にとって神官であるジュダルが共に来ないことは都合が悪いことなのだ。国の中枢に食い込む以上トップである皇帝への取り入れは必要不可欠。何度も口を酸っぱくし注意したのにも関わらず態度を変えないジュダルに男も怒りを通り越して呆れ気味になっていた。当のジュダルはというと彼の思いなど知る由もないといった様子で怠そうな表情で彼の小言を聞いているのだが。

「あの豚野郎気に食わねーもん。俺は前の皇帝の方が好きだったな、強くてさ……。やっぱ王たるものは力がなくちゃなんねーよ」

 アリシャールも前の皇帝の方が好きだって言ってたしな、と徐に呟いた彼に男も口を閉ざしてしまう。
 ……あの“例の事件”からジュダルの機嫌はすこぶる悪い。常に彼の後ろにつき従いジュダルの我儘や思い付きの行動にも文句ひとつ言わず受け入れていた彼女がいないのは彼にとって耐えがたいことだったのだろう。男からも彼の後ろにアリシャールの姿が無いことに違和感を覚えているのだ、最早癖になっているらしい視線を後ろに送るジュダルの様子をみて男は再び溜息を付いた。普段のジュダルならばここで後ろにいる彼女へと自身の言葉に同意をさせようと後ろへと視線を向けるからだ。自身の行為に思わず舌打ちをし、ジュダルは呻きながら頭を掻く。
 ――基本的に“守護者”という者は自由奔放なものが多い。己自身が認めた相手を主とし仕える彼等には制約を付け縛ることは難しいことなのだ。特に正統後継者である“守護者”は群を抜いてといっても良い。余り知られてはいないがマギが姿を現さなかった御世には選定された“王”や、はたまた“一般人”に仕えていたという前例もある。それらもマギと同様に、歴史を紐解くとその国には繁栄が約束されていた。それだけ守護者にはマギとはまた違った不思議な力があるということだ。

 マギと守護者の関係や互いの力を知る人物であれば現正統後継者であるアリシャールがマギであるジュダルを抱えた煌帝国にとって得難い存在だということがなんとなく想像が出来るであろう。だからこそ彼女の一族をこの国へと召し抱えたのだ。
 他国で暮らしていたアリシャールを無理矢理連れ帰ってきたのも男たちの思惑あってこそのこと。……だが、このことがアリシャールを含む大勢の人間に知れ渡ることになるのはまだ当分先のこととなる――。

2012/11/04
 back   next 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -