第一章-05


「姫様!総攻撃の準備は整っております。全軍突撃のご命令を!」

 布越しに聞こえてきた男の荒げた声に羽織に袖を通していたアリシャールの手がピタリと止まる。――あの一連の件から陣営の戻った後彼女は汚れた衣服を取りかえる為1人席を外していたのだが、どうやら待ちきれなくなったらしい呂斎派の男たちが白瑛へ食って掛かったようだ。現在進行形で布一枚で隔てられた天幕の向こうでは将軍である白瑛を中心に軍議が繰り広げられている。
 嫌でも耳に入ってくる稚拙な言い分と内容に思わずアリシャールも内心ウンザリとしながら、加勢に入る為着替えを再開させた彼女に意外にも普段では戸惑いを見せるだろう白瑛の牽制を意を込めた咳ばらいが聞こえてきた。

「なりません。冷静に。彼らは未来の煌国民です。平寧な世を作る仲間を生かすための、最善の策を考えましょう」

 落ち着いた将の言葉にその場にいるだろう大半の兵が同意の呼応を返す。恐らく呂斎たちは不服な表情を浮かべているんだろうとアリシャールは思いながら漸く着替えを済ませた。……所詮彼も一軍人に過ぎない。王族が今この軍の将軍である以上、独りよがりなことは出来ないのだ。それに加えて彼の行動は目に余るものがある。一度きつく灸をすえる必要があるな、と呟いたアリシャールの言葉は彼らの騒ぐ声にかき消され直接彼の耳に届かなかったことが、もしかしたらそれが彼にとって幸せなことだったのかもしれない。

「明朝までに決めます。兵に食事を取らせなさいね。それでは」

 そう言って彼女の居る敷地の方へとやってきた白瑛は緊張から漸く解放されたのか息を吐き、力が抜けたようにその場に座り込みそうになってしまう。腰に手を回し身体を支えるアリシャールは疲労の色を浮かべる白瑛の表情を見つめ、労りの言葉を口にした。

「お疲れ様です、姫様。もうお休みになられたら如何ですか?」
「もう、アリシャールったら……2人の時くらい昔の様に私を“姉さま”と呼んでくださいな」

 体勢を戻しニコリと笑みを浮かべる彼女とは反対にアリシャールは口を閉ざしてしまう。僅かな変化だが白瑛にはこれがアリシャールが困っている時にする表情だと知っているので、からかう気持ちで昔と同じ態度で言い聞かせるように彼女の頭を撫でれば漸く観念したのか、小さな溜息をついて口を開いた。

「白瑛姉さま……私もいい歳なんです。こんな所を見られたら部下たちに示しがつきませんよ。それに家臣の私が王族である貴方様を姉呼びなんて、何て言われるか……」
「あら、でも私にとっては貴方は可愛い妹のようなものよ?幼い頃から帝国に仕えてくれているのだもの、皆承知の上だと思うけれど」
「こんばんは、楽しそうだね。おねえさんたち」

 ――2人の会話に入ってきた幼い声。声の元を探そうと周囲を見渡す彼女たちに大きな影が掛かり、思わず見上げればそこには空飛ぶ絨毯に身を預ける少年の姿があった。昼間見た少年であったこともそうだったが、彼を背後で照らす月明かりを受け輝く鳥たちの多さにアリシャールは言葉を失ってしまう。呆然と立ちすくむ彼女らしからぬ姿に白瑛がアリシャールを庇う様に前へと立ちはだかり、剣を抜いた。

「な、何者だ!!」

2012/10/06
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